*4*
先を行く男を見て、町人はそれとなく道を開ける。
そして、続くゾロを、なんとも哀れみのこもった表情で見るので、ゾロは予感を確信へと変える。
(…連れ込まれたら、色々ヤられるんだろうなぁ…)
ウキウキとどうでもいいことを喋る男の話を、右から左へと聞き流しながら。
小さく溜め息。
(…なんで、こーなっちまうんだ?)
港から町の中心を通り抜けて、突き当たりに位置する灰色の塔。
思ったより、背が高い。
門は低い石垣で、門兵はいなかった。
これなら、脱出は楽か?
ゾロはいざという時の脱出路を考える。
脇でピーチクパーチク喋り続ける男が喧しい。
いっそ一発殴って黙らせようかとも思うが、それも後で面倒そうだ。
「あーあんた、そのリヴェッドって誰だよ?てめェのパトロンか?」
「やだなぁ、それを言うなら、パトロネスでしょうが。違いますよ、リヴェッドさまは、ボクの愛しい姉君です」
(うわ!自意識過剰の上にシスコンか!?その上ホモ???…やってらんねーな…)
頬を薔薇色に染めて喋るマークに、ゾロはウンザリした表情を隠さない。
「美しくて、有能で、厳しくもやさしい、この島の領主ですよ」
「ほー?んで?薬草って?」
「ああ…リヴェッドさまは、薬草をご自分で栽培なさっているんですよ。ここの塔の屋上は、
ある種の薬草を育てるのに最適なんだそうです」
「ほーぉ…ここの領主とは、どんな関係なんだ?」
ひんやりと訊ねるゾロに気付かず、マークは意気揚揚と答える。
「リヴェッドさまは、カーク前領主さまの養女となられた方です」
「前?」
「エエ。あれ?ご存知ないですか?3年前に、お亡くなりになられたんですよ、カークさまは。
それで、養女として迎えられたお姉様が継がれたんですね」
「ほーぉ…」
(こりゃまた、胡散臭い話もあったモンだな…)
塔の入り口には、なぜか室内に6人の警備兵がいて。
みんな年若い男たちで、この島の住民と思われた。
それが全員、睨みつけるようにゾロを見ている。
ゾロは肩を竦める。
(…ぶちのめして、突破して帰りゃいいか)
首をゴキゴキ。
手の中の刀を、軽くチン、と鍔を鳴らして。
軽薄な浮かれ男の後ろを歩きながら、じろりと一瞥をくれて威嚇。
それだけで、視線を逸らすようなら…。
(フン、ろくでもねェ奴らしかいねェな)
案の定、睨み返してくるようなツワモノはおらず。
つまんねーの、と思ったことは、とりあえず胸の中に隠して。
以外と狭いエントランスを抜けて直ぐに、警備兵たちの立ち寄り場所があった。どうやら、
彼らに与えられた寝室は、その奥のようだ。
「螺旋階段なんですよ、ここ。ステキでしょう?1階がエントランスで、2階が応接室兼厨房、
3階がゲストルームと図書室、4階が執務室、5階6階が領主の住居スペースで、7階が最上階、
屋上なんですよ〜。屋上は昔、火を焚くところだったんですけどね〜、ジャマなので、
ボクが手を入れてお姉様の私的菜園に変えたんですよ?素晴らしいでしょう?」
(うわ…頭悪すぎやしねェか、ソレ?)
ボリボリと頭を掻いて、返答を避ける。
金髪碧眼、傲慢で自信過剰でシスコンでホモで、そのうえどうやらオツムも軽いらしい
領主の弟君マークは、さらに言い募る。
「ここ、屋上には更に銀の鐘があったんですけどね、ジャマだったので、溶かして、
お風呂にしたんですよー。だから、ボクのとこのお風呂は、純銀製なんです」
そして、意味ありげな視線でチロリとゾロを見上げる。
「ほー…純銀製ねェ?」
(銀にゃ不純物がどうしても混ざるだろうがッ!)
内心のイライラを、それは努力して抑え。
ゾロは訊く。
「それで?ウチの船員はどうした?まさか、領主が直々相手してるンじゃねェよなァ?」
「ああ、キミ、結構読みがいいんだね。そうだよ?ボクのお姉様は、お客様がダイスキだからね、
概ね、ご自分でお相手なさるんだ」
階段を上るごとに、配置された警備員たち。
何人かはピストルを腰に挿していた。
そのことごとくがゾロを睨みつけてきて…。
不意に、フリフリの服を着た華奢な男たちが数人、洗濯物などを抱えて出てきた。
警備員たちは、それなりに戦える身体をしていたが、そいつらはどうにも戦闘には向いていなさそうで…。
(…なんなんだ、ココは?)
