6.
「―――きれいな子だった、」
抱き寄せられたまま、肩口に頭を預けたままにしていた。
随分と時が過ぎたようでもあり、祈るように告げられた言葉が自分を充たしてからすぐのようにも感じた。感情に
色があるならば、この流れ込むように感じる光と反射がすべて織り合わされたようなこれは。どれだけの想いを
重ねればこの色彩になるのだろうかと、そんなことを思った。
「おれの妹だからな」
「おまえ……面食いだもンな、」
「そうだな、」
微かに、小さな笑いが身体に伝わる。漣のようにふれたところから拡がっていく穏やかな感情に、サンジは
目を閉じた。

「そうかもしれないな」
「―――なに言ってやがる、確定だろ」
手を廻し、その後ろ頭に軽く握った拳をとん、と打ちあてた。

「なあ、」
「うん」
「ずっと立ったままで聞くのか?長いんだろ」
目をあわせれば、ゾロの笑みが深まった。
「そうだな、来い」
すう、と離された身体の間にゆるやかに風が抜けた。
「向こうで話そう、」
言いながら、搭の裏側へと向かった。墓所の方へと。その背を目で追い、それでもサンジは森の入り口から
離れてしまうことに理由もわからず不安に似た物を感じ、背後を振り向くようにしていた。

「ほら、ダイジョウブだから」
森の入り口へ目をやったままのサンジに向き直り、ゾロが手を差し出した。
森からは、もう誰も出てきやしない、と。


7.
揺れる炎が、薬師の貌に影を躍らせた。
「私たちは、あなたを連れ出してあげられる。外の世界へ。もし、あなたが行きたいと願うなら」
影が揺れ、どこか現実離れした薬師の瞳が、それでもまっすぐにあてられた。
「あなたは―――世界を見たくはないの?」
ゾロは、自分の中で鼓動が一つ打たれるには時間が引き延ばされたように思い。ただ、女の貌が炎を映す様を
みつめ、声に出すより先に薬師がその朱唇を再び開いた。
「2日後には、私たちはここを出るの。西へと向かうわ、ナミのいる所よ」

薬師が香油の蓋をゆっくりと閉めた。
肩口に添い髪が流れ、俯いた顔から表情を覆い隠す。
「ゾロ。あなたはいずれ変成するわ―――」
「妹を置いてはいけない」
言い終えるより先に、自分を遮った言葉の強さに女が僅かに首を傾けた。そして、続ける。
「ねえ、あなた。巫女姫はこの地を離れることはできないわ。そして、変成したならば―――」

黙ってくれ。そんなことは、わかっている、と。
知らずきつくなった己の口調にゾロは、すまないと小さく呟き。
そして黒髪の不死者が、人の輪から自分達の方へ頭を向けたのを視界の隅に捉えていた。
「おまえが何者かは知らないが。治療の礼は言う、けれど……」
唇を噛み締め、息を一呼吸殺し。再び口を開きかけたとき、突然に腕を捕まれゾロは半ば立ち上がらされていた。
ほんの一瞬の間に。

「ミコヒメを護るのはモリヒトだ、若サマ」

「―――エース、」
薬師の声が諌めるように尖りかける。
手を解かせようと腕に力を込めても、男の指はきつく戒めを緩めることは無く。
「ビビ、ちょっとコレを借りるぞ」
「あなたなにを―――」

「搭へ行く」



大広間を抜け、また館の正門を抜けて行く間中、通り過ぎる誰もが黒髪の男に親しげに声をかけ男も
にこやかにそれを返し。けれどその間も男の手は腕を掴み上げたままだった。腕を解け、といくら言っても
聞き入れられないことに諦めたのか、それとも長い歩幅に引き立てられるように歩を進めることが癪に障った
のかゾロも早足にその隣を進んでいた。館の召使等は若をよろしくお願いします、などと見当違いな挨拶を
満面の笑みで男に告げゾロが何か言い返す前に、ああ勿論だよ領主からの大事な預かり物だからね、などと
陽気に不死者は返していた。

門を抜けたところで、ようやく腕が放された。
さあてと。夜の散歩をしようじゃないかなどと不死者が笑いを含んだ声で告げ、何事かを口中で呟く。
いうなれば、風の幕で包み込まれたかと。ゾロが瞠目するのに男が却って酷く驚いた顔をしてみせた。
地から足が浮き、視界は全て閉ざされただ風の巻き上がる様だけが映り。風が凪ぎ、足下に馴染んだ
硬さが戻った時に大きくゾロが息を吐くのに、不死者が声をかけた。

「若サマ、何を驚く?だれが歩いて搭まで行くと言った」
「呪で連れ出されるとも言っていないだろう」
「おれは気が短いんだよ」
搭へと続く小道のすぐ手前で悪びれた風もなく、落ちかかる前髪を梳き上げて男が笑い顔を作った。
「さて、と。もう夜だ。亡者共も威勢が良いだろうから守護の一つでも唱えておけよ」
そんなものは知らない、と返された。

「呪の一つも唱えられないのか、オマエは」
男が僅かに目を見開いた。
不自由はしていない、とゾロが応えるのに更にその目に笑みが拡がっていった。
なのに無茶を繰り返すのか。とんだ若サマだなオマエ、と言いながら。
「おい、」
ゾロが足を止めた。
「不死者、おれには名前がある」
ああ知っているよ、と相変わらず歌うような口調で男が返す。
「ならば、若サマなどと呼ぶな」
「へえ?」
「なんだよ」

「若サマは領主の息子に生まれたことが不満か?」
悪意の欠片もこめられていない笑みが男に浮かんでいた。
その問いに、ゾロは首を横に振った。
「自らの血を、厭ってはいけないと言われた」
「そうか、オマエは中々敏いな。おれがおまえの年の頃には女の後ばかり追っていたのに」
「それはいつの話なんだ?」
変成した時のままに姿の変わることのない不死者にとって、年齢を数えることに果たして意味があるのか
訝しみながらも、ゾロは問いかけ。
「ロロ。不死者に年を尋ねるなよ」
に、っと男が唇端を吊り上げた。
「おかしげなところで勝手にヒトの名前を区切るなッ」
盛大な抗議を受けて、宵闇に似つかわしくない明るい笑い声がひとしきり夜道に響いた。

ああ、着いたか、と男が言い、向けた視線の先には暗い中でも一層、稜線が浮かび上がるように搭が
聳えていた。









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