11.

近づき、肩に手をかけたら、少しばかり訝しげな様子で振り向かれた。
首に腕をまわし、そのまま唇にふれた。瞳を閉じることなく。
「夜明けまで、まだしばらくある」
自分の言葉に翠が、僅かに深い色合いに揺らぐようになるのを目にし
サンジはうっすらとわらう。



ああ、そうだな、と。声がおちてくる。そして。
頭を、肩口に押し当てるようにされた。



「おまえを、あいしている、」
抱きしめてくる腕と、突然の言葉に身体が強張る。
「―――ゾロ、」
あいしているよ、と。もう一度言われた。



「わかってる、そんなこと」
応える。腕をまわし、眼を閉じる。
足元で、熾火が音をたてた。









なだらかに続く傾斜の頂ちかくに、枝の張り出されたような巨木があった。
その丘を、長い指が示した。あれが、境界の丘だ、と。



境界から見下ろす色は。
ああ、この緑はおれは見たことがある、サンジは思った。
この、眼の届く限りどこまでも遠くひろがっていく草の平原。風で波をつくる一面の緑。
―――――いつ?





巻き起こる風のなか立つ姿にゾロが手を伸ばす。
風に乱される髪に触れ、その指で線をたどる。



もうすぐ陽が雲を割る、ゾロの声に現実に引き戻され
光の帯が草原を薙いでいくのを、ただ、みていた。一刻とて同じ色に留まらず、
緑が、黄金が、朱が混ざり合う。



―――おれが、"ムラ"を出た日も。こうして、ここで陽をみていた。
ゾロの声が届いた。



「なんで、ここへ連れてきたんだ?」
「妹と、約束をした」
おまえの、と小さく呟かれる。
返答の代わりに、指先で頬に触れる。



「―――いつか、逢いに戻ると」
あの先で、おまえのことを待っているのか、と。問われる。眼差が逢わせられるのを感じ、
傍らにゾロは目を戻す。そして、答える。そうだよ、と。
「もうずっと、ながい間。」






12.
ナミがふつりとその姿を消してから、夕刻になればいつもゾロの傍らには少女の姿があった。
そして一人を見咎めると、ふと息を詰める。
「どうした、」
広間で、外のざわめきを遠くに聞きながら犬達と火の前にいたゾロが声をかける。
広く開けられた扉から、ゆるやかに肩口まで流れ落ちる白銅の髪をした男が二人を目にすると
僅かに口端を引き上げ、暗がりに馴染み外へと消えて行く。



「私、あのひとのこと嫌い。ゾロに似ているけど、酷い事ばかりを言う」
「似ている?おれとあの男がか―――?」
うん、と小さく頷く姿。
その、きつい眼差はその姿が影になりまだ残っているかのような暗がりをみつめたまま。



「ゾロが、いつか私を置いていく、ってブラムは嘲う」
自分の髪を撫でるようにする手を感じ、うつむく。
「そんなこと、私にだってわかってる」



「わかっているのに。ゾロがここを出て行くことも、私が―――」
引き寄せられ胸元に額を押し当てられ、言葉を呑み込む。
「置いていかない」
「私、」
「おまえを。置いてなど行かない」
「……うん」







13.
「剣、」
早朝、常には身に帯びることを許されていないそれを取りに、屋敷の一角に向かった。
「若、」
柔和な笑みを浮かべた初老の男がそれを差し出しながら話し掛ける。
僅かに眉根を寄せるその表情にさらに笑みを深く男は刻む。
「妹君のこと、あまりお気に病まれますな、」
二振の剣を受け取る双眸は逸らされない。
「先のヒメが亡くなってから、既に十余年が過ぎておりますゆえ」
「―――わかっている」



「またお一人で行かれるのか」
「ショウガナイだろう。おれより強い奴がいるか?」
そう答え、扉から抜ける寸前に振り向いてわらった顔は男が常にみるそれに戻っていた。







「おまえの剣は場を歪めるな。"気"が強過ぎる」
突然おちかかる声にゾロが太刀を振り下ろしたまま、動きを止める。
梢を、丘を吹きぬける風が一層に鳴らした。
「おまえは、」
薄く笑みを刷く長身の男。
「……ブラム」



「憶えていてくれたか、光栄だよ」
ゾロの手が太刀を収めるのを目にし、さも心外だと言う風に続ける。
「おまえの剣筋はわるくない、続けろよ」
双眸があてられたままなのを感じ、かるくブラムは肩を竦める。
「ならば、おれが相手をするといったら、抜くか?」
「―――使い手か」



すらり、といつの間にか木に立て掛けてあった長刀を手に立つ男は
初めて微笑らしいものを浮かべる。
「ああ。昔はな」
言い終える前に刀の風を切る音が耳元。
自分の太刀を止められ、相手が心底驚いた風に目を見開くのを視界に捕らえ、
男の口許に浮かんだ微笑は深い笑みに変わった。鋼の擦れる音が響く。



「―――強いな、」
何度目かの斬撃を受け剣を取り落としかけたとき、不意に相手が剣を収めたのに
ゾロが息をつく。僅かに乱れて落ちかかる髪を梳き、呼びかけられた方も笑みを
浮かべる。子どもに褒められてもうれしくなどない、そう言って。
ゾロが反論を口に乗せる前に、その姿は既に失くなっていた。











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