--- White Light, White Night ---







「おれの目的か?おまえらを叩き潰してえだけだ。他に何の理由がある?」

「そのためには手段は選ばぬ―――か、」

コブラは、目前に立つスモーカーの姿に向かい、低い声で返す。

尋問とは名ばかりの、ただの拘束に過ぎない茶番。この部屋での一言一句は記録されるが

それすらも自分が上層部に手を回せば如何様にも変更が出来る事を、この男が知らない筈もない。




「それで、唾棄すべき者からの指示でも甘んじて受けているという訳なのだな。ただ我々を

“潰す”為に」

それだけを言うとコブラは瞳を閉じる。

「てめえ、どこまで知っている―――」

「警部。きみが母親を抗争に巻き込まれて亡くしたことかね?父親が我々の組織の幹部だった

ことか? それとも市警ぐるみの一連の贈賄と機密漏洩のことか―――?」




「警部!」

スモーカーが口を開きかけた時、急に扉が開かれ部下が慌しく走りこんでくる。

「ジェラキュールが、シティに向かっているといま交通局のヘリから緊急連絡が―――」

「なんだと・・・?」




コブラの漆黒の瞳も開けられる。

「貴様ら、一体何をしたのだ・……?」




その覇気に、がたり、とスモーカーの部下が扉に縋った。










1.

トンネル内の薄オレンジの照明の中、中央車線近くに停められたセダンに凭れかかりゾロは

聞こえてくる音に瞳を閉じ神経をあわせる。いまはまだ、ヘリの翼の音は聞こえては来ないが

それも時間の問題であることも、わかっている。





約束の時間まで―――あと、二分。





トンネルの入り口から車のヘッドライトが現れ、猛スピードで走り込んで来たそれは半ばスピンする

ようにゾロの真近で急停車する。

「―――ゾロ!ご無事で」

「時間ピッタリだな、バルサザー」

小さくゾロが呟き、さらに何か言いかけるのを護衛は物騒な笑みで黙らせる。

「私に謝りなどなさろうものなら、即刻撃ちますよ?」




「途中で、ヘリのライトが見えました。お早く、」

ドライヴァーズ・シートから出ると護衛はゾロを中に押し込み、自分は身を翻し停められていた

セダンに乗り込む。

「さあ、はやく!」

必死の叫び声に、ゾロはアクセルを踏みつけ乗ってきたセダンの向かうのとは反対の出口に

向かい走り出る。




トンネルから抜け出た頭上を、武装ヘリがサーチライトを点け背後へ飛んでいく。

パトカーのサイレンも、追い縋るように次々と反対車線を流れ。

遠ざかるバックミラーに夜が不自然なほど光に照らし出されるのが写る。





そして、やがて届く音に。唇を噛みしめる。





何が起こったのかは、思考の外に無理矢理に追い遣る。いまさら、だ。

人死が多すぎる。動かす手の先、踏み出す足先。吸い込む空気すら、

もう火薬の匂いが纏わり付く。どこで間違えたんだろう、などとは思わない。







ただ、手に入れたいと願った。それだけだ。咎は受ける。

だが、その場所はここではない、と。













黒い車影が闇に紛れる。











2.

