サンジは、学都を出た事はなかった。だからエア・ターミナルをいくつも経由し着いた場所が、市街地への
シャトルも通じていないどころか、市街地さえも無いような「辺境」である事に驚きを隠したりなどしなかった。


「こんなの、はじめて見た」ターミナルを出た途端、四駆に文字通り張り付くようにして笑い顔をつくっていた。
「このあたりは変わっていないんだ。時間に、取り残されてる」ゾロはそう言って、軽く指先で黄金の髪を玩ぶ
ようにし。「ほら。くっついてないで乗れよ」その瞳は僅かに細められ、落ちていく陽を映し硬質の光を返した。

「すげえ、揺れる」

話そうとする度に舌を噛み、さんざん相手に笑われてどうにかコツを掴んだのか、口調がはずむ。
「道なんか、無いからな」
「まっくらだなぁー、何にも灯りがないぞ?」
子供のような歓声にゾロの唇の端が引き上げられ。
上、みてみろ。と、声に出す。

息を呑む音
視界を流れていく満天の夜空に。
突然静かになった隣りに眼をやると、ちらりと微笑の影を浮かべ。
また、もうずっと昔に消えてしまった道の跡を辿るのに意識をあわせる。



あの、境界を示していた丘の頂へ。





Chapter 1. Time Wheel



--- Sword and Blood ---

1.
「男児が誕生したと、聞いた」
ようこそ、男が軽く一礼をし、黒衣の男を招き入れる。
こちらに、そう告げて長い廊下を二つの影は抜け
「長らく男児は我が家には生まれておりませんでした」
「ああ。誠に祝着なことだ」
黒衣の男の声は僅かに柔らかさを含む。

暖炉の薪がはぜる音も暖か気な一室へと通される。
「頭首、」
背の高いベッドの脇に座していた若い女が開いた扉に慌てて立ち上がろうとし、
黒衣の男は微かに口許に笑みの影をのぼらせる。

「良い。そのままに」

そうして。
これが、そう小さく言葉にのせる。
「はい、」
若い母親が答え。

黒革の手袋が抜かれ、白すぎるほどの手があらわれる。
その長い指先は眠る赤ん坊の額に静かにあてられ。
下から上、次に右から左へと。逆十字に印を刻む。
「おまえの生に歓びの多からんことを」

その刹那、閉じられていた赤ん坊の双眸が開き。
淡い翡翠の色が現れる。

「まさに。おまえは我が直系」




2.
「ゾォロ、」
梢の後ろから子供の柔らかな声がする。
集落からの距離をずっと駆け通してきたのか、丘を吹き抜ける風にも淡い色の髪が微かに
額に張り付くようで。
「はやく、館にもどって?」
振り向こうとしない背中に向かって堪り兼ねたように近づいていくけれども、呼びかけられた相手は
剣の構えを崩すことなく、流れるような所作で型を作っていく。

「ゾロってば!」
背中に全身でぶつかってくる柔らかな重みを感じて、宙を切り開くようだった刃先が止まり。

「旅の人たちがくる」
手を握りこみ、すぐにも引いていこうとする妹の必死さに小さくわらい。整った顔立ちの与える怜悧な
印象が、意外なほどもの柔らかなそれに変わる。
外界との接触が殆どないこの「村」では、数年に一度か二度、この村を出て行った人間が帰ってくる時に
唯一、この見渡す限りの平原と森に囲まれた地に外の世界が垣間見える。そして、旅人が滞在している
間中は、夜通しの祭り。


「もう、はやく!」
ぐ、と手を下にひかれ。剣を鞘に収める。
「おまえは、そういえば旅人をみるのは初めてか、」
金属の滑る音と一緒に少年の声がやっと返される。
「そう。覚えてないもの、わたしまだ子供だったし」

翡翠色の眼がみひらかれ。堪りかねたように笑い声が高くあがった。
「なによっ」
琥珀の色をした瞳が睨みつけてくる。
「・・・・いや、」
それでも、兄の顔から消えない笑みに頬を思い切り膨らませ。
「もうわたし11よ?立派な大人です!」

「ああ、立派な大人だ、裸足でここまで駆けて来るくらいだもんな」
ますます膨らんでくる頬に人差し指を押し付け、さらに怒らせて。
それでも手を引いたまま、自分より小さな歩幅にあわせて歩き始める。

「父上は?」
「迎える準備に大変。トウシュがどうとか言ってたけど」

「ねえ?ゾロ」
ゆっくりと丘を降り、集落の方へと続く石畳の道を二人は並んで歩き始める。軽く自分達に会釈して
すれ違う人は皆どこか気ぜわしそうで、たしかに全体が高揚した気配に満ちていた。

「最後に旅の人たちがここに来たのって、いつ?」
「おまえの年の時が、最後だった」
4年まえ?」
「ああ」

「トウシュ、ってなに?」
「“頭首”、だ。さあな、おれも知らない。“こども”は、会えないんだよ」
見おろすようにして、小さくわらいかけ。
わらいかけられた方が大きく口を開き何か言いかけたとき

「あーあ、あんたは。また妹苛めて。変わってないわねェ」
突然、背後から声がかけられた。

瞬間、小さな身体を無意識に自分の背に庇い声に向かって振り向く。
「お前―――?」
自分の背後を気配も無く取られたことに半ば驚きを隠せずに。
視線の先には

「薄情モノ。プロポーズした相手、わすれたの?“ワカサマ”」
きらきらと笑みを含んで眼が不思議な色に光を返し、陽射しにオレンジの髪が王冠を載せたように
華やかに彩りを添えられた、女が立っていた。

からかうようなその口調と、笑みに記憶の底がざわめき
「ナミ・・・・?」

「よくできました」




3.
4年も経つのに、変わらない?―――父上の仰る通りだ」
「あら。領主は何て言ってるの?」
「年を取らない女は魔物だ、ハトの躯に蝙蝠の羽」

横を歩く少女の手を取り、ナミ、と呼ばれたまだ少女に幾分近いような女は歌うように笑い声をもらし。
「あなたに会いに、他の仲間より先にここに戻ってきた女に向かって言うセリフ?それ」
「おねえさん、旅の人?」
急に少女の声が加わり。

「あなたはまだうんと小さかったものね、忘れちゃった?」
子供の手に力の込められるのを感じ、ナミは口許をほころばせ。
「遠くから、来たの?」
「そうよ。ずっと遠くから。仲間も、もうすぐ境につくころね」
「“そと”はどんなところ?」

その問いかけに、ゾロの顔に微かに影がよぎったのをナミは眼の端に捕らえたけれども。
その声には子供らしい無償の憧れがこめられていた。
「たくさん、話してあげるわ。ここにいる間」
ナミの微笑は少女にまっすぐ向けられ。
「ね、約束しましょう。ル・・・」

ナミ、と固い声がそれを遮る。
「―――え?」
「呼ぶな」
「じゃあ、・・・・・この子は、」
「―――ああ、」
ゾロの声はまだ固さを残したまま、続けられる。
「資質がある。こいつは、先を視る―――」
「そう、“ミコヒメ”かもしれないの、」
うなずき。自分をみてくる妹の蜜色の髪に手で触れる。
「だから。名を、呼ぶな」

少女はもう自分にお馴染みになってしまったこの急に強張るような空気をかるく肩を揺らして
やり過ごすと、ナミに眼を戻す。
「先に行ってるから。父上に教えてあげないと。早く来てね?おねえさん」
「ナミ、でいいわよ」
その返事に大きくうなずくと、道を走り始めた。麻色の長いスカートが風をはらんで広がる。

「あのこは、知っているの?“出て行く”ことの意味を」
ゾロは、黙って首を横に振り。
薄物をまとったナミの腕がしなやかに伸ばされ、自分の頬にひたり、と。
その冷たい手があてられるのを感じた。

「ゾロ、あなたは―――?」
翡翠の眼差は、逸らされることはなかった。






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