Six
誰かの隣で目覚めるのは、気持ち良いんだと、知った

腕の中で眠るのは 目を開けるのが辛いほどの安定  

それは、知らなくても良いこと



暖かくて

目が覚めた

開け放されたドアからラジオと、キッチンの音が聞こえてきた。眠り過ぎたみたいに、頭の芯がふやけてる。




「起きたか、」
ゾロがトレイを持って入ってきた。
搾りたてのオレンジジュースに、コーヒー、スクランブルエッグとトースト、トス・サラダ。完ぺきな、朝食。

「ナニ死にそうな顔してやがる。朝メシくらいは俺でも作れんだよ」
唇のハシを引き上げる、独特の笑い方。

「それ食ったらビーチ行くぞ。仕度しろ」
言うと、ぷいっと出ていった。



問答無用でブランケットや本、サングラスなんかをてきぱきと持たされて。
出ていく間際に自分は冷蔵庫から水やチーズ、セラーからワインまで抜きだす。荷物はバックシートに放り込み、助手席についでに俺まで放り込むみたいにしてオープントップにした車をヤツはいきなり走らせた。
はええよ。やることが。

窓を開けると身体の横を風が抜け、つい口元が笑みを作る。
ラジオからはいきなりオアシスが流れてきて、「うっわ、懐かし」と二人同時に声が出る。
ヤツは笑いながらボリュームを大きくし、「いかにも、海いくぞ!って感じだな」と俺が言うとまた声を出して笑った。

ハイウエイをしばらく南へ下り、州道へ降りた。
道路沿いの店に寄って追加のワインやパンやブドウや氷を買い込んで。
カリフォルニアの絵ハガキじみた、見渡すかぎりの牧草地をまっすぐに続いてた2車線しかない一歩道をドライブして、ついた海。

途中にはたまに冗談のように野原の真ん中に誰も絵にもかけないような俗っぽい構図で立つ木があって、おまけに馬や牛がいたりした。牧草地だから。

「おい!止めろ、くるまとめろって!」
外をみたままでわめく俺にゾロがとにかく車を止める。
すぐ近く、お飾り程度の柵のぎりぎりまで、茶色の子馬が近づいていた。
ああ、かわいすぎ。
ベルベットの感触の鼻面を撫でる。手のひらに押し付けられる。くぅーかわいいぜ。
車から降りて横に立ったゾロが、半分あきれたように聞いてくるのも気にならない。

「おまえ、動物好き?」
「俺はね、子動物好きナンだよ」
コドモが子供好きなのかよ、とか生意気なこと抜かしやがった。
「ウルセ」
よしよし、とか言ってヒトのあたま、「ぽんぽん」ってやんなよ!
「いくぞ?」


一本道から伸びた側道に入っていき、どこが海なんだ?と思うような整地もされていないような高台の原っぱに車が停められ。それでもかんたんなシャワー施設なんかはあるから、やはりビーチはあるんだろう。
見回していたら、着いたぜ、とヤツが言った。
風に潮の香りが混ざって、潮騒の音がかすかに聞こえてくる。下の方から。

両手に荷物を抱えたゾロはさっさと草の中の砂利道を降りていき。なにしてる?という風にまだ車のところに居た俺を振り返った。
「ブランケット持ってさっさと来いって」
付いて下へと砂利道を降りていく。途中誰ともすれ違わなかった。

砂地。毛布持って。到着。
さらさらとした白砂にブランケットを敷いて荷物で重しをし。さっそくクーラーボックスの中で冷やされていた白ワインを開ける。波音のほか、なにも余計な音が聞こえてこない。
誰もいない。空はどこまでも高く。崖でかこまれた入り江のような小さな砂浜。

「いいな、ここ」
グラスに口を付け、言う。
「迷うと、くるんだ、」
波をみたままでゾロが言った。普段の自信満々で傲岸不敵な態度のこいつからは想像も出来ないような発言は。
「壁にブチ当たったりとかな、すると。ここで自分を一旦空にしてリセットする」
俺の方を向いてまた、片眉引き上げていつものツラ。
「アホ。俺も悩んだりすんだよ。初めてヒト連れてきたんだからな、感謝しやがれ」
「サンクチュアリ、って?」
言って、ヤツのグラスにワインを注いだ。
「まあ、そんなとこだ」
きん、とクリスタルの触れあう澄んだ音がして、俺は初めてグラスがあわせられているのに気付いた。


「おまえのいま読んでる本、」
「ああ」
「その中に、嵐の翌朝、主人公が切れた電線が地面に垂れて蒼い火花を散らしているのを見つける場面がある。その男は、例え生命にかえても、その碧を手に入れたいと願った、と書いてる」

俺は、初めてみたあのインスタレーションを思いだしていた。
暗い部屋の中、散らされていた蒼い火花。

「俺もその男と同じことを思ってた、ずっと。ガキのころから、あの碧を手に入れたいと」
作ろうと、手に入れようとしてたらコンナフウになってた、と続ける。

きつすぎない日差しのなか、ゆっくりとワインを何本も空け好きなように勝手に時間を過ごした。持ってきた本を読んだりそこらを歩いてみたり。寝そべったり、人生語ったり、流木と海藻を使ってナンだか大笑いしながら「マスターピース」作ってみたり。それでも浜辺に置いて帰るには上出来すぎるシロモノが出来上がって。確かにコイツは一流なんだ、と変なところで実感した。


帰る頃には、おおよっぱらいになっていて。どっちもこのまま運転したら死ぬな、との結論に達し。
車まで暗い中、危なっかしくブランケットを持って戻り、ルーフを戻し。水しか出ないシャワーをぎゃーぎゃーいいながら浴びて。ヒーターを付けて砂をはたきまくったブランケットを被り、くっついて眠った。
なにしろ酔っ払いのすることだから、なにが可笑しいのか意識が途切れるまで笑いっぱなしで、俺は悪夢なんて見るヒマもなかった。

ふと、熱の離れた感覚で目が開いた。まだ薄暗いなか、ボンネットに座る背中がシルエットになっていた。

「よお、」
横に立つ。
「起きたのか」
聞き返してくる。
「うん」

煙草に火を点ける。
「もうすぐ朝だ、」
ゾロが言った。
「日の出かぁ、」
俺もボンネットにもたれかかった。
「下まで降りるか?」
俺を見ずに聞いてくる。
「いい、」

自然と出てきた自分の言葉に

「なあ、腹も減ったしもうちょっといきあたりばったりでどっか行かねえ?」


本心を知る。


「俺もそう言おうとしてたとこだ」
「今日から大学も休みだし」
「じゃ、決まりだ」
「けど、今度はちゃんとベッドのあるところだな」
言いながらゾロが軽く伸びをする。
さああっと空を割る光の筋が原っぱを抜ける。

「んー、俺も身体バキバキする」

笑いあって、朝がやってきた。





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