港へと続く旧倉庫街への入り口。細い石畳の道、その暗がりにコーザは身を潜める。

「・・・・・良いか。済んだらすぐに散れ、市警にだけは捕まるな。高窓が開いたら、それが

合図だ。目掛けて、まず最初にそこへ撃ち込め。そこにクリークがいる。建物にいるヤツら

一人も生かすな」



ピ、と通話を切る。

内通者が、あの男の側にも居るとはな、その思いにコーザの唇が皮肉な笑みに歪む。

午後に聞いた、エフェクターで細工された乾いた声が不意に耳に甦った。

ゼフを、自分達を直接に裏切っていた者の名と、その男の居場所とを正確に告げてきた声に。

なぜか、自分がひどく疲弊していることを思い出させられたことも。

その声が、自分の深いところをさらりと。触れていったような気さえしたが。

ビビ、と。祈るようにその名を唇に上らせる。











「皮肉なモンだな、」

思い出すのは。最後に、機械が伝えた恋人の声。

自分が今までに聞いたことの無いほど、なにかに酷く疲れ果ててでもいるようで。

思わず、ビビはその名を呼びそうになった。自分であるとは知らずに、そう告げてきた声。

最後に聞いたものは、多分コーザが誰にも見せていなかった真実。




ごめんね、そう小さくつぶやいた。

こんどは、きっと。もっと長く一緒にいたいわね。

窓辺で、ビビは見えないその姿を眼で追う。










背後で扉の開いた気配に女の影が振り向いた。窓を広く押し開き、近づいてくる

重たげな足音に向き直る。




「私は。あなただけは許せない。必ず殺してやるから」

「あいかわらず威勢だけは良いな、お嬢さん?」

「父親を殺されたのよ。当然でしょう」

間を繋ぐ鎖が、重たげな音をたてる。

「さあ、ソレがいつまで持つかな」




「クリーク。あいかわらずツメが甘い男よね?」

ビビの唇が歪むように引き上げられ、それがゆっくりと微笑に変わっていく。

「“足”にいつもそう言われていたんじゃないの?」

ふ、と。クリークの表情から薄い笑みが引いていく。

「―――お前?」




「オンナなんか抱きに来る場合じゃないでしょう―――?」

広く開けられた窓からコン、コン、コン、と。あっけないほどあっさりと床に転がり落ちるもの。

ピンを抜かれたパイナップルと、音も無く着弾した小型の―――

「私があんたなんかに、あっさり良いようにされる訳がないじゃない」

「フザケやがっ・…」




最後に見たものは。に、と。引き伸ばされたビビの朱唇と、それの模ったオト。

BANG!」












ぶ厚い窓を次々と突き破る炎と。爆風。












遠くで引き起こされた爆音と、空を焦がすほどの炎の気配に

身を潜めていた暗がりで、コーザがひっそりと笑みを浮かべた。

「―――クリア。」










このタイミングでなら配下は無事に市警の到着前に散れる。上出来じゃねえか、と。

今のであのワニ野郎の手駒も殆ど潰れた筈だ。



なあ、クソわがままな我が親愛なる従弟殿?

おまえのこと、ヤツに迎えに行かせてやるよ。そこまでは責任持ってやるけど。

ビビは怒ると恐えからな、後は知らねえぞ。おまえに任せるわ。







「早くここまで来い、ロロノア。市警が先に来ちまうぜ?」







笑い声混じりにつぶやき、そうして、歩き出す。













通り過ぎるパトカーのフラッシュライトが偶然車内を照らし、警官がその姿を見咎めた。

無線マイクを握り締め、何か必死に叫ぶ姿をゾロは遠ざかる視界に納める。

「・・・クソ、」



オークランド港の再開発地区のほど近く、旧倉庫街から僅かに離れて車を乗り捨てる。

歩き始めた自分の右肩を濡らす感触に、銃創の開いた事を意識するが効き過ぎる鎮痛剤の

所為でただの不快感しか起こらない。

「おっそろしいババアだな、まったく」

女医が聞いたなら、秒殺されそうな感想をそれでも微かに笑みを浮かべてゾロは口に出し。

使われていない廃墟へと踏み込んだ。そして耳につく音に、ふと思う。







どこか遠くで旋回するヘリの翼の音が。

まるで―――







不吉な羽音のようだと。











3.

