Seven

服や必要品は適当に買い足した。
そのまま州道を南へ海に沿って下って、アシカのいる海岸や気に入った小さな街や通りで寄り道をしながら、モントレーまで来ていた。どうせだっていうんで水族館まで足を伸ばして、出てきたら外はもうすっかり夜に近くなっていた。

ベッドのあるところってというと、あそこだな、とゾロが小さく言い。
連れてかれた先は、海を臨んで断崖ぎりぎりに立つ、実は知る人ぞ知る四つ星隠れ家ホテル。
「父親の知りあいのとこだ」
言いながらヤツはフロントからスイートのキイを受け取り、ぽん、と空中に投げ上げキャッチする。
「おまえ、実はぼんぼんだろ」
「てめえもだろーが」
あきれた風にゾロが言って返した。

「しかし極端だな、」
ルームサービスで持ってこさせたシャトー・ラフィットの'70年代物を一口味わい、にんまりする。テーブルには冷製やフルーツの盛り合わせも奇麗に並べられていた。
「昨日はビーチで野宿して、今日はコレ」
「バスタブから海は見えるし?」
ゾロも、に、と意地の悪い豹の子みたいに唇のハシを引き上げる。
「まったくおっしゃるとおり」
答えてゆっくりとグラスを空にする。

ヤツは俺のグラスにまたカラフからラフィットを注いで、自分のグラスも満たす。
「ビビも苦労するはずだよ、てめえがこんなじゃな」
軽く口を突いて出た言葉だった、けれど。

「あいつとは、こんな風じゃない、」
ゾロが眼をあげた。どこまでも深い、翡翠のミドリ。
「いままでの、誰とも。なんでだろうな、おまえが初めてだ」
自身に問いかけるようなそんな静かな口調は、俺が始めて聞いたものだった。

ビンテージのワインを時間をかけてゆっくりと、それも重いものばかり何本も空けた頃には不必要にでかいベッドまで自力では行けない有り様で。コイツが底なしだってことを忘れて付きあった俺がバカだった。ただ、不快感がゼロで気分が良いだけなのは、さすがのセレクトというべきか。酒バカあなどれず。
柔らかなリネンを肩まで引き上げられて、ぽんぽん、と頭をかるく撫でられても気分が良いから上機嫌でヤツにちょっとばかり笑いかけて、枕に埋まった。良い気分で、暖かくて、昨日みたいにそのまま眠れるはずだった。


カラダが


きゅうに

沈む、と思った。声がだせな---------


たすけ、


暗い中、水から引き上げられるみたいにして半身を抱き起こされていた。


「な・・・?」
ぎゅう、と背中に回された腕に力がこめられた。心臓が、痛い
おれ、また・・・・?
「ごめん、起こしたか?」
肩に顔を預けたままで言った。
そうしたら、頭ごと抱き込まれるみたいにされた。


窓の下から、波の砕ける音がする。

そろそろと息をはく。胸の痛むのを騙すように。
ばたついていた心臓がヤツの鼓動とシンクロするようにゆっくりと打ちはじめて、随分とたってから
「いいさ、気にするな」
頭の上の方から声がした。

「おまえさあ、抱きグセのついた赤ん坊と一緒だな」
くっくっとゾロは小さく笑い。自分の側のベッドに俺を引っ張りこんだ。
もう平気だ離せと騒いでも軽く無視され。さっきのセリフ。
「もう、寝ろ。大丈夫だから」
とん、とごくゆるく握った拳が頬にあてられ。

目を閉じようとする寸前に、

おまえの眼は、火花の碧だな。最初に逢ったとき、思った
思いだしたようにヤツが言った。



うっかり何日も滞在してしまうのが、隠れ家リゾートの恐ろしさなのか、気が付いたらもう4日も、特になにをするわけでもないのにここで過ごしていた。
最初の日以来、両方のベッドが使われることは無く。ヤツの隣にもぐりこんで眠るのが、当たり前になっていた。
夢もみないくらい、深く眠って。
背中越しに伝わる温度や規則正しい寝息が、当然のように側にあった。
俺も、ビビが戻ってきても事態が決して好転しそうもないことを、やっと意識した。

いや、悪化させてるか?むしろ。
いつのまに、ヤツがこんなに自分の中に入り込んじまったのか、途方に暮れる。


気持の近ずいたきっかけなんてもう忘れた。

あたりまえのように、笑い顔なんかくれるから。

横で穏やかな顔なんてしてるから。


近づきすぎた


現実に戻らないと

だめだ


外に出されたテーブルで、海風なんか浴びて冷えた白ワインなんぞ飲んでる場合じゃない、俺。
ましてや、頬杖をついて崖の向こうに拡がる景色を見つめてるコイツの横顔に見惚れるなんぞ、言語道断だ。


高い空と透けるような海の碧と

穏やかな時間は


もう、無しにしよう


だっておまえは

さいしょから、

俺のじゃないんだから


忘れるところだったよ


「ゾロ、」
翠の眼差しが俺にあわせられ、かすかに細められた
なにもかも見透かされそうで
「ありがとうな」
そういって、わらってみせるのが、せいいっぱいだった。








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