Step 4:
真白のシャツ、同じほど白いスカートは膝下まで何枚もシフォンを重ねて柔らかく流れ。
ぴたりとした黒のジャケットが細身の身体を印象付ける。そんな女がにこりと、ナミを下ろしていた。
「はじめまして、」
すい、とナミの頬に唇を落とすと笑い顔のままナミの横に席を取る。組まれた足先には華奢な赤の
サンダルがちらりとテーブルの下から覗いた。

じゃあ、自分はそろそろティティをピックアップしてから船に戻る、とナミがいつまでも続きそうな会話を
珍しく名残惜しげに切り上げ笑いながら席を立ったとき、ゾロはといえば思考ともいえないような考えを
纏めたところだった。

今日一日のバカ騒ぎのためにどうやら自分達は否応なく担ぎ出される。そして、サンジがエライめに
あいつつ化けるのは確定。ちょっと見てみたくもあることは否めない。さらに、いくらあれが女好きでも
早々カンタンに口調までは変えられないだろうし、できたとしてもべらべらべらと例によって長弁舌でも
始めたらナミが怒り狂うのは火を見るよりも明らか。だったら、最初から喋らせないに限るだろう。
現にナミも「いいこと、サンジくん?今夜はあなたはしゃべっちゃだめ」と言い聞かせていたのだから。

と、いうことは。
おれが喋るのか??「あの」ふざけた口調でか?ずっとかよ。

知らず、ゾロの眉が顰められかけるが。

クソ。いまから慣れとくしかねえな。
と、あっさりアタマを切り替えてしまった。このあたりが、根っからの馬鹿なのか順応力が秀でているのか
ハタマタただ単にどうでも良いのか判別つきかねるところではある。

「ノグジーマ、このバカよろしくね?」
ナミの声に、ああやっと話しが終わったのかとゾロが改めて二人の方向に眼を戻すと。紺碧に近いような色
をした瞳にぶつかった。"レディと目があったなら、軽く目元で微笑むべし。"さっくりとセンセイの指導要綱に
従うあたりが、「たらし」とさんざん言われる要因であろうとは多分このオトコは知らない。

「ノグジーマ?」
「ジーン、で結構。面倒な名前でしょう?」
すっきりと高く纏め上げた亜麻色の髪と同じほど、あっさりとした返事。
「じゃあ、ジーン」
すい、と偽紳士が立ち上がる。
「きみの時間を無駄に費やすのは忍びない。何処へなりとご一緒するよ」
あろうことか、ノグジーマの後ろに立つと軽く椅子の背を引き、立ち上がるのを促すのを。
目撃したナミの目はほぼキレイに真円で、カフェのお客様は蕩けたようだった。ましてやそのオトコの
いでたちが、イイ具合に色落ちしたヴィンテージのジーンズに黒のシルクのジップアップニット、襟元から
濃紺のVネックのTシャツのエリでもちらりと見えてたりしたら。ナミがそのわき腹に肘鉄を埋めてもむしろ
当然か。


「行く?」
ひらひらとナミの後姿に手を振っていた美人が、さて、と軽く横を見上げてくる。
自分で言っておきながら返事も待たず長い歩幅で歩き出すのに、ゾロが思わず笑い出しかける。
ああ、この女。何かに似ていると思ったら。あのアホか。
"不安感を与えるほど離れすぎず、かといって不快に思われるほど近くはない距離"(教えの何番目だったかは忘却の彼方)など、間合いを取ることに関しては例え半分眠っていても出来る剣士サマにとってはなんでもない。その間合いを保ち同じ歩調で進んでいく。

「まずは、大物から仕上げちゃいましょう」
きらきらと紺色の目が煌めいて中々良い眺め。
「なんなりと」
「タキシード。ジャンニ・カンパーニャで作らせてるから。きっと似合うわね」
自信たっぷりに言ってのける。
「用意周到だな、恐れ入るよ」
「ナミのこと?オンナノコはね、時間があれば楽しいことを考えるものなのよ。かわいいじゃない」
"君のほうがかわいいよ、という笑顔"とやらを考えずに作るあたり、偽紳士はロクデナシ道まっしぐら。
するり、とノグジーマが腕を絡め、にこりとした。
「偽カップル、」そう悪戯気に音に乗せて。
なるほど、笑顔の効果絶大。さすが、センセイの教え子だ。

カンパーニャへの大通りを何種類もの視線をさんざん浴びながら「ジーン」がレクチャーを始める。
曰く、タキシードは黒ではなくミッドナイト・ブルーこそが元来正式であること。曰く、正式な着こなしは光沢のある素材と"洗練されたシルエット"こそが最も重要である。
「極端を言っちゃうと、インナーはTシャツでも構わないのよ。ポイントさえ押さえておけばね」
曰く、ドレスコードありの場合もVゾーンにストールを使えば問題はないこと。
「今夜のパーティに特にドレスコードはないわね、"パーティ・ドレッシング"っていうだけ」
「タイ無しか。ありがたいな」
「あら。苦手なの?」に、と艶やかな唇が引き伸ばされる。
「ああ、」
「頼まれても着けさせないわよ、そんな無粋なモノ」ジーンの笑みが深くなった。


「ジャンニ!!」
「ノグジーマ!!!」
2階の奥にある個室に通されるまで幾度となく繰り返された大げさな挨拶と大抱擁。その何度目かで
やっと御大が登場したらしい。きらきらと星でも散っていそうな二対の視線がいきなり飛んできたのに
とりあえず、無礼にならない程度にゾロは目礼し。ますます二人の目に星が増加した。
ヴラーヴォ、と小さくジャンニと呼ばれた小柄な男が呟いたことは念のため無視した。
「アントーニオ、お持ちしなさい!」
思いがけず響きの良いバリトンがジャンニから発せられ。さらに奥から首にメジャーをかけた男が
ジーン曰く最高の一着を携え現れると、問答無用でフィッティングルームに通される。
「ああ、待って」
ジーンがすい、とウィングカラー、おまけにダブルカフスのシャツを差し出し。
「これ、あわせて。サイコウの上をいっちゃうわねきっと。ジャンニのスーツってね、襟がシャツにぴったり
沿って、胸のラインにラペルが張り付くみたいに仕上がるのよ」


やがてアントーニオはメジャー片手に満面の笑みでフィッティングルームから偽紳士を連れ出し。
ジャンニは「すばらしいモデル」に抱擁し頬に接吻せんばかりの勢いで。かろうじて耐えているらしい。
フィッティングの間にシガーを振舞われていたジーンは細まきのハバナを指に挟み、愛してるわ
ダーリン、獣みたい。と微笑んだ。
そして、「さ、つぎはジュエリーね」と付け足した。
「ジャンニ?後でこれ、ホテルまで持ってきてくれる?」
「当然だよ、ノグジーマ」
デザイナーが歌うように答えた。


偽紳士も、そうとう弄ばれております模様。


場所は再び大通り。目指すはどうやら宝飾店。
「お買い物はあまり好きじゃないのね」
「いや、楽しいよ。なぜ?」おお。何て健気なフォローだ。きみはいったい誰なんだ。
「だって、"ああカンベンしてくれ"ってカオしてるわよ」けらけらとわらう。
「まあ、メインゲストをとにかく持て成すのが唯一の娯楽っていう人らしいから、エーデン一族って。
ガマンしてあげてね?根っからのサービス業とみたわ」
「ゲストもラクじゃないな」ちいさく笑い。
「あなたの方が随分と気楽じゃない?それでも」
にっこり、とジーンの笑うのに、ゾロがふい、と片眉を跳ね上げた。

「じゃあ、ダーリン。カフスとジュエリーは自分の好みで選んでね」
ここが私の一押し、とジーンが足を止め、勝手に宝飾店の扉が開けられまたもや挨拶の嵐。
きらきらの眼差し付き。


時は夕刻。
お礼に、と偽紳士が道案内も兼ねて一緒に戻ってきたジーンをパラダイス・ホテルのバーラウンジに招待
する頃には、相当小さなダメージが積み重なっていたらしい。元来、他意なくヒトに見つめられることなど
厭う種類の人間なのであるからにして。ここまでガマンしているのもやはり、お誕生日企画故にか。
「お疲れ様、きょうはありがとう」
「そちらこそ、」
ジーンが笑いながら軽く差し上げられたグラスをあわせた。
「どう?訓練にはなったかしら?」
「……なんだ。ばれてたか、」
やわらかな笑みが浮かぶ。
「今朝。考え事していた時と喋り始めた時と。雰囲気が違うんだもの。黙ってる時の方がホンモノでしょ」
「鋭いな」

オンナの勘?そういってちいさく笑い。あのね?と向き直る。
「ん?」
「いまごろヴィーダに遊ばれちゃってるヒトと、ちょっとは仕上がりイメージ似てると思ったんだけど私」
「あんたは充分イイオンナだ」
「―――やだ。バレてた?」
伊達に物騒に生きてない、と言って笑う相手にジーンもなあんだ、と笑い始め。
「キレイなオンナを連れ歩くシュミレーションも兼ねてたのよ?きょうの計画」
「ナミか」
「かーんぺきでしょう、だって私なら」つん、とアゴを上向ける。
「自分で言うか?」
元偽紳士が盛大に笑い始め。
「だって!ドラァグクイーンから美貌を取ったらなにが残るのよ!」
ジーンが華やかに笑い。


刻限になるまで乾杯は続いていた。
どうやらこのひとたち、気が合ったらしい。






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