―10―
「うーわ!なんだか…リッチ」
ゾロに遅れること10分、メタリック・パープルのアストン・マーティンと一緒に届けられたサンジが、ドアを開けるなり言った。
ここ、サテン・ドールはゾロが最初にニューヨークに出てきた時に勤めたジャズバーだ。ウッドで統一された重厚な家具類がリッチな印象を持たせる、会員専用バー。
家具の幾つかが記憶にあるものとは違っていた。
黒かったカウンタもマホガニィに変わっていて、その後ろに立っていた記憶の中の男の印象を薄めていた。
背後のラックも黒からガラスに変わっていて、更にエレガントさを増したようだ。一流であるという自負のある人間しかその場にあることを許さないような威厳のある内装で、確かに“リッチ”だ―――そしてどこか厭世的でもある。
「クラブハウスをイメージした」
そう後から入ってきたシャンクスは説明した。
「チープな連中には入ってきて欲しくないからネ。こういう内装なら己を選ばざるを得ないだろう?」
ハイ、と手を上げてサンジが自己申告する。
「シャンクス、なんかオレも場違いな気がするんだけど」
「いいのいいの、ベイビィはそのままで。オマエが場違いだっていうのなら、あっちのバカはもっと場違いだし」
にこにこと笑うシャンクスに手を振ってウルセェよ、と言っておく。
「そーかなぁ?結構フィットしてると思うんだけど」
「それはナ、ベイビィ。あの悪い狼クンは、案外役者だからなんだよ」
「エ?役者って?」
「ほら。ポーカーフェイスのむっつりスケベ」
ぎゃはは、と大声で笑い出したシャンクスに、一先ず中指を立てておく。
「やぁん、ほらエッチぃ。ミテミテ、あの中指」
「うーわあ、シャンクスのがエッチぃってば!」
げらげらと笑う二人に溜め息を吐く―――なんなんだ、その能天気な明るさは。
シャンクスが背後からサンジの首に両腕を回し。ことん、と髭のある顎を預けて見詰めてきた。そろって目をキラキラと煌かせている。
「……アンタら、猫兄弟だな」
「「ええー?」」
ひょい、と青目を覗き込んだシャンクスに、サンジがはたはたと瞬きをした。
「ちぃっとも似てないよねー?」
「そうとも。オレみたいな悪いのになっちゃダメだぞう、仔猫チャンは」
「仔猫チャンって、オレもう24だよ?」
「んん、穢れてない仔猫チャンだネ」
「いたたたたた、髭痛いってば!」
ぐりぐりと金色頭に頬擦りをしているシャンクスから、じたじたとサンジが逃げようと足掻く。
「頭皮マッサージ」
「チクチク痛いってばだから!」
「うーん、ベイビィの髪は気持ちがいいねー」
「放せってば、シャンクス!」
「ヤダ。ベイビィ可愛すぎ」
「意味不明だよぅ」
溜め息を吐いてシャンクスをじっとりと見遣れば、羨ましいか?とニタニタと笑いながら聞かれた。
片眉を引き上げて、すい、とサンジの腕を取る。
「ほら、こっち来い」
「え?あ、ウン」
シャンクスが笑いながら、腕を緩めた。する、とサンジの身体が離れ、あっさりと腕の中に収まる。
フン、とシャンクスが笑った。
「捻くれ者が珍しく素直だネ、ゾロ?」
「今も昔も素直なイイコだよ、オレは」
答えに、ハ!と笑ったシャンクスが、ジャケットの内ポケットから細い煙草を取り出した。
「バッド・ボーイが言ってくれるヨ」
「言ってろ」
ひょい、と腕の中のサンジが見上げてきた。
「ゾロ」
「はン?」
「髭ないよ?」
「……は?」
「―――や、ナンデモナイ。忘れて。つうかワスレロ」
ぷ、とシャンクスが笑い出した。
「あ、ひでぇ!笑うことないのに!」
うにゃあ、とも、ぎゃあ、ともつかない声でサンジが唸る。
「はーン、ナニナニ。案外期待してたりしたんだ、仔猫チャン?」
意地の悪い声で言ったシャンクスに、サンジが目を真ん丸くする。
「期待っつーか、覚悟はしてたけど」
「ほっほー」
にぃ、と口端を吊り上げたシャンクスが、ヤレ、と言ってくる。
「髭無ェぞ?」
「いやほら、覚悟まで決めて貰ってたんだし」
笑いながらシャンクスと遣り取りをしていれば、いいイラナイ遠慮するから放して、とサンジが暴れ出す。
「こら、暴れるなって」
「何もしない?」
「しないしない」
「ホントに?」
「疑り深いなあ。まだ何もしねェよ」
「……“まだ”?」
じとりとサンジが見上げてくるのを見て、ぎゃはは、とシャンクスが笑い出す。
「や、確かに!ゾロ、オマエ素直になったわ、ウン」
「意味わかんないよ、ゾロ」
ぶー、と脹れっ面を作りながら見上げてきたサンジの金髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「その内な」
「えええええー」
その内っていつだよう、と脹れるサンジから離れて、シャンクスを呼ぶ。
「セキュリティ番号変えるんだろ」
「あーハイハイ。ちゃっちゃとやってちゃっちゃとオレを返したいわけね。優しいコだねえ」
にぃんまりと笑ったシャンクスに向かって中指を突きたて、部屋の中を見回してたサンジも呼ぶ。
「オマエも来い、サンジ。ドアの開け方解らないと困るだろ」
「―――あ、ウン」
一瞬、ぱちくり、と目を瞬いたサンジが、まっすぐに見上げてきた。
天上の青が空より澄んで見詰めてくる。
に、と。笑いかけてから、ドアの外に向かう。
背後でシャンクスが軽く口笛を吹いた。
そしてどこかにこやかに呟く―――おやまあ随分と優しくなって、と。
→ 9、11