--- Taken ---
1.
「逢えた……?」
薬師が問い掛けた。ふわりと風に、長い髪が拡がった。
境界の間際、森へと石畳の道が続いていくその中央に立っていた。少し離れて馬が首を待ちわびるように
森の方へ向け、それでも大人しく佇んでいた。
「うん、」
「そう」
目元を和ませて、ゆっくりと手を差し伸ばしてき、その指先がそっと肩口に押し当てられた。
「あまり、怪我ばかりしないのよ?」
「―――うん」
「それでも、一緒には来ないのね」
淡い色の瞳は逸らされずにあわせられたまま、慰撫するように肩口を掌で柔らかく握りこんだ。
そして、強情な若サマねえ、と薬師が男の口真似をし微笑むようにしていた。
「ナミに、」

「なあに?」
鼓動を直に感じていた。悲しいほどの体温と、流れ込んでくる生命の営みと。
ずっと昔に、何かと引き換えに忘れ果てていたものを直に掌で受け止めるような。
抱きしめられ、背に廻されていた腕に力が微かにこめられるのを感じ取り、女は笑みを深くしていった。
「伝えてくれ」
「わかったわ、」
腕を伸ばして髪に手を差し入れた。
「また、逢えると良いわね」

「殺してもどうせ死なねえって、この若サマは」
引き寄せようとしていた相手の頭は、いきなり降ってきた声の持ち主にあっさり引き戻されていた。
「エース!」
二人分の、非難めいた声など構いもせずに不死者は機嫌よく笑って見せた。
「なんだよ、ローロ、伝えるのはそれだけでいいのか?」
にぃ、と唇を吊り上げたままで男が続けた。
「キスは」
乱雑に髪を手でかき回しけらけらと笑う。初心だなあ、オマエと。
「いいから離せ!」
途端に年相応の態度に変わるのを目にし、薬師は少し安堵の息をついた。
「伝えなくていいのかー?」
「だから離せと言っているっ」
すっかり背後から抱きすくめられるというよりはむしろ、羽交い絞めに近い態になってしまったコドモを見て
薬師も今度こそ頬に笑みを刻んだ。

「総てを知ったうえで、それでも残るというんだな?」
漏らされた声にゾロが抜け出そうとしていた動きを止めた。
「そうなのか、ゾロ」
「ああ」
「―――そうか。うん、それもいいかもしれねえな。守人が気に食わなかったらオマエが殺ればいい」
問いかけようにも、振り向こうにも依然として腕はきつく戒めをとかないまま、声だけが届いた。
「愛するものを託すに足りないと思うのであれば、オマエが殺してやれ」
「―――おい、」
「モリヒトはミコヒメの為にだけ在るんだ。その役に足りないとオマエが思うのであれば……、殺してやれ」
ゆっくりと腕が解かれたが、何かが振り向くのを躊躇わせた。
「おれは、一人屠った」

この男にしては珍しい、諧謔の欠片さえもない穏やかな声が続けられた。
「4代前のヒメは、おれの姉だった。変成が遅れてな、普通に嫁いで子供もいた。珍事も珍事、おれまで呼び
戻された。モリヒトの代理だな、まあ。生まれたばかりだった赤ん坊は、西の果ての国にやった。ナミが、連れて
行った」
「それは―――」
「機会があれば、ナミに聞くといい。おれの大事な大事な伴侶は、三日ほど泣きはらした眼をしていたが?」
きらりと、淡い色の瞳が光をのせ。ゾロは薬師が口中で何事か唱えるのを目に捕らえた。
「うわ、痛えのはカンベンしろよ!」
「わかっているなら慎むことだわ」
頭の上から聞こえたそれは、もう普段の通りのものに戻っていた。
「じゃあ、ロロ。餞別だ」
とん、と頭に手が置かれた。

「見送りご苦労」
わざと音をたてて額から唇が離れた。
「オマエッ、」
「前代未聞だぜー?ロロ!このおれが、ガキとはいえ男に祝福与えるなんざ」
「じゃあするなよ!」
「硬いこと言うなって」

くすくすと薬師はそのやり取りに、身体を揺らし。まだ背後を振り仰いで何やら賑やかに騒ぎそうな
片割れをついと引き寄せた。
「私からも、お餞別ね?」
ふわりと、頬に口付ける。
「伝えてあげるわ、きちんとナミに」
間近で覗き込むようにし、額をあわせた。またいつか、と声に出さずに唇が模った。
「うん、頼む。あのイカレ男より、あなたに頼んだ方が確実だ」

「ロロ。それはオレのなんだな」
声がし、すいと細い身体は引き上げられた。馬上へと。
いつの間に、ときくことさえももうバカバカしいとゾロは騎乗した二人を見上げた。
「世話になった、いずれ礼は返すからな」
に、と笑うようにしながら言ってくるのに、不死者はいかにも楽しそうに笑い返した。
「お。倍返しか?若サマ」
「精々期待してろ、イカレ男」
「その言葉忘れるなよ?クソガキ」
また、薬師のやわらかな笑い声がおこり、このひとほんとうはあなたを連れて行きたくてしょうがないのよ、
と微笑んだ。


「良い旅を、」
遠くなる影に向かい、ゾロは告げ。自分もまた馬首をムラへと向けた。



2.
「おれが最初にここを訪れた時はまだほんの子供で、自分の身すら護れなかったほどムカシのことだ」
言葉を続けながら、背に預けられた重みにゆっくりと息をついた。
中空のなかを石造りの階段が上へ上へと登り、薄闇のなかでは果てがないように思えた、と。
「降りるか?」
そう問われ、サンジが顔を上げた。
「いまさら。そのために連れてきたんだろう」
ちらりと笑みが瞳をかすめ、やがて同じ色が翠のそれにも浮かぶ。
「足元も悪いし、おまえはこういう場所は不慣れだろう?抱いて連れて行ってやろうか」
「やれるモンならやってみやがれっての」
言うだけいってしまうと、伸ばされてきた腕をすり抜けサンジは下へと導く石段へ先に足をかけた。

「それで?その時はここは、どんな風だったんだ」
自分が近づくまで先へ行こうとはしない姿に近づきながら、返答の代わりにゾロは話し始めた。
最初にこの場所を、不死者と訪れた時の事を。
「おれをここに連れてきたものは霊廟への扉を開けると、この扉はモリヒトか、ミコヒメの近親の者しか開けることはできないと言っていた。それもヒトではない者だけだ、と」

その頃は、まだこの扉の回りは宝玉を嵌めこんだ銀の柵で囲まれていた、と。
搭の壁際に取り付けられた燭台の火がその不死者の指音と一緒に灯り、鈍い光を照り返していた。
「この下に、ヒメがお待ちかねだ」
ぱくりと開いた虚空に、男が微かに笑いかけるようにした。
「おれは神など信じないが。こういうときはなにか唱えるものを持っていた方が便利だな」
なあ、そう思わないかと。
自分の先、身体の半ばまで隠れるほど下へと降りていた男が振り向いた。

「代々のミコヒメがこの下に?」
後を追って石段を降りながらゾロは問い掛けた。
ああ、祀られている、と。男が返した。
それが、モリヒトの最後の役目だしな、と続けた声は。どこか軋むようだったことにゾロは気付き眉根を寄せたが、
滑るような足下の感触に神経を向けた。







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