Step 6-3:
「御招きに預かり、」
光栄です、と人あたりの良い笑みを口もとに完璧にのぼらせた(横で天使のカオをしつつ、
サンジは心の中で絶叫していた、ウソだろう!と)偽紳士が今宵のホストに優雅に会釈する。
「私こそご無理を申し上げた。揃っていらしてくださるとは何よりだ、」
右手を差し出し、いかにも実業家然とした風格でゆったりとわらい灰色の瞳が流れる、その横に
寄り添うように立つ姿に。

「あなたも。エデンへようこそ、ミス・アンジェ」
自分の言葉に「夢のように美しい」もう一人の主賓が逡巡し、それでも「恋人」に絡めた腕を解こうと
しない様子に笑みを深めながら、目礼をすれば。ふんわりと、どこか安堵した風に笑いかけられた。

その唇が動きかけ、ホストの周辺が密かに期待に沸き返った。果たしてどのような声を神サマとやらは
最後の仕上げにこの姿に与えたのだろうと。

「ああ、申し訳ない。実は、」
遮ったのは、耳に深く響く声。
「彼女は先日、喉を痛めてしまって。まだ酷く小さな声でしか話せないので却って失礼にあたるのではと」
そう言いながら、自分にあわせられた眼差しの奥を覗き込むようにした。
ごめんなさい、と囁き声よりも小さな。今宵の主催者に向かって音に出さずに模られた言葉が「彼女」の
方からおくられる。

ならばご無理は禁物だ、お気になさらずに。そう笑みで返す。
「しかし、あなたも奇遇な名前でらっしゃる。私はてっきり件の"海賊狩り"でも現れるかと実は思って
いたのですよ」
エーデンの頭首がさも愉快そうに言葉に乗せた。
「ああ、よく言われますよ。同姓同名とはね」
にこりと、気にした風もなくホンモノの元海賊狩りも軽く受け流し。その耳元で白金と蒼石が硬質な
光を返した。その横で瞳を煌めかせるようにしながらサンジが湧き上がりかける笑い声を抑えこみ。
耳朶に吐息の触れる距離で声にする。
「(おまえ、なにもの……!)」

「ところで、今宵の主役は何処に?ぜひお祝いを言わせていただきたいのですが」
「ああ、セシーリアかね?」
「ええ。20歳のバースデイと伺いましたが」
世界中の父親が煩悶すること必至な微笑のカケラ、そんな物騒なものがちらりと男を掠める。
「あちらにいるよ、妻と一緒だ」
半ば身体の向けられる先、華やいだ一角をエデンの主は指した。

「ああ、噂の通りにお美しい」
うわあ、たすけてくれぇ、とサンジは脳内でバカ笑い。
そんな様子が相手にも伝わるのか、偽紳士も至極オモシロソウにサンジを覗き込んでくる。
「(美人そうじゃねえ?見に行こうって)」
こそりとサンジがコトバを送り込み。
「さぞやご自慢のお嬢様でしょう、と」
にこり、と告げられなかった言葉をゾロが頭首に伝え。父親の顔で笑みに崩れるのを捕らえると
軽く目礼して場を離れる。幾つもの視線が二人の向かう先へと流れた。


優雅なようでいて、そのくせふと周囲の空気をひやりとさせるほどキレの良すぎる何かが表層に
掠めるような男と。どこまでもどこまでも美しいようでいて、いっそ現実味の感じられないほどの女。
あまりにも出来すぎた組み合わせだと周囲も頷くほかは無く。ナミいうところの凶悪振りはすでに
遺憾なく発揮され始めていた。

わずかに首を反らせ相手の耳もとに何事かささやき、目元でわらうようにしているかと思えば、
無造作に身体を預け、まわされてくる腕に頬で触れるようにしていたりであるとか。
片や男の方も些細な仕種の一つ一つを楽しんでいるかのようにその眼差しで、全身で包み込む
ようにし、相手の好きなようにさせている。時折、思い出したように肩口から腕の半ばまで手を
滑らせ、柔らかく抱きしめるようにしていたけれども。どうみても煽情的な仕種であるはずなのに
どうしたわけか微笑ましい。そして浮き立つような一角に適度に馴染みながらも、半歩ほど輪から
抜け出たような距離を保っていた。

だからといって近寄りがたいかといえば、むしろその逆。
黒いドレスの美女も、「窮屈だな、」とひどく洒脱な自分の格好をわらった少年とその友人たちも。
叔父の招待客名簿のトップにリスティングされている今夜の主賓を思い浮かべ、セシーリアは
にこりとする。こんなすてきなゲストって滅多にいないじゃない、と。


「お願いがあるのだけど、」
父親に良く似た淡い灰色の瞳が煌めいた。
近づいてきた自分に向かい、なに?と問いかけでもするように、ひどくあまやかな笑みが
「アンジェ」の瞳に浮かび。何故だか自分の頬が熱を持ってくるