32.
絶えることの無い賑わいが場を充たしていく。
テーブルの間をバーメイドが泳ぐように歩いていき、顔なじみと軽く言葉を交わし。新しく誰かがドアを開ければ、テーブルから声が掛かる。子供の頃に自分が見ていた光景と何も変わっていないように思える。
「ブラックルシアンを2つ」
カーラがカウンターに戻ってくる。
「ん、」
短い返事に、カーラがひょい、と眉を引き上げた。
「なに、ハニィ。心配事?」
「んー?ちょっと、ぼうっとしてただけだよ」
そう?とカーラが人差し指をくるくると回して見せた。
「うん」
応えるサンジは確かに笑みを少し目元に乗せ、鮮やかな手つきでオーダーを作っていく。
カウンターを離れざま、「ハニィ」がほんの「ベイビィ」だったころから知っているバーメイドは、サンジの頬へ軽くキスを落としていった。ちょっとした景気付け。

後姿を自然と眼で追えば、カーラがオーダを届けた先はビビのウェディングで見知った「連中」のチームメンヴァたちのテーブルだった。自分の中に夕方からずっと引っ掛かっていたものについては、彼らには尋ねずにいた。店に入ってきたときに一頻り軽口を交わした何人かが、サンジの視線に気付き、グラスを引き上げる。
それに笑みで返し、カウンタからの新しいオーダーを聞き。閉店まで今日も忙しそうだな、とサンジは思っていた。それにどうせヤツは閉店間際に顔だす気だろうし?と。

そしてまたドアが開き、眼をやった先に現れたのは―――

「よお!」
「ハイ」
にか、と笑みを貼り付けたルフィと、その隣でひらりと手を振ったのはナミだった。
「ナミさん!……とチビ!」
ぱ、とサンジに笑顔が戻り。二人がカウンターまでやってくる。
「チビじゃねえぞー」
膨れっ面でも笑顔のままの印象は変わらない。
「ふン?ガキがパブで何してるンだよ」
サンジが額を指で弾けば、またルフィが賑やかにわらい。一応私が保護者、とナミも笑顔のままスツールに座っていた。
「試合に勝ったんだぜ、今日!」
「へえ!オメデトウ。勝利祝いにココアでも?」
に、とサンジが唇を引き上げ。
「私はホットワイン」
外、雪も降らないのに寒いのよ、とナミが言い足していた。
「承りました」

「ねえ、サンジくん。連中、昨日来た?」
「いえ?シフトがずれる日だったでしょう?」
「―――あら。さすが良く知ってる」
応えながらカウンターに、ルフィの前には厚めに焼き上げられたホールウィートのクッキーとナミの前にはオリーブの小皿を置くサンジに、ナミが微笑んでいた。
「んん、常連だからねぇ」
そう告げ、またサンジは僅かに笑みを目元に乗せていた。ふわりと柔らかな笑み。

「ビジン」
ぽそ、とルフィがココアのカップの内側に洩らし。
「「ハイハイ、」」
隣と正面から声が同時に被さっていた。
「役者が見栄えがよくなくてどーするよ」
そうサンジが言葉を継いで笑い。
「医者でもビジンだしな」
「ハイ?」
サンジが蒼を僅かに見開いた。驚いたらしい。
「あぁ、もう」
ナミがあっきれた、と溜息を吐く。

「このホッケーおバカさんね、一度試合中に大怪我して、救急に運ばれたの」
あーあナルホド、とサンジも思い当たる。
「セント・ホプキンスのER、」
「そのとおりよ」
ナミが片手を空に上向けた。
「ビジンだ、って言ったら……」
言ったのかよ!とサンジが大笑いしていた。
「おまえ、それで良く生きてたねェ」
「おう!けど麻酔ナシでアタマ縫われたぞ」
ひゃあ、とサンジが声に出さずにまた笑い顔になっていた。

しばらく他愛の無い話をしながらナミに二杯目をサーブし、他のゲストの幾つものオーダがまとめて入れられた頃にひとまず真面目に「お仕事」に戻り。視界の端に、ナミの笑い顔をとらえ、ふい、と思い当たったことがあった。


「なぁ、ルフィ」
最後のゲストになった二人の去り際、サンジが呼び止めた。ナミは、ロングコートを着込んで帰り支度を済ませたカーラと入り口の傍で立ち止まり楽しそうに話し込んでいた。華やかな気配が伝わる。
「んー?」
勢い良く振り向き、にか、とショウネンがそのままの笑みを浮かべていた。
「おまえ、アニキを追い越す気か?」
「ああ、もちろん」
なにアタリマエのことを聞く、とでも言う風にルフィがまっすぐにサンジを見詰め返してきた。
「おれは、アイスホッケーでプロになって。NHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)でおれのチームを優勝させたら、ナミにプロポーズするんだ。もう決めてる」
素直に思ったまま、決めたままを返されたのだとわかるほどの自信が声に満ちていた。

「へえ?けどおまえ。その頃にはナミさん、誰かのかもしれないぜ?」
カノジョはあれだけ魅力的なんだから、とサンジが冗談めかして告げた。
「んー?それは問題ねえ!」
また、直球の返事だった。
「なんで」
サンジもつい、からかい混じりに訊いていたはずが声が真面目になってきていた。
「だってよ?アニキよりイイ男はおれくらいしかいねえからな!」
にし、と。
どこか照れた風にわらい、眼のしたの傷をルフィが人差し指でこするようにした。
それに手ごわそうなヤツらはもう別の「最愛」みつけてるみてぇだし、と。

「あーけどさ、サンジー?」
「んん?」
扉のほうから、2人分の賑やかな笑い声が響いてきた。
「ダーリン!ドアのサインはクローズドにしておく?」
「あぁ、ありがとう!頼むよカーラ」
応えると、トン、と。磨き終えた最後のグラスをサンジがカウンタに置く。
「おれさ、」
すい、と僅かにサンジを見上げるようにし、ルフィが続ける。
「ああ」
「ゾロは正直、手強ぇーかなあって思ってたんだけどよー」
「あぁ、で?」
「けど!ゾロももうソレ見つけたみたいだよな」
「はン?なンだそりゃ」
短い問いには答えずに、だからおれの超える目標はやっぱりアニキなんだ、と自信たっぷりに言い切る相手に、サンジはただもう。
「そっか、ガンバレな」
としか返す言葉が無かった。純粋なエール。
「おう!」
ありがとな、美味かったー、と。
他意のない、真っ正直な笑顔で応えられ、サンジも軽く手をひらりと振った。
「またいつでも来い、ナミさんとな。ウチは未成年はお断りなンだよ、ちび」

口々にオヤスミの挨拶を乗せながら、カラン、と小さなベルの音をさせて3人が出て行ってしまえば、パブに残るのはサンジだけになった。けれども、ちらりとカウンターの内側にかけられた時計を眺め、軽く伸びをするように腕を引き上げ、そのまま長く息を吐いていた。

「……タバコ」
呟き、指の間に新しいソレを挟むだけで、自然と眼差しはドアに向かう。
まるで当然のように、ゾロがあのドアを開けると自分は思っている、そのことに気付き。
「まぁ、おれが待ってるんだしな?」
そう小さく呟いていた。




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