Step 6:
「オンナノコってさ、」
ウッドパネルで仕切られたバックシート、窓の外を眺めていたサンジがイキナリ向き直った。
どうやらようやくお顔の火照りがなくなったらしい。
「ん?」
シートに深く背を預けていた偽紳士が「優しく」といってもいいほどの眼差しで返す。
「なんだってこうもタイヘンなんだろうな?」
小首など傾げてみたりしております。ああ、やはり。偽紳士の顔までやさしげな風になってしまった。
「特にコレ!」
言いながら足先をぶらぶらさせる。僅かに、サテンのポインテッド・トウが裾から覗いた。
「ひでえぞ」
「ふうん?」

「ふうん、じゃねえ」
とん、と軽いリズムで爪先で相手の膝下を小突くようにした。したならば、あっさり掴まえられて
盛大な衣擦れの音と一緒に膝の上に預けさせられていた。
「う、わ。バカてめ……」
アームレストに背が着くほどには横を向くはめになる。
「痛いのか?」
足首を掴まえたままで聞いてくる相手の顔をみているだけでなぜかまた顔に血が集まって
くるのがわかった。
「い、たくはねぇけど。型にきっちり嵌めこまれたみてえなんだよ」
足を引くようにした。
「もう、離せ」
からかうような笑みがゾロの口もとに上り。絹の質感、というおまけつきの踝を指先でなぞる。
離せってば、と言い募りつつ。サンジはまたもや失念していたことに思い当たる。しまったこいつは
感触マニアじゃねえか!と。まったく酷い言い様ではありますが、まあゾロにしても否定しきれない
ことであろう。おまけにコイツの手、気持ち良いんだってとサンジの思考も迷走気味か。

そんな迷走を知ってか知らずか偽紳士はそのまま、ついと半身を折るようにし。
心持引き寄せた踝に唇で触れた。
跳ね上がりかけるサテンのトウをやんわりと押さえながら。
ひどく吃驚した顔のまま、サンジが自分をみつめてくるのに

「ん?慰労。じゃあ、日付が変わるまでには戻ろう」
さらりと言って笑みを刻む。

ふわりと。
空気が動いたと思ったら、首元、腕が回されていた。冷たい絹の質感がすぐに自分の体温に
溶け込むのをゾロは感じ取る。ゆっくりと、蒼が笑みに光をのせる間に。
「なあ?」
なんだと先を促し、引き寄せた。さわりとまた布の流れる音。
「いまキスしたらナミさんに怒られっかな、」
「しるかよ」
「落ちるかねェ?」
啄ばむように触れあわせる。
手袋越し、挟み込むように触れた頬が動くのが伝わり相手が笑みを模ったのだとわかる。
どこか深いところから押し上げられるように自分も笑い顔のまま、軽く押しあてるだけのキスを繰り返した。

「妙な味がする、」
ゾロが言い。
「あーあ、落ちたか、」
サンジがわらった。

身体を心持ち預けるようにした弾みに、かさりと持ち主の元へと戻っていた上着の胸元から乾いた
音が上がった。
「……ん?」
音の元へとサンジが手を滑り込ませるようにし、招待状、と別段その手を止めもせずにゾロが答えた。
引き出されたのは羊皮紙に金のバラの刻印が押された招待状が2通。
「いかにも、だな」
肩によりかかるようにし、それを目の前にかざしながらサンジが言う。
「あ、でもよ。てことは名前……」
やばいじゃん、バレルんじゃねえの?と今更なことを言い出す美人に偽紳士が片眉を引き上げ。
「あのな。仕組んだのは"あの"オンナだぞ?」
そんなヘマするわけねえだろ、と付け足す。

「……マジ?」
微妙に嫌な予感、とでもいったものが閃く。
「ああ。自分で見てみろよ」
招待状を開いたサンジの眉根がくう、と寄せられてしまった。
「なぁ……」
眼はまだ羊皮紙に注がれたまま。
「そういうことだ」
「ゾロォ、」
あららら。情けない声が。一緒に。たすけろ、といわんばかりの眼差しが向けられる。

「あのな。ソレを呼ぶおれの身にもなれよ」
とん、と頭に手をかけ、美人の額を自分とあわせるようにした。
「クソアホッおれの方がダメージでけえだろうがよっ」
怒りつつも、あまりのことにもはや脱力気味らしい。大人しく為すがまま。
「天使とはなぁ、」
たすけてほしい、とでも言うようなサンジの口振りに。
喉元で空気の詰まるような、音とも声ともつかないものが間近の相手から聞こえる。

「わらうんじゃねえ!!」
「"わらう……?なぜ。とても美しい名前じゃないか"」
口調とは裏腹にいまにも笑いに崩れ出しそうな具合。
「"きみのためだけにあるような名前だと思うが?"」
いよいよ耐え切れなくなったのか、タキシードの肩が小さく震え出す。
「てンめえ、」
物騒な光が美人の双眸にちらりどころか盛大に煌めきかけ。
不意に耳もとに吐息を感じる。
落とし込まれるように囁かれたのは。

はあ、と小さく溜め息を一つ吐き。
「きょうって、おれさぁ?なんかすげえ試練の日じゃねえ?」
「そうか?」
すっかり「ふてくされました」な態度でシートに埋まっているのにゾロが今度こそ笑いを押し殺す。
「楽しんじまえよ、」
そう言ってくるのに、サンジが顔を向ける。
「おれは結構楽しんでるぜ?おまえを見ているだけで相当おもしろい」
言った本人が、少し眉を顰めたのにサンジも珍しく続きを待ち。

ああ、ちょっと違うな、と付け足した。
「愉しい、だな。そのナリなら心置きなくアマヤカセルダロ?」

「言ってろ、アホウ」
もしもし、真っ赤になって仰っても可愛いだけだぞ。そこのヒト。
ふ、と流れる景色の緩やかになったことに。
そろそろ着くな、とゾロが言い。ようやくサンジも肩の力を抜いた。

「じゃあ、せいぜい楽しもうぜバカ騒ぎ。なあ?もうヤケだ」
に、と盛大にサンジがわらってみせ。
「ああ。つきあうさ」
にやりとゾロも笑い返す。


やがて音もなくドアが開かれ。
先に降り立った偽紳士が右手を差し出す。
「では、きみ。手を、"アンジェ"」






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