--- White Light, White Night --- 「おれの目的か?おまえらを叩き潰してえだけだ。他に何の理由がある?」 「そのためには手段は選ばぬ―――か、」 コブラは、目前に立つスモーカーの姿に向かい、低い声で返す。 尋問とは名ばかりの、ただの拘束に過ぎない茶番。この部屋での一言一句は記録されるが それすらも自分が上層部に手を回せば如何様にも変更が出来る事を、この男が知らない筈もない。 それだけを言うとコブラは瞳を閉じる。 「てめえ、どこまで知っている―――」 「警部。きみが母親を抗争に巻き込まれて亡くしたことかね?父親が我々の組織の幹部だった ことか? それとも市警ぐるみの一連の贈賄と機密漏洩のことか―――?」 スモーカーが口を開きかけた時、急に扉が開かれ部下が慌しく走りこんでくる。 「ジェラキュールが、シティに向かっているといま交通局のヘリから緊急連絡が―――」 「なんだと・・・?」 「貴様ら、一体何をしたのだ・……?」 聞こえてくる音に瞳を閉じ神経をあわせる。いまはまだ、ヘリの翼の音は聞こえては来ないが それも時間の問題であることも、わかっている。 ようにゾロの真近で急停車する。 「―――ゾロ!ご無事で」 「時間ピッタリだな、バルサザー」 小さくゾロが呟き、さらに何か言いかけるのを護衛は物騒な笑みで黙らせる。 「私に謝りなどなさろうものなら、即刻撃ちますよ?」 ドライヴァーズ・シートから出ると護衛はゾロを中に押し込み、自分は身を翻し停められていた セダンに乗り込む。「さあ、はやく!」 必死の叫び声に、ゾロはアクセルを踏みつけ乗ってきたセダンの向かうのとは反対の出口に 向かい走り出る。 パトカーのサイレンも、追い縋るように次々と反対車線を流れ。 遠ざかるバックミラーに夜が不自然なほど光に照らし出されるのが写る。 人死が多すぎる。動かす手の先、踏み出す足先。吸い込む空気すら、 もう火薬の匂いが纏わり付く。どこで間違えたんだろう、などとは思わない。 だが、その場所はここではない、と。 港へと続く旧倉庫街への入り口。細い石畳の道、その暗がりにコーザは身を潜める。 「・・・・・良いか。済んだらすぐに散れ、市警にだけは捕まるな。高窓が開いたら、それが 合図だ。目掛けて、まず最初にそこへ撃ち込め。そこにクリークがいる。建物にいるヤツら 一人も生かすな」 内通者が、あの男の側にも居るとはな、その思いにコーザの唇が皮肉な笑みに歪む。 午後に聞いた、エフェクターで細工された乾いた声が不意に耳に甦った。 ゼフを、自分達を直接に裏切っていた者の名と、その男の居場所とを正確に告げてきた声に。 なぜか、自分がひどく疲弊していることを思い出させられたことも。 その声が、自分の深いところをさらりと。触れていったような気さえしたが。 ビビ、と。祈るようにその名を唇に上らせる。 思い出すのは。最後に、機械が伝えた恋人の声。 自分が今までに聞いたことの無いほど、なにかに酷く疲れ果ててでもいるようで。 思わず、ビビはその名を呼びそうになった。自分であるとは知らずに、そう告げてきた声。 最後に聞いたものは、多分コーザが誰にも見せていなかった真実。 こんどは、きっと。もっと長く一緒にいたいわね。 窓辺で、ビビは見えないその姿を眼で追う。 重たげな足音に向き直る。 「あいかわらず威勢だけは良いな、お嬢さん?」 「父親を殺されたのよ。当然でしょう」 間を繋ぐ鎖が、重たげな音をたてる。 「さあ、ソレがいつまで持つかな」 ビビの唇が歪むように引き上げられ、それがゆっくりと微笑に変わっていく。 「“赫足”にいつもそう言われていたんじゃないの?」 ふ、と。クリークの表情から薄い笑みが引いていく。 「―――お前?」 広く開けられた窓からコン、コン、コン、と。あっけないほどあっさりと床に転がり落ちるもの。 ピンを抜かれたパイナップルと、音も無く着弾した小型の――― 「私があんたなんかに、あっさり良いようにされる訳がないじゃない」 「フザケやがっ・…」 「BANG!」 身を潜めていた暗がりで、コーザがひっそりと笑みを浮かべた。 「―――クリア。」 今のであのワニ野郎の手駒も殆ど潰れた筈だ。 おまえのこと、ヤツに迎えに行かせてやるよ。そこまでは責任持ってやるけど。 ビビは怒ると恐えからな、後は知らねえぞ。おまえに任せるわ。 無線マイクを握り締め、何か必死に叫ぶ姿をゾロは遠ざかる視界に納める。 「・・・クソ、」 歩き始めた自分の右肩を濡らす感触に、銃創の開いた事を意識するが効き過ぎる鎮痛剤の 所為でただの不快感しか起こらない。 「おっそろしいババアだな、まったく」 女医が聞いたなら、秒殺されそうな感想をそれでも微かに笑みを浮かべてゾロは口に出し。 使われていない廃墟へと踏み込んだ。そして耳につく音に、ふと思う。 まるで――― 路地から突然現れた男の姿に、ゾロの瞳が見開かれる。 「コーザ―――」 武装ヘリの轟音が徐々に近づいてくる。彼方で夜を切り裂くサーチライト。旋回を始めた鉄の翼。 呼びかけられても、ちらりと路地の奥を眼で示し。 「あっちだ、行け」 ゾロの双眸はコーザにあてられたまま揺るがない。 「―――おれにダセェこと言わせる気か?すごい復讐だな、オイ?」 視線が合う。 とん、と左手でかるくゾロの肩を押す。 「ちったァ、時間稼いでやるよ。だから、迎えに行ってやってくれ」 ゾロの目許にも笑みが僅かに浮かび。 その左手に自分の軽く握った拳をあてる。リズミカルなハイ・ファイブへとそれは変わり。 明るく、打ちあてられた掌の立てた音が最後に夜に吸い込まれていく。 「ああ、」 静かな声にコーザはそう返し。かるく付け足す。 「ほら。とっとと行っちまえ」 「借りができたな、」 翡翠の双眸が笑みに崩れ。 それが、最後の印象。鮮やか過ぎるソレは―――薄闇に消える。 遠ざかる足音に向かい、そう呟き。 拳銃の握りに口づける。伏せていた目を上げ。 ヘリに掲載された拡声器からスモーカーの声が轟く。 目も眩むようなライトに照射された中央でコーザは銃を携えたまま、立っている。 スナイパーの構えるライフルの銃口と、ヘリのローター音、巻き起こされる埃っぽい風に晒されながらも 麻色のスーツを纏ったその姿はどこまでも優雅なスタンスを保ち。のんびりと、カウントを続ける。二ヒャクハチジュウゴ、そう唇が声も無く形作り終えると。ヘリに顔を向ける。 ゆっくりと防弾ガラス越しのスモーカーに向かってブロ―ニングの照準を合わせる。 「死ぬ気か、ばかやろうが。」 スモーカーは噛みしめた歯の間から声を出し、咥えたままの葉巻を噛み潰し。 次の一言を発そうとスピーカーのスイッチに手を伸ばす、その刹那、突如として視界が闇に飲まれた。 「―――な、」 コーザが言葉を失っていたのは、一瞬。 「だれだ、てめえらっ?」 後部シートには見知らぬ男が二人、自分を間に押さえ込むようにして座していた。 「おれ達だって、一度に二つの事は出来ねェんだよ」 噛みしめるような声が、右隣りの男の口から洩れる。 ドライヴァーズ・シートの若い男が前方を凝視したまま、低く呼びかけ。 「おでましか、撒け」 流れるようにセダンが急加速し、大きく開かれた窓から半身を乗り出す男の手には、銃。 ただ聞いていた。 そう小さくつぶやき、端末を胸に戻す。 急ぎ過ぎたか、どこかで僅かな狂いが生じたか。いずれにしても、このゲームに。 「勝ち組はいねえってことか」 落ちた先から、ぽっと淡く小さな炎が上がり、それはやがて次第に速さを増して壁に添って 進み始める。 にやりと口許を歪ませ。広い空間でふと足を止める。 肝心なことを失念していた自分に。 自分のいる場所からは見えない、入り口の扉の方へ目を遣る。 ここへ、必ず現れるであろう姿を思い描き、唇端を引き上げた。 威圧感すら与える巨躯がゆっくりと、暗がりから浮かびあがった。 鉄製の高い扉の内側に立つ姿から、静かな声が発せられる。 「奥さ。随分とキレイなガキだ。死体になってもな―――」 鉤爪の男は薄く笑みを刷く。 自分の意識がただ、白い平面上に引き出されたかのように感じていた。それは自分の身体能力を 極めて冷静に弾き出す。この現状ではフツウにいったら勝算は限りなくゼロに近い、と。 けれど。おれのイノチはあの扉の所までもてばいい。勝算、大アリだな―――。 ゆっくりと、一歩を踏み出す。 左手にパイソンを携え。その銀の銃身が遠くはない炎を映しこむ。 「おれは無キズだ。てめえに勝ってあたりまえだからな?ハンデをやろう」 両の手を上げる。 「ハ!アリガタイネ」 圧力を感じさせるほど空気が撓み近づき左半身に走る鈍い衝撃にゾロは 自分の腹部に鉤爪が突き入れられたのだと理解し。 ほぼ同時に背から右手に滑り込ませるのは それが そして肋骨の真下にいま銃弾を撃ち込んだのだと理解すると 鉤爪を捻り引き抜く。 僅かに声に苦悶の影が滲むものの、それでもその姿は膝を着くことは無く。 「てめえは、死にてエのか―――」 ゆっくりと膝が力を失くし、それでも言葉を模る。クロコダイルは自分に対して降りてくる まさか、という思いの中で聞いていた。 自分が、地に膝を付くなどということがあろうとは。 唇端を引き上げ、半ば床に崩れた身体を見おろし。ディフェンダーの銃口をその額に向け、 銃鉄を引き上げる。全長が20センチにも満たないポケット・ガンでも、接射すれば殺傷力に 何の変わりもない。自分の背後で、炎が一層その勢いを増したのをゾロは感じ取った。 からかうような口調を倒れた男は歪み掛ける意識の底で聞く。 そして、四発の銃弾が両足に撃ち込まれるのを。 炎の中へ、弧を描き投げ込まれる短銃を。 ゆっくりと、奥の扉へ向かい遠ざかる足音、目に入るのはその跡を長く記す朱の染み。 自分の周囲に確実に近寄ってくる炎の舌。何かの、崩れ落ちる音。 炎に向かい、這うように進み始めた。
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