「どうせ来るとは思ってたけどよ、なんて格好だ。ザマァないぜ、“ロミオ”」

路地から突然現れた男の姿に、ゾロの瞳が見開かれる。

「コーザ―――」

武装ヘリの轟音が徐々に近づいてくる。彼方で夜を切り裂くサーチライト。旋回を始めた鉄の翼。

呼びかけられても、ちらりと路地の奥を眼で示し。

「あっちだ、行け」




「おまえ、どうしてだ・・・・」

ゾロの双眸はコーザにあてられたまま揺るがない。

「―――おれにダセェこと言わせる気か?すごい復讐だな、オイ?」

視線が合う。




にやりと唇端を引き上げるコーザの眼にちらりと笑いが掠め。

とん、と左手でかるくゾロの肩を押す。

「ちったァ、時間稼いでやるよ。だから、迎えに行ってやってくれ」

ゾロの目許にも笑みが僅かに浮かび。

その左手に自分の軽く握った拳をあてる。リズミカルなハイ・ファイブへとそれは変わり。

明るく、打ちあてられた掌の立てた音が最後に夜に吸い込まれていく。




「じゃあな」

「ああ、」

静かな声にコーザはそう返し。かるく付け足す。

「ほら。とっとと行っちまえ」

「借りができたな、」

翡翠の双眸が笑みに崩れ。

それが、最後の印象。鮮やか過ぎるソレは―――薄闇に消える。







「生き延びろよ・・・・・?」

遠ざかる足音に向かい、そう呟き。

拳銃の握りに口づける。伏せていた目を上げ。




そして、ヘリの轟音が徐々に近くを旋回し始めた中、倉庫街の中央を抜ける通りへと歩き始めた。














「武器を捨てろ!銃を下ろせ!」

ヘリに掲載された拡声器からスモーカーの声が轟く。

目も眩むようなライトに照射された中央でコーザは銃を携えたまま、立っている。

スナイパーの構えるライフルの銃口と、ヘリのローター音、巻き起こされる埃っぽい風に晒されながらも

麻色のスーツを纏ったその姿はどこまでも優雅なスタンスを保ち。のんびりと、カウントを続ける。

二ヒャクハチジュウゴ、そう唇が声も無く形作り終えると。ヘリに顔を向ける。




「捨てるわけには、いかねぇなあ」

ゆっくりと防弾ガラス越しのスモーカーに向かってブロ―ニングの照準を合わせる。

「死ぬ気か、ばかやろうが。」

スモーカーは噛みしめた歯の間から声を出し、咥えたままの葉巻を噛み潰し。

次の一言を発そうとスピーカーのスイッチに手を伸ばす、その刹那、突如として視界が闇に飲まれた。







武装ヘリのサーチライトがすべて砕け散ったのと、一瞬周囲が闇に戻った混乱に乗じてセダンが

現れコーザをいきなり呑みこみ走り去ったのは、ほぼ同時だった。










「―――な、」

コーザが言葉を失っていたのは、一瞬。

「だれだ、てめえらっ?」

後部シートには見知らぬ男が二人、自分を間に押さえ込むようにして座していた。




「“赤髪”が、おまえを殺させちゃならねえってな」




「ばかやろう!おれなんかより―――っ」

「おれ達だって、一度に二つの事は出来ねェんだよ」

噛みしめるような声が、右隣りの男の口から洩れる。




「・……ヤソップ、」

ドライヴァーズ・シートの若い男が前方を凝視したまま、低く呼びかけ。

「おでましか、撒け」

流れるようにセダンが急加速し、大きく開かれた窓から半身を乗り出す男の手には、銃。















4.

辛うじて突然の爆発から生き残った部下からの連絡を鉤爪の男は何ら表情に浮かべず、

ただ聞いていた。







「―――失敗だな、」

そう小さくつぶやき、端末を胸に戻す。

急ぎ過ぎたか、どこかで僅かな狂いが生じたか。いずれにしても、このゲームに。

「勝ち組はいねえってことか」




葉巻に火を点け紫煙を深く吸い込み、一点を睨みつけるようにしていたが、床にそれを投げ。

落ちた先から、ぽっと淡く小さな炎が上がり、それはやがて次第に速さを増して壁に添って

進み始める。



やり直しだ、少なくとも。両方へ与えたダメージだけでも良しとするか。ここまで来たら後は―――

にやりと口許を歪ませ。広い空間でふと足を止める。

肝心なことを失念していた自分に。




「ああ・・・あれを始末しちまえば、おれの勝ちとも言えるか。早々に潰しておくに限るな」

自分のいる場所からは見えない、入り口の扉の方へ目を遣る。

ここへ、必ず現れるであろう姿を思い描き、唇端を引き上げた。


















「よお、御曹司」

威圧感すら与える巨躯がゆっくりと、暗がりから浮かびあがった。




「返してもらいに来た。―――どこにいる?」

鉄製の高い扉の内側に立つ姿から、静かな声が発せられる。

「奥さ。随分とキレイなガキだ。死体になってもな―――」




刹那その強い光を宿す双眸を掠めた色は、酷くクロコダイルの苛虐心を満足させる物だった。

鉤爪の男は薄く笑みを刷く。




その姿と、広い室内の隅を炎が天に向かって這い進むのをゾロの瞳は捉え。

自分の意識がただ、白い平面上に引き出されたかのように感じていた。それは自分の身体能力を

極めて冷静に弾き出す。この現状ではフツウにいったら勝算は限りなくゼロに近い、と。



効かない右手で扱えるほどコルト・パイソンはヤワな銃じゃない。

けれど。おれのイノチはあの扉の所までもてばいい。勝算、大アリだな―――。




「なあ。そこ、退けよ」

ゆっくりと、一歩を踏み出す。

左手にパイソンを携え。その銀の銃身が遠くはない炎を映しこむ。



クロコダイルがにやりと嗤う。

「おれは無キズだ。てめえに勝ってあたりまえだからな?ハンデをやろう」

両の手を上げる。




「飛び道具はナシにしてやるぜ」

「ハ!アリガタイネ」




構えて、踏み込むそのタイミングを数瞬ずらせ半身を無防備に晒す。

圧力を感じさせるほど空気が撓み近づき左半身に走る鈍い衝撃にゾロは

自分の腹部に鉤爪が突き入れられたのだと理解し。

ほぼ同時に背から右手に滑り込ませるのは




に、と。真近でキズの走る男の顔が満足気に口許を歪め

それが




眼を見開いた。




何もなかったはずの右手がコルト・ディフェンダーを握り、

そして肋骨の真下にいま銃弾を撃ち込んだのだと理解すると

鉤爪を捻り引き抜く。




「―――おれも汚エ手、使わせてもらったぜ」

僅かに声に苦悶の影が滲むものの、それでもその姿は膝を着くことは無く。

「てめえは、死にてエのか―――」

ゆっくりと膝が力を失くし、それでも言葉を模る。クロコダイルは自分に対して降りてくる




言葉を








「おれは、あの扉の向こうまでもてば良いんだよ。あんたは、生きようとしていたからな」




だから負けたんじゃねェのか、そんなことを面倒くさそうに返してくるのを。

まさか、という思いの中で聞いていた。

自分が、地に膝を付くなどということがあろうとは。







「共に在れないのなら、逝くまでだ」

唇端を引き上げ、半ば床に崩れた身体を見おろし。ディフェンダーの銃口をその額に向け、

銃鉄を引き上げる。全長が20センチにも満たないポケット・ガンでも、接射すれば殺傷力に

何の変わりもない。自分の背後で、炎が一層その勢いを増したのをゾロは感じ取った。




ふと。銃口の向きが変えられる。

からかうような口調を倒れた男は歪み掛ける意識の底で聞く。




「あんたなら、逃げられるか?」

そして、四発の銃弾が両足に撃ち込まれるのを。

炎の中へ、弧を描き投げ込まれる短銃を。




「じゃあな、」

ゆっくりと、奥の扉へ向かい遠ざかる足音、目に入るのはその跡を長く記す朱の染み。

自分の周囲に確実に近寄ってくる炎の舌。何かの、崩れ落ちる音。








これが、おわりか?おれの―――?







何故だか、無性に笑い出したくなった。そして、笑いながら男は。

炎に向かい、這うように進み始めた。






















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