Cracked Actor というお話から微妙に続いております。未読の方はまずそちらをご覧いただければと
  存じます。








Seven Steps to Heaven



Step 1:
快晴だ。
ランチに出した野郎共用のヴィシソワースはうっかり満点以上の出来だった。愛しのレディ用に
出したホワイトアスパラガスと芝海老とポーチドエッグの冷菜は、蕩けそうな笑顔で報われた。
なのにとても気が重い。
午後の一服、ラウンジの外で。はあああ、と盛大に溜息なんぞ吐く始末。
明日には、島に着く。いつもなら、手下の二人も引き連れて保管されている食材のチェックに
余念のない頃合だ。おまけに誕生日祝などということをやってくれようというのだが。

―――エデンかよ。や、それは好いんだ、よりによってああクソこのおれが。

指先がふと頤にあたり、つるん、としたその感触に。「くああああああ、」とまたアタマを抱え込む。
そして止しゃァいいのに脳が勝手に反芻するのは明け方の記憶。
もともと、最中に意識せずとも上がってしまう頤裏にキスしてくるのが好きなヤツではあったのだ、
勝手に摘み上げて唇を当ててみたりだとか。それがよりによって、舐め上げてきやがった。アゴを。
軽く歯をたてるようにして舌で辿り。短い髪を掴んで引き剥がすようにしたら、ヤツは、ガキがアイス
クリーム食ったみたいなカオしてわらった。
「うあああナニ思い出してンだよおれ!」盛大に両腕を頭上でぶんぶん回し。

「あははははサンジ相変わらずおもしれえなあ!」とそれを見たキャプテンが釣竿片手に笑い。
「や、青春の悩みってヤツだろうぜ」と妙に同情的にウソップに返されていたことなどサンジは
知らない。

何を更に思い出しているのかアタマまでぶんぶん振っていたところに、目の端に。
「―――ん?」
空に、小さな点。
「またかよ?」
郵便鳥の影が甲板に下りてきていた。


いっとしっのナーミさあーーん。
歌うような声が上がってくるのに、ナミが笑みを深くした。デッキチェアに寝そべり、一仕事
片付いたのかスゥエード表紙のノートがサイドテーブルにペンと一緒に伏せられていた。
軽い靴音が階段を越えてやってくるのに、何故だか疲れきったような顔をしたゾロが目線を投げた。
「ナミさーん、お手紙ですよ」
差し出しながら、にっこり。
「アリガト」
ライラック・ブルーのそれを受け取り、ナミもにこり。
「で。なんでてめえまでココにいンだよ……?」
ぎろり。と蒼眼が剣呑な光を浮かべかけ。
「うるせえ。用がなきゃンなとこいるわけねえだろうが」

「あらゾロ?その口のきき様はないんじゃなあい?練習台無し」
にんまり、とナミが朱唇を引き伸ばす。
心底不愉快そうな顔を作るとゾロはイスに深く凭れかかる。
じゃ、まあこのバカは放っておいて、とサンジはナミにまた笑みを作る。
「でもさあ、ナミさん?さいきん手紙よくきますね」
「フフフフ。実はね、私エデンにペンフレンドがいるのよ」
「は?」
一瞬、サンジの目がまんまるになる。またそれは大層クラシックなご趣味でらっしゃる、とけれど
奇跡の速度ですかさずカバー。
「いろいろとね、相談してるのよ」
ふふふふふ、と笑みを漏らす。
「あの……いろいろって、ナミさん?」
「アナタのことに決まってるじゃない、」
わすれたわけじゃあ、ないわよね?パーティのこと。そう続けられた蕩けそうなナミの声音と笑顔に、
喉の奥で押し殺した悲鳴がサンジの口から飛び出しかける。


どうやってここまで戻ったのか、記憶がない。すっぱあん、と欠落している。
サンジは、メインマストの根元に茫然と立ち尽くしていた。
あれは、やっぱり。冗談じゃあなかったんだ。
おーまいごっど。
おまけに、おまけに……嗚呼チクショウ。なんであんなに無駄にクソカッコいいんだよ?!
許されるのかよオイ!クソどうにかしてやがるっての。世界に対する挑戦なのか、おァ?!
ブツブツと遠い波浪を睨みつけて口中で呟き続けるサンジではあったのだが。
―――だって仕込んだのおれだしな、そらァ当然だよなァ!あははははははは!
なんて乾いた笑い声を一人で上げたかと思えば次の瞬間には背中に人生の暗雲背負って
メインマストの下に蹲っていたりと一人で怪しい。

「ねえ、あれ。どうにかしてあげなさいよ、あんた」
ナミが、ちらりとデッキの定位置からロクデナシを見遣る。デッキチェアに長く伸ばされた足が描くのはオトコ
なら誰もが悦ぶ極上のラインではあるが。コレには通用しないらしい。
「もとはと言えばてめえらが勝手に始めやがったンだろうが」

おれはしらねえよ、といかにも愛想ナシにいってくるのは。たしかロロノア・ゾロという名のイカレ剣士だった
はず、なのだが。リネンの浅いVネックリブニットにシンプルなコットンパンツ、アクセントはヌメ革のベルト
だけ、なんて自分でも海岸沿いの通りを散歩には連れ出したくなる程度にはオトコ前なコレは一体何なの
だろう。確かに罰ゲームは期限が切れても思い出したように続行中で。だからか、放っておけば勝手に振りまかれていた物騒な「ざらつき」とでもいったようなものは一切、意識してかコレから出されてはおらず。
「……ムカツクわ。(あんたって)色っぽい男だったのね」
「わけわかんねえぞ、てめえ」
うんざり、とした風に言っては返しても。目の端に甲板に蹲るサンジを映したのか、ちらりと笑みらしきモノ
なぞ掠めさせる、なんて芸当までしでかした。均等に口端を引き上げて。

「いいこと、そこの男。」
あぁ?とゾロが片方の眉だけを跳ね上げる。
「私がくだらないお喋りをあんたとしていたなんて思わないことね。きちんと!あんたは知らないでしょう
けどね、リサーチしたんだから」
とんとん、とナミがノートを指先で叩き。そういえばナミが自分が無理矢理にわけのわからない質問に答える
度にそれに何か書き付けていたことを思い出す。
「てめえ、なに勝手なこと言って……」
「明日には、エデンに着くわ。私の許可なく一切変なことしないでちょうだいよね。パーティには大人しく一緒
に行くのよ?」
さーらに、とナミが指をゾロのハナサキに突きつけて、明後日はサンジ君のお誕生日なんだから!と
付け足す。
「せっかくの誕生日お楽しみ企画なんだから、あんたも協力しなさい」
や、てめえのお楽しみだろうが。とゾロは胸中で呟いた、つもりだったが声に出していたらしい。

上方から響いた鈍い音に蹲っていたサンジが目を上げた。






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