「…オイ、ここの使用人は男しかいねェのか?」
「ああ。リヴェッドさまの方針なんだ…」
(…マジ、魔女の館かよ、ココは。…頭いてェ)
げんなりとして男について行くと、あっさり執務室の前を通り過ぎ。
「…オイ?どこに行くんだよ?」
「ああ…まぁ、気にしないでついてきてよ」
そして、あっさりと5階へ。
「…どういうコトだ?」
睨みつける警備兵の間を抜け、小さな、それでも豪奢な応接室に通される。
「…ドウゾ」
*5*
いぶかしみながら、それでも部屋に足を入れる。
椅子を勧められ、とりあえず座ると、まだ子供と言えるような、やたらフリフリな服を着た男の子たちが、
お茶のセットと共に現れた。
「…それとも、お酒のほうがいいかな?」
にこやかに言われ。
ゾロは目だけで、断った。
「…オレは、ウチの船員を引き取りに来ただけなんだがな」
「まぁまぁまぁ、いいじゃないですか。少しはのんびりしていってくださいよ。
それとも、ボクが薦めたお茶は飲めないですか?」
「直ぐに出航だ、と、最初に言わなかったか?」
唸るように言うと。
マークは軽く肩を竦めた。
お茶を自ら注ぎ、そのまま薦められ。
ゾロはしかたなく口を着けた。
ゾロが一口飲んだのを見届けると、マークはにこやかに笑い。
「言いました。けどね、多分、キミのとこのクルーは、今お楽しみの真っ最中で、
とても出られる状態じゃないと思うよ?」
そして、そのままゾロの隣に座り。
「本当のところ…あの人はキミのなに?タダのクルーじゃあないでしょう?」
「まぁーな。アイツは仲間だ」
(ヤな展開になってきやがった…)
するり、と手を膝の上に置かれ、内心ギョッとする。
横に目をやると、媚びた目をした男が、目と鼻の先にいて。
「…キミはボクと楽しもうよ」
(…厄日、か?)
ゲンナリとし。
一瞬クラリとして、やはり薬入りの茶を飲まされようとしていたことに気付いた。
(まぁ…なにかしら、用意してるとは思ってたケドよ…)
味見程度に、唇を濡らしただけに留めておいて、セーフ。
しかし、ここはやはり騙されたフリをしなければいけないのだろうと踏んで、精一杯面食らってみせる。
「オマエ…なに飲ませた?」
「ああ…やっぱり解っちゃった?気にしないで…気持ちよーくなるお茶なダケだから…」
そう言いながら、頭を掻き寄せられ。
唇が触れる寸前で…
(やっぱガマン、できねェ…)
無防備な男の鳩尾に、手加減ナシで当身を食らわす。
「な…んで…?」
その一言と共に、ズルズルズル、と男の体が崩れ落ちてきて。
座っていたソファの脇に、落とす。
「…オレにゃアイツだけでいいっつの」
ぼそりと呟き。
(あー危なかった…)
内心ドキドキ、である。
魅力的な性格の持ち主にならともかく。
(…こんなのは、金貰ってもいらねェ)
プルプルプルッと頭を振って、頭をクリア。
そして、ふと思いた。
(そうだ…コイツ、起きるとヤバいよなぁ…)
応接室を見回すと。
フリフリ男子が消えていったのとは反対側にもドアがあり。
コイツが最初からその気で連れてきたのなら、ココは寝室だな。
カンを働かせ、扉を開けると。
やはりそこはゴージャスな造りの寝室で。
(ケッ…)
毒づきながら、男の側に戻り。
両手を掴んで、ベッドルームまで引きずっていく。
先にシーツを引っぺがしてから、ベッドに男を放り投げ。
再度シーツを手に持って、両手に力を入れる。
ビリビリビリビリッ。
上等な綿のシーツを、何本かの紐に変えて。
破れるシーツの音で、ストレスを紛らわせ。
少しだけ冷静になった頭で、考える。
(コイツにはお仕置きが必要だな…)
にんまり。
此処へ連れ込まれてから初めて、笑った。
…見てる人がいれば、きっと怯えたに違いない笑みで。
*6*
ガチャリ、と扉を開けると、少し驚いた顔の警備員と目が合った。
「…アレって、いつもあんなインランなのか?」
「え?あの?マークさまは…?」
「ああ、疲れたから寝てる、とか言いやがった。飯まで誰も入れるなってよ。ったく、客を伝言に使うんじゃねェつの」
「…はぁ」
ポンポン、と肩を叩いて。
「じゃ、しっかり頼んだぜ」
「はぁ…」
そのまま、階段を登って、6階へ。
ドアの前に張り付いている警備員に、止められる。
「ああ…オトウト君に呼ばれたんだよ…ウチのクルーを呼びに来た」
「…少しお待ちください」
ドアを開けて、入り込んだところで。
後ろから当身を食らわし、警備員を蹴りこむ。
中にいた警備員にも当身を食らわせ、背中あわせに座らせる。。
ポケットに突っ込んでおいたシーツの紐を二本出して、一本で3人に猿轡をさせる。
一人ひとり、上着のジャケットを半脱がしにさせ、身動きしにくくさせてから、もう一本の紐で3人をまとめて結わく。
完璧でないのは、仕方ない。
その代わり、力任せにグルグル巻きにする。
鬱血や痺れは、ガマンしてもらおう。
奥へ続く扉を、そのまま開ける。
メイドの代わりのフリフリがいて、ビックリしたような顔で立ち止まった。
しーッ、と指を当てて。
そのまま歩きよる。
「…しばらく、奥に行っててくれ」
そして、返事を待たずに、更に奥へと続く部屋のドアを開ける。
…ゆっくりと開くと。
「…あのぅ、そちらは裏通路なんですけど…」
「…裏通路?」
後ろから幼い声で声をかけられ、振り返る。
「ええ、ボクたちが通る、専用の階段です」
まだ10歳を超えてすぐだろうと思われる、男の子。
真っ直ぐに伸びた黒髪の間から、純粋な光りを宿した灰色の瞳がゾロを映す。
「あ…」
間の悪い、沈黙。
ゾロはガシガシと頭を掻いた。
「…悪ィ。おれ、ジャマか?」
「あ、いえ、そんなことはナイですけど…あのぅ、どういったご用件で?」
「…迎え。帰りが遅いから」
「あ、あのキレイで口の悪い方のお仲間ですか」
ブッ、とゾロは噴出し。
「そう、そいつ」
「あ、だとしたら、ちょっと…連れ出しにくいかも知れないですよ?」
「…クスリか?」
「イエイエ、領主さまは、そういう手はお使いになりませんケド…ちょっと…」
言いにくそうに言い募った少年に、ゾロは笑ってみせる。
「フン、まぁ、ヘバッてるようなら、担いでいくまでさ」
フリフリはきれいに笑って。
「…頑張ってください」
と言った。
「…オマエは、それでいいのか?」
「…えーまぁ。そろそろ外に出たいですし。ここ、オトコばっかりで、つまんないですもん」
「ほー…」
「領主さまはね、御公務に関しては天才なんですけど…ちょっと節操無さ過ぎる方なんで」
マセた口調でフリフリはそう言い切って、肩を竦め。
「見ず知らずの他人をアテにするのは気が引けるんですけど。ここは一発ガツンとお灸据えちゃってください」
ぺこり、と頭を下げられた。
「…それじゃ、ぼくはお手洗いに消えますので。お帰りは、裏通路はご使用にならないほうがいいですよ。
ボクみたいなのがワラワラいますから。後、よろしくお願いしますね?」
そして、フリフリはゾロの前を通って、裏通路へと消えていく。
「…そこまで言われちまうここの姉弟って…」
そーとー腐ってンな…。
最後の呟きは胸の中で終わらせ。
(これで優雅に茶でもシバいてたら、ブッ殺す)
まぁ、あり得ないコトだが。
妙に力の抜けた己を叱咤して、再度気力を溜め。
反対側へのドアに近づいて、そっと開ける。
そこには…。
*7*
がっくり。
「…サーンジィ…テメぇ、なに捕まってンだよ?」
ぼそッと呟いた。
分厚いカーテンで仕切られた部屋の中。
円形に灯された蝋燭が立てられていて。
(術か…)
魔方陣の周りに配置された、五人のフードを被った怪しい人たち。
思わず咽たくなるような、濃い薬草の匂い。
低い読経のようなものが部屋に渦巻いていた。
さらに、全裸の女性が歌うように何かを唱えながら、円内で何かの儀式を行っている。
長くウェーブのかかった赤毛が、緩やかに踊る。
ちらちらと見える、肌に刻まれた刺青の紋様。
不意に、頭の中で、記憶が掘り起こされた。
「ちッ」
小さく舌打ちし。
サンジは真ん中で、踏ん反り返るようにイスに座らされたまま、ピクリともしない。
(飲み屋のオヤジが、魔女だっつってたけどよ…マジかよ…)
魔術。
使われることは稀で、まともに習得した者の数は少ない。
だいたいはマジナイの類と一緒で、魔術で実害が齎されることは少ない。
少ないのだが…。
(少なくとも…あの女はホンモノだ…)
ひやり、と汗が背中を伝う。
本格的に術が稼動する前に、サンジが逃げ出せれば問題は無いのだが…。
(うわ…あんにゃろ、意識持っていかれていやがる)
僅かに見える、虚ろに虚空を見詰めるブルーアイズ。
後ろ手に、イスの背もたれを抱えるように拘束され。
上半身を裸に剥かれて、ゾロには読めない文字が書かれていた。
(フリフリ坊主は、領主はクスリを使わねェって言った…なら)
人間が生きた人形のようになるには、生きる気力を失うか、クスリを使われるか。
(それか、催眠術だな)
部屋の人間たちも、同じくトランス状態に入っていて、ゾロがいることに気付かない。
これは、少しタイヘンかも知ンねェ。
ゾロは躊躇する。
催眠術の正しい解き方なんて、わからない。
下手に解くと、どんな弊害があるかわからない。
サンジに…なにかあっては、絶対にならないのだ。
戦闘時のケガなら許容範囲内だが…こんな妖しげな島の、妖しげな塔の、あの魔女になにかされるなんて…。
フツフツと怒りが湧いてきて。
殺気が流れ出すのを、止められない。
けれど。
(イチかバチか、やってみるか…?)
裸体の女は、踊りながら何かを手にしてサンジに近づいている。
左手に杯。
右手に短刀。
女は静かに、サンジの心臓の上で、短刀を振りかぶる。
プチン。
まだ踏ん切りを付けていなかったゾロの頭のどこかで、何かが切れた。
「ふざけろ…ッ!!」
下ろされた瞬間。
体が夢中で動いていた。
鬼徹を抜いて、サンジの手首の戒めを切る。
そのままサンジをイスごと突き飛ばし。
(…ッ)
背中から肩甲骨に沿って脇腹まで。
カッと熱い線が走った。
「クソッ」
血が噴出していくのを、感じる。
それでも。
(…2センチくらいか?)
あまり深く切り裂かれずに済んだ。
うまく身体を流すことが出来たからだろうか。
振り返り、未だトランスしたままの女の手から、短刀を弾き飛ばし。
腹を蹴った。
ガタン、と大きな音を立てて、魔女が魔法陣の外に倒れた。
ローブ姿の五人の人間が、我に帰る。
蹴り飛ばされ、床に伸びた領主の姿に、青ざめる。
ふいに。
鬼徹が震えた。
それに併せるように、雪走と和道一文字もカタカタと音を立て。
フッと蝋燭の火が総て消え。
すさまじい音を立てて、部屋中の窓ガラスが吹き飛んだ。
破片が降り注ぐ中、ゾロは慌ててサンジの上に被さる。
ヒュヒュヒュヒュと風が鳴り。
「ガッ」
「ぐあッ」
「げぇッ」
「ぎゃああッ」
「うあぁぁぁ」
響き渡る悲鳴に体勢を立て直すと、彼ら以外には誰もいない部屋の中で、ローブ姿の術者たちが切り裂かれていった。
「ッ」
ゾロは妖刀を構えなおす。
血飛沫が飛び散る中。
領主がクワッと目を見開いた。
額で揺れるサークレットの紅い石。
それが仄かに発光して。
『…ナを名乗レ、血塗ラれシ若者ヨ』
低く唸るように、声が響いてきた。
領主を中心に沸き起こる風に、カーテンがバサバサと煽られる。
それでも、外の光りは、微塵も入ってこない。
ゾロは眉根を寄せて、少し思案してから。
「…テメぇに名乗るほどのモンでもねェよ」
にやり、と嘯いてみせた。
『ハはははッ!…なれバ、死ネッ!』
「ちッ」
術はある程度稼動していたらしい。
儀式は終了間近で中断されたのだろう、何かが呼び起こされて、暴れている。
昔逢ったエクソシストの言葉を思い出す。
赤毛の女。
その名はリヴェッド。
『呪文なんてな、ゾロ、精神を統一させ、敵を威嚇し、自らに在ると信じる力を呼び起こす物以外の、
何物でもない。敵と共通の呪と知識が無ければ戦えない、なんて、そんなおかしなことが罷り通るわけが
ないだろう?要は、屈服させようという気力と、なにがなんでも消してやるという意思だ。意思さえ強ければ、
敵に負けることはない』
必要なのは。
退けようとする、気合。
負けない、という意思。
タダ、それだけ。
(…生身の人間と、変わらねェ)
チキ。
鬼徹を構えなおし。
スゥ、と息を吸って。
「くたばれッ!!!!」
怒声と共に、刀を振り下ろす。
リーン、と場違いな鈴の音を妖刀が響かせ。
気合を乗せて、空を斬る。
ヒュンッ。
ゾロは、確かに手応えを感じた。
一瞬、風が止み。
次の瞬間、ゴォオオオオという轟音と共に、風が一気に室外へ押し出された。
ドアすら音を立てて開き。
遠くから、悲鳴や怒声が聞こえてきた。
そして、…沈黙。
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