5.

鉄の扉を閉め、その内側にもたれ視線を天へ投げる。

高く取られた天井にほど近い通路から、外へと続く非常扉が見える。

出来る事なら、連れ出してやりたいけれど

そうするだけの時間は、どうやら自分には残されてはいないらしい




徐々に視線を下ろし、そうして目にしたのは 横たわるシルエット

高く開けられた窓からの光が揺れ、照らし出す




近づき、側に膝を折る。

「―――サンジ、」




みつめていれば、口づければやがてあの日のように

ゆっくりと、その瞼があけられ

幻のようなその碧があらわれ、自分を映し込むのではないかと




眠っているだけなのだと、




そう信じたくなるほど

自分の記憶に鮮やか過ぎるほどのそれと何も変わらない。








ゾロの手から銀の銃が滑り落ち

石床に、コルトのあたる音が響く。











さらり、と髪に掌を走らせ。

「待たせたな、」




そのまま

手の甲を頬に、輪郭にそって滑らせ。

まだその温かいようなのに微かに笑みを浮かべる。

腕に抱き、引き寄せる。

金の髪に顔を埋めるようにし、じっと、その影は動かない。







不思議と、涙は自分の中から沸き起こりはしなかった。

寧ろ―――







ぱたぱたと、どこか遠くを子供の走るような音が聞こえる







なぜこうなったのか、など。理由など、もうどうでも良いことだ

この、事実のみが全てで。




自分が、いま手にしているもの。




「悪くない、」

ちいさく呟く。

「な・・・・?」

その髪に頬で触れ、抱きしめる。





そして、ゆっくりとリングを取り出しそれに口づけると、動かない左手をとり薬指に通す。

何の抵抗も無くそれはするり、と当たり前のように新しい居場所を見つけ。そのまま、その手を取ると

唇でやわらかく触れ、ゾロは苦笑を洩らす。




「おまえ指、細すぎ―――」




そしてまた、腕に抱く。

最後の、抱擁。







祈りの言葉も、呪詛も、すべて。

封じよう、唇で。

命の息の扉も、封印しよう

正当なる口づけ。







閉じられた瞼に唇で触れ、そして、優しく唇を重ねる。

胸にきつく抱き、そのとき。















微かな、鼓動が





もどり、













重なる。















ゾロの双眸が大きく見開かれ、








腕の中の姿に瞬間、言葉を失くす。
















やがて奇跡のようにその碧が現れ自分を映し出し、あわく微笑むのを。





ぴくりと微かにその指先が揺れ、やがて手を伸ばし胸元に添えられるのを。














ただ、見ていた。















柔らかく、染透るような声が、呼んでいる

導かれ、水泡の割れるように意識が 表層に表れる





身体の覚えている、腕の感触と熱





目覚め、映し出した姿に満ち足りた。

けれども、指先に伝わる濡れた布の感触に、焦点の次第に合わされる視界が

捕らえた物にサンジの目も大きく見開かれる。







血塗れた、半身に。





漂うようだった意識が覚醒する。自分の手を、包み込むような掌の冷たさに。

もう一方の手を重ねる。













「―――ゾロ?」













「おまえ、・・・・そうか、」

刹那、その翡翠の双眸に揺らいだものは

水底へと引き込む鎖にも似た、例えようも無いほどの孤独




ふわり、と。それでも紛うことの無い笑みが刷かれる。

「良かった―――」




「な、―――よくねぇッ」

乾ききったと思えるほど見開かれた薄蒼の瞳から、それでも絶えることなく溢れてくるのは





「なんだ、・…・・生きてたのかよ」

とん、と半身が、サンジに預けられる。ひどく安堵したような声。肩に乗せられた腕。

「なんで・・・・・・・、ゾロ――?」

急速に奪い取られていく体温に、自分の手を濡らす温かさに、悲鳴のようにサンジはただ

その名を呼び

「おまえ、―――どうしてだよ?」





ぐ、と。頭を抱き寄せられた。

「泣くな。きっと――そとで、待ってるから・…・・バカが。いいな、行けよ―――?」

「フ、ザケンナよ・・・ッ!」




くくっと、押し殺した笑い声が。まるであの日と変わらないかのように

身体を通して伝わる。




「なぁ、最後くらい、わらってろ?キレイなんだからよ」

頬に、熱の奪われた掌が触れる。




そして




掠めるように重ねられる唇。額をあわせるように近づけ

「アイシテルカ・・・・・・?いけよ、―――いいな?」

あわく、笑みの影が過ぎるような眼差の、ヒカリの強さはかわらず

「―――ゾロ、」







返答の代わりに指先がそっと頬を撫で

もういちど、ひきよせられる




右腕に抱き込まれ











頬に触れていた







ひだりの



掌が


















滑り落ちる




















「てめえ、なに言ってんだよ・…?」

「返事もきかねえで、なにいってんだよ?」

――――ゾロ?









「ゾロ?」

その頬に掌で触れ、ふと。気づく。

薬指、









「何だよ――――これ・・…?」






瞬間、涙がとまる

呼吸さえ、鼓動さえ 自分のなかのすべてが軋み、撓み






















悲鳴をあげたと、思った







血液も、細胞も自分の中のなにもかもが



















終わり求めて叫ぶのを。


















涙で霞む視界とは裏腹に、思考はその温度を下げていき、右手で左手をきつく握りこむようにし。

動かない背に預ける。




ほんとに、ヒトの話きかないヤツだな、おまえは。




好きに、きまってるだろ?




おれが行くわけないじゃないか、ほんとにバカだ、おまえ。

勝手に誓約しといて、勝手に逝くなよ。



一人で逝かせるわけ、ないだろ






おまえのこと。










肩口に預けられたような頭にかるく頬で触れるようにする。

「ゾロ、」

目を閉じる。

「おまえさぁ。なんにも、おれの言うコト聞かないんだな、」






おまえに生きていて欲しい、って言ったのに






ああもう。ここ、熱ィし。

フザケタとこにヒトのこと置いていきやがって。

おまけに勝手に大怪我しやがって

覚えてろよ。












そのまま、まだぬくもりの残る躯をサンジは抱きしめる。

傍らの銃を拾い上げ









「―――あいしてるよ、おまえもだろ?」









さっきの、 取り消せな・…?




だってさ、

おまえが存ないのに

なんで生きてなきゃいけないんだよ












唇に触れ、わずかに残された熱に

涙でかすむような、それでも笑みをのせ




もう一度ふれる。











あの薄闇のなかで かるくあわされただけだったのに

光が揺らめいた 



いま、わかる  思い出したんだ

一瞬だけ照らし出す、ランタンを灯すのに擦る火薬のフレア

黒より濃い闇の中でぼんやりと灯る明かりよりも

なお鮮烈に眼に残る 閃光のような あの翠









なぁ、あれ、おまえの眼の色だ、


















―――見てェな  また
















月明かり、交わされた眼差



暗い空に散った光の雨






重なった鼓動









何度でも、



何度でも






繰り返す









もういちど 選べたとしても













きっと、











また、おまえにだけ恋をする
















おまえだけを















――――望むよ。





























銃声が











6.

「ゾロはっ?どこだ、おい、サンジはッ」

シャンクスが停められる前に車から飛び降りる。

「おれたちがここに来た時にはもう、」

部下の一人が声に出す。




「ばかやろうが!あいつは知らねえんだよッサンジが生きてるってことを!本気で死んじまうぞ!」

前に立つのを押しのけ、走りかける。




「クソッ、ゾロッ―――、はやまるんじゃねえぞっ!!生きろーッ」

なおも引き止める腕を振り払おうとするのを部下が4人がかりで必死に抑え込む。

「ボスッ!あんたまで行っちまったら―――!」




「ルウ!」

厳しい声がシャンクスの傍らから響く。

「おまえ、行って来い」

「リョウカイ」

大柄な男の影が、炎の輪が見え始めた倉庫の中へと消えていく。




何かが、次々と炸裂する音が響き、一段と炎上し崩壊をし始める倉庫

その赤い光に照らし出されたシャンクスは立ち尽くしている。

祈るかのように、拳が堅く心臓の前で握り締められ。

天井の一部が崩れ落ち、火の粉が真近まで熱風に煽られて舞い上がる。









せつな。

確かに、銃声が届いた。奇跡のように。

押さえ込まれた腕を振り払い、シャンクスはルウの飛び込んでいった入り口へと駆け寄る。

追うベックマンが全身の力で押さえ込み。

二人の名を叫ぶ声は、炎と瓦礫の崩れ落ちる音に消し去られ。








それでも炎に近づこうとし。

咆哮、が。炎に紛れる。








「くそう、何でだ?なんであいつらなんだ?」

ぼろぼろと。拭う事もせずに涙がこぼれ。









やがて側にやってくるルウの手の携えるモノ。

その手には、まだ乾かぬ血痕を纏わりつかせる銀の鉤爪があり。

向けられる射すくめるような眼差しに、首を横に振る。

その動作に、すべての表情がシャンクスから消し去られた。

ぎり、と。微かな音がその口許から起こる。





背後に映る炎の所為ではない、まとう空気が凶暴な熱を放ち。

噛みしめられた歯の間から声が洩れた。

「残りの、糸引いてたヤツら。上がってンだろうな―――?」

「―――ああ、」

ベックマンが返し。





「消すぞ。」

どこまでも暗い、絞り出されるような声に周囲の音さえ遠ざかり。夜が息を潜める。








遠く、サイレンの音が近づいてくる。

「ボス、」

掛けられる声に、先に行け、と黒髪の男が返す。




「・・・・断わりも無く勝手にいっちまいやがって。バカヤロウ共が」

歪んだ笑みが、炎をみつめたままのシャンクスの顔に浮かび、涙は止まる事を忘れたかのように。

細く長い影が、ゆっくりと立ち上がる。














「汝ら永遠なる愛を誓い給え、死が二人を別とうとも」









炎に向かって、まっすぐに差し出された銃口から二発の銃弾が放たれた。

薬きょうが乾いた音をたててその足元に転がる。























「アーメン、・・・・・・愛してたぜ?ガキ共」



























奇跡的に、倒壊した瓦礫の下に空いた空間に見つけられた遺体に何ら損傷は無く、

眠っているだけのようにも見えた。緋色に染められた床に横たわってでもいるかのように。

寄り添い














ただ、











死の翼がその影を落としていただけで





















夏の日の明け方のこと。
























epilogue



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