Step 2:
「着いちまったよ……。」
船首で、がっくりとうなだれているのはサンジ。
昼過ぎのうららかな日差しを受け、穏やかな海面がきらきらと光をかえしている。遠くではカモメの鳴く声がし、絵に描いたようなリゾート・アイランドの午後。その目の前には、エデンでただ一つの港があった。大型の豪華客船やクルーザーがいかにも似合いそうな風情。島は、ナミが喜嬉として全員に言ってきかせたように断崖絶壁の孤島だった。その中心にまるで城のようにそびえ立つのがまさにその名の通りの「パラダイス・ホテル」。エーデン一族経営の、この島で唯一かつ最高クラスのホテル、ときたもんだ。

港から、まっすぐに島の中心に向かって大通りがあり、パイを切り分けたように細い街路も全て中心を目指して作られている。ちょっとしたスリルを求めて娯楽島を訪れたポッと出の御金持ちもメンドウに巻き込まれないようにとの配慮らしい。それにここでは肩書きが一切排除される、というにもウリで。賞金首も国家元首も等しく「島のお客さま」なのだそうだ。

「あああ、ご丁寧なこって」
サンジはまだぶつぶつと口中で呟く。この癖はちょっとやそっとでは治りそうも無い。
昨日、理由は知らないが(どうせクソアホが悪いに決まっている)アホがナミさんに鉄拳をくらってちょっとは気が晴れたが。ああ、やはり。
「はあー。おれァ。いまだけちょっと死にたいぜ」
がっくりと打ちふし長い両腕を船の手すりからだらあん、と投げ出し。サンジはもろにやさぐれムードであった。



時は今朝まで遡る。
はあい、集合!
朝食後、扉を開け放したラウンジに響くナミの上機嫌な声に。
全員いるじゃねえかよ、とのウソップのもっともな突っ込みは落ちてきた拳で報われた。
「いい?いまから着く島には、」
「エデンだな!」
はいはいそうね、と軽くナミがキャプテンをいなし。
「今晩のパーティの結果にも因るんだけど、最長で7日間います」
おお、とか長いな!との喚声に普段なら何か一言付け足すはずのサンジはあらぬ方向を向いていた。
「泊まるのは、パラダイス・ホテル。予約は知り合いに入れてもらっておいたから。じゃ、発表します」
おおっと右手を振り上げお子ちゃまトリオは元気が良い。
「ルフィとウソップとチョッパー。あんたたちはガーデン・ヴィラね。2ベッドルームにしておいてもらったから」
明らかにほっとした様子のウソップとチョッパー、そしてそんなにベッドあっても寝きれねえなあ!と張り切る
船長。
「私はジャグジー・ヴィラ貸しきり、ゾロあんたたちもジャグジー・ヴィラにしておいたから」
聞いているのかいないのか、ゾロはコーヒーを飲んでおり、サンジにいたっては心ココにあらず。

「まあ、いいわ」
は、とナミは溜息をひとつ。
「港に着いたら、私の知り合いの友達が島の案内をしてくれるから。きちんと着いていってね?今晩のパーティの仕度を仕切ってくれるようになってるから」
「おう!ナミ、あとは任せた!」
船長は、さっさと指定席に戻っていくらしい。はいはい、落ちないでね、とナミも止めようとはしない。
さて、あんたたちには、とナミの眼差しがウソップとその隣のチョッパーを捕らえる。
「マルガレータ、っていうコが案内役してくれるから」
「そのヒトに着いて行けばいいのか?」
ちょっと人見知り気味な船医の目がわずかに不安を宿すのにナミがわらいかける。
「大丈夫よ。私の友達の知り合いなんだから。意地悪な子のハズ無いでしょう?」
ほっと安心する船医に、ううん、それはどうかな、とのウソップの突っ込みは届かなかった。

「ゾロ。関係ないって顔してないの。あんた仮にも今晩のメイン・ゲストでしょう」
にい、とナミの唇が引き伸ばされる。
「あんたの案内には、ノグジーマが付いてくれるようになってるわ」
ふい、と眉根が寄せられるが、軽く肩を竦めてわかった、とだけぼそりと返した。さては何かを
ふっきったらしい。
次々とナミの口から上る「レディ」の名前にようやくいまになってサンジの脳が追いついた。
「マルガレータにノグジーマ?!」
ぱああ、とお花でも咲いたような笑みがさっきまで死体のようだった料理人に甦る。
「ああ、なんて可愛らしい響きなんだー」
このアホ、と剣士が呟いたのも耳に入らない程度に舞い上がっている。

「ねえねえナミさん、おれには!?」
「うふふふ。心配しないで、モチロン来て貰うわよ私の大事なペンフレンドに。ヴィーダっていうの」
「おおおvvヴィーダちゃん」
ゾロの眼には。確かにナミの背に黒い翼がハタメイタのが写った。かもしれない。
「……ほんっとに、アホだなてめえは。肝心なこと忘れてるんじゃねえよ」
むしろ憐憫をこめたゾロの声。
「だって、アナタの準備が一番たのし、」
うふふ、と笑顔でごまかし。タイヘンじゃない、とナミが歌うように続け。にっこり、と。子羊をみつめ。
がたん、っと大げさにイスに倒れるように座ったサンジから。ざああああっと。
体内から血の気の引く音を実際に聞いたのは初めてだな、と船医が小さく感嘆した。

「じゃあ、サンジくん。私たち、一足先に行くけど。アナタの仕度はホテルよりもココでした方が良いと
思うのよ。時間になったら迎えを寄越すし。私もちょっと街に用があって。済んだらすぐ戻るけど。もしかしたら私より先にヴィーダが来ちゃうかもしれないから。お留守番よろしくね」
特別上等な笑顔を残すと、残りのクルーを引き連れてナミが船を下りていき。
それからずっと、サンジは船首で死体に戻っていたのであった。


さて、死体がやさぐれていたのと同じ頃。
剣士は。大剣豪も、もしかしたら振り向くくらいの剣呑な眼差しを目の前に座るナミに向けていた。
「もう。そんな怖い顔しないでよ、私まで不審に思われるじゃない。さっきまでのヒトは何処へ行っちゃったのかしら?」
「うるせえよ」
大通りに面した「Cafe FLINTZ」。ここで待ち合わせていたのかキャプテンご一行様はマルガレータに引率されていった。少しばかり「ふくよか」ではあるが十分「お美しい」「魅力的なブルネットをお持ちな」彼女に、ナミに足を蹴られながらも立ち上がり、ゾロは紳士的に挨拶しあまつさえその頬に軽く唇で触れる羽目になっていた。
げに恐ろしきは訓練なり。
「ねえ、すごく大事な相談があるんだけど」
ふ、と真剣になるナミの眼にゾロの眼差しが若干鋭さを潜めた。
「一つ、聞きそびれてたことがあったのよ。今夜の晩餐会の"パートナー"のことなんだけど?」
はあ、とゾロが溜息をついた。一瞬空を仰ぎ。眼を戻す。
「なんだ?」

「あのね。ウィッグを着けさせてもいいかしら?"彼女"に」
悪戯めいた光がナミに琥珀色の眼に宿る。同じだけの光を乗せたミドリ眼も煌めき。
「却下だ、」
即答する。
「"あれだけのモノを隠してしまうのは勿体無いだろう?そう思わないか"」
ナミの片眉が跳ね上がり。
「"それに。あれに触れられないとはおれが残念だ"」
「そうきたわね」
ナミの笑みが深くなる。
「"きみのご希望だったじゃあないか"」
おまけ、とばかりに。にこりと「微笑む」のは元ロロノア、偽紳士。
「了解。じゃあエクステンションにしておくわ」
「"期待してるよ"」
「ええ、私もね。8時には、船まで迎えに行ってあげて?アシは用意されてるから」
「わかった」
にいい、と即席共犯者の笑みが二人の間に浮かんだ。

「ナミさん?ハニー、あなたがそう?」
ハスキーな声がした。どうやらノグジーマの到着だ。





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