Carnivorous Night
*1*
ウィスキーピークを出発して、数日後。
リトル・ガーデンを目指す一行は、ある島に立ち寄った。
目印は、遠くからでも見えた、島の中心に聳え立つ灰色の塔。
鬱蒼とした森の木々が鮮やかで、これなら新鮮な水もあるだろう、と見込んでの上陸だった。
ウィスキーピークのような派手な出迎えはなく。
濃い森を切り開いて、集団で住み着いたのであろうと思わせる、町づくり。
つまりは、至って普通の町があるだけの島。
最近は渡航者の数が減ったのか、余所者であると一目で見分けられ。
村民はできるだけちょっかいを出さないよう、一定の距離を置いて、接してくる。
その態度は、珍しいものでも見るような、困惑したようなもので。
(気に入らねェ)
ゾロは鼻を鳴らす。
島自体が、なんとなく胡散臭い。
島影を遠くから見た時にも、なんだかイヤな予感が湧き上がっていた。
そういえば。
朝食のゆで卵に、塩と間違えて砂糖を振ってしまった。
波に揺られて体勢を崩したビビに、コーヒーを零されもした。
お気に入りの腹巻は金具に引っ掛けて糸が解れたし。
クツ紐まで、ご丁寧に切れた。
(…面倒ゴトは、勘弁して欲しいぜ…)
ゾロは一人、ひっそりと顔を顰める。
島の名前は、ブッシュミル。
人口はせいぜい300人くらいなもの。
昔は、グランドラインへと乗り出す港町の一つ、として重宝されていたらしいが。
最近では海賊か海軍ぐらいしか寄ってこないため、貿易の手段がないらしい。
忘れ去られた田舎町。
そんな印象を受けた。
事実、ビビは名前を聴いたことはあっても、来るのは初めてだ、と言っていた。
特に何がある島、というわけでもなく。
普通の島村。
変わった噂一つ、流れていない。
ウィスキーピークが強烈な町だっただけに、この島は…単に目立たなかっただけなのかもしれない。
目に見えて不思議なことは何も無い。
(けど…なんか不穏なんだよな…)
ゾロは思う。
けれど、ゾロ以外にそんなことを思っている船員はいないようで。
船の見張り番として、ウソップを置いて。
残りはみんな、あっさりと島の町へと繰り出した。
印象だけで道理を語るにはムリがあるので、ゾロはなにも言わなかった。
それで、船員は島に上陸するやいなや、あっという間に散開した。
ナミとビビは、連れ立ってそれぞれ買い物へ。
ルフィは町一番の飲食店へとまっしぐら。
ゾロはサンジの買出しの荷物持ちとして借り出され、…ウソップへの手土産を持たされ、一人船に
戻る途中だった。
ナミとビビが一緒なら、問題は無いだろう。
ルフィはたまに面倒に巻き込まれるが、己の身は守れるだろう。
サンジだって、一人のオトコだし…強いのだ。ケンカの仕方は、解っているだろう。
ただ、なんとなくイヤな予感がして、ゾロは帰り道を急ぐ。
さっさと荷物を置いて、やつらを迎えにいこう。
何事もなければ…酒場で一杯、引っ掛けてくればいいのだ。
…目の前を悠々と横切った黒猫には、目を瞑り。
*2*
濃い森の間に作られた一本の道を通って、活気が無い港に戻る。
GM号は漁船から距離を置いたところに、ポツンと停泊していた。
「おい!ウソップ!」
タラップを上り、両手一杯の紙袋を甲板に下ろす。
工具ベルトを腰に巻いたウソップがスルスルとマストを降りてきて、ゾロの側に歩み寄った。
「…マストの修理か?」
「ああ。いい機会だからな。嵐に遭う前に、一度ちゃんと直しておこうと思ってな」
「そうか」
ガサガサと紙袋を覗いて、目的のものを取り出す。
「メシ食ってねェだろうからって」
ウソップに茶色の紙袋を渡し。
「おお?サンキュ…タマゴサンドにBLT?フライドポテトとリンゴかぁ…懐かしいメニューだな」
「飲み物は勝手に淹れろってよ」
「わかった」
荷物を持ってキッチンに向かったゾロに、ウソップはのんびりと着いていく。
両手の塞がったゾロの代わりに、ドアを開けて。
「スマン」
「なぁに、イイってことよ」
ウソップが手を洗っている間に、ゾロは荷物を片付け始め。
とりあえず、タマゴや要冷蔵食品を仕舞う。
「…いやぁ…魔獣と呼ばれたオマエをこんな風にアゴで使えるのは、世界広しといえどサンジぐらいな
もんだよなぁ」
しみじみと呟かれ、ゾロは顔を顰めた。
「ケッ…これやっとかねェと、後でギャンギャン煩ェんだよ」
「またまた…オマエ、意外といいダンナになるかもな」
にやり、とウソップに笑いかけられ。
「気が早ェ話だな」
フン、と鼻で嘲って返す。
そこへ、ルフィがのんびりと帰ってきた。
食材を見ても、興味を示さないのは、たらふく食ってきたからだろうか。
ゾロが一人なのを見て、ルフィが表情を曇らせた。
「…サンジ、一緒じゃねぇのか?」
「ああ、なんか、買い足すモンがあるとか言って…両手塞がったから、帰された」
「そうそう!コイツ、立派に食材の収納なんかやってるンだぜ」
ウソップがなぜか得意げに言い。
けれど、ルフィはなぜか首を斜めに傾けたまま、思案顔だ。
「…どうした、ルフィ?」
「いや…見間違えだったのかなぁ…サンジが、あの中心の高い塔に向かって、歩いてったような気が
したんだが」
「…そういや、あの建物、なんなんだ?」
ウソップの問いに、ゾロは答えられなくてルフィを見る。
ルフィもゾロを見てから、
「さー?」
と首を反対側に傾げた。
(ッ、言わんこっちゃねェ…)
イヤな予感がさらにゾロの胸を過ぎって。
「…ルフィ。ナミとビビは?」
「店、冷やかしてた」
「大体どの辺か目処は着くな?迎えに行け」
「だな」
足早にキッチンを出るゾロについて、ルフィも自然と足を速め。
ランチを手に、ウソップも出てくる。
「後のことは、まかしておけ」
そう、胸を張る。
ルフィがにしゃ、と笑って。
「まかせた」
ウソップの肩を叩いた。
途端。
上空の彼方で、鴉が鋭い声を上げた。
(…イヤな気しか、しねェ…)
町の中心部に足早に戻って。
丁度こちらに向かってきていたナミとビビの二人に会う。
いつもなら風呂敷いっぱいに買い物をしてくるのに、今日は小さな袋がビビの手に一つだけ。
目ぼしい物は、何もなかったらしい。
「この村、ほんと、何にもないわ」
ナミがヤレヤレと首を振り。
ルフィは何事も無かったかのように、ニカッと笑った。
「ビビ、なんか買えたのか」
「ええ…日用品を少し」
「そうか、よかったな。ナミは収穫ナシだな?」
「なーんにも。まぁ、期待もしてなかったケドね」
そして、周りを見渡し、サンジの姿が無いことに気付く。
「サンジくんは?」
「…見てねェのか?」
ゾロが低く唸るように訊ねると。
ナミが眉間に皺を寄せた。
「…ヤな予感がするわね」
「…彼は、一人では買い物など、なさらない方なんですか?」
「いや…ベツに、一人でうろついてたって、構わねェんだけどよ…」
ビビの最もなセリフに、ゾロはガシガシと頭を掻く。
そう、サンジだって、いい年した一人の青年なのだ。
自由時間ぐらい、一人でブラブラしたい時があるのだろう。
けれど…。
「だからね、ビビ。ウロウロしてたなら、私たちとどっかで会ったハズじゃない。村の向こうから
こっちにかけて歩いてきたんだからさ。けど、見なかったでしょ?」
「ええ、そういえば…」
同じように表情を歪めたビビにとりなす様に、ルフィが明るく話しを振る。
「そういえばさ、オマエら、あの灰色の塔がなんだか、知ってるか?」
「え?ええと…あれは領主の城なんじゃないの?灯台を兼ねた、この島の領主の」
ナミが推測し。
けれど、ゾロにはどこか、しっくりこなくて。
「…灯りなんか、灯すような構造だったか?」
そう訊くと、ナミが真剣な眼差しでゾロを見た。
「……。なんだか、ヤバそうね」
「…一緒に、探しますか?」
ビビの申し出に、ゾロは首を横に振った。
「いや、いい。それよりゃ船に戻って、いつでも出れるようにしていてくれ」
「わかったわ」
*3*
そのまま三人と別れ、ゾロは丁度目に入った酒場に入る。
とりあえず、情報収集をしておきたかった。
一歩足を踏み入れると、値踏みするように視線を走らせた男に気付いた。
まだ若い男で、帽子を目深に被っていて、表情は読めない。
だが、ぎろり、と睨むをきかせると、自然に頭の位置をずらした。
どうやら、目線を外したようだ。
「…お客さん、なんにするね?」
不健康そうな小太りの店主に、不機嫌に訊かれた。
「…バーボン」
カウンタに寄りかかりながら、コインを一枚出し。
多すぎる代金に不信を目に宿した主人に、低く囁く。
「と、情報。あの塔について知りたい」
主人はボトルを一本カウンタに出し、グラスに球状アイスをガランと落とした。
「…アレは、リヴェッドさまの館だ」
「…領主か?」
「…もともとはカークさまのお抱え占い師だったんだが…」
ボソボソと言い難そうに、言葉を濁す。
「…愛人から、領主に格上げ、か?」
「…あの赤毛の魔女が住み着いてから、この島は…」
深い、溜め息。
(赤毛の魔女、リヴェッド…?)
記憶のどこかで、なにかに繋がった。
けれど、それは漠然としていて。
…確実なことは、何も思い出せない。
ゾロは少し声を大きくして、酒場全体にそれとなく聴こえるように言う。
「ところでご主人。くるり眉毛で金髪で、ひょろっとしてて、アゴに髭生やしている若い男、
みたことないか?ウチの船員なんだが、そろそろ出航でな」
主人は目を伏せ、首を横に振る。
そして、ゾロにだけ聴こえるように、
「魔女の館」
と囁いた。
「そうか…アイツがいないと、これからの生活、困るんだよなぁ。ここらで他に行けるとこ、あるか?」
「いや…そろそろ船に戻られたのかもしれん」
言外に、早く帰れと忠告される。
ゾロは小さく肩を竦めた。
「そうか…まぁ、ブラブラ探して見るけどよ」
クッと一杯目を飲み干し、グラスに次を注ぐ。
そこへ、最初にゾロが睨んだ男が寄ってきた。
「兄さん、いい飲みっぷりだね」
(オイオイ…もう少し、捻った登場の仕方をしてくれよ)
ゾロは内心呟き。
男にちらりと視線を走らせ。
刀がいつでも抜けるように、身体をずらす。
主人がのっそりと、奥へ引っ込んだ。
男はゾロの腰に目を落とし、カウンタのボトルを見遣った。
「…景気もよさそうだ。一杯、奢ってくれよ」
そう言いながら、帽子を脱ぐ。
緩いウェーブのかかった金髪。
見詰める双眸は、サンジより薄いブルーの瞳で。
まだ若い、顔貌の整った男だ。
そして、この島に来てから、初めて目にする若い男だと気付いた。
(…魔女は、若くてイキのいいオトコを侍らすのが好きだって言うしな…)
そうすると、ナミは普通の魔女ではないのだろう。
いや、ナミも十分、魔女の内か?
一瞬過ぎったくだらない思考を切り捨て。
(サンジのことだから…年増に誑かされたか?)
あり得る事態に、眉を顰め。
グラスの液体を嚥下する。
横の男から目を逸らし。
「…見ず知らずの他人に奢る酒はねェな」
掛け値なしの本音を告げる。
世間一般の人間なら、これを美形と称するのだろう。
しかし、傲慢さが表情に出ていて。
(…気に入らねェ)
「おや?嫌われたものだな。もしかしたら、ボクの熱い視線がキライだったのかな?」
(オイオイ…勘弁しろよ。オレにゃ男難の相でも出てンのか?)
「…なんの用だ?」
「気が早いね」
男は肩を竦めた。
ゾロはいつのまにか静まっていた店内に視線を巡らす。
「さっき、金髪の男の話がちらりと聴こえたものだからさ。居場所、知ってるよ?」
「そうか…なら、さっさと吐け」
ボソッと呟いたゾロに、男はつまらなそうに口を尖らした。
「ホント、気が早いね。でも、そんなに邪険にすると、教えてあげな―」
「吐け」
(ウザい)
キツい一瞥をくれると、男は両手を小さく上げた。
「…チョットお茶目にしてみただけじゃないか。キミのトコのクルーは、リヴェッドさまのトコロにいるよ」
「…どうやって、誑かした?」
「誑かすだなんて!カレは自分でウチに来たんだよ?」
「ほー?」
「やだな、本当だって。なんか、町じゃ手に入らない香草が欲しいんだって」
「ほー…」
(あンの馬鹿)
サンジはどうも、珍しい食材やスパイス等に釣られて、フラフラと怪しい場所に連れ込まれやすい
反面がある。相手が下心を抱いた男どもなら、あっさり蹴り飛ばして帰ってくるのだが…。
(…年増、ねぇ?)
サンジの好みの範囲に、果たして年増まで含まれていただろうか。
「で?アイツのトコまで、連れてって貰えるんだろうなぁ?」
「もちろんだよ!」
男は上機嫌に破顔して。
「あ、ねぇ、ボク、マークっていうんだ」
「そうか」
「アナタは?」
「オレ?…知ってどうすンだ?」
酷薄に微笑んでみせると。
胡散臭い男は、うっとりとした表情を浮かべた。
(…貞操の危機、か?)
静まりかえっていた酒場がザワザワとざわめき始め。
ゾロは嫌な予感を、ゆっくりと押しつぶした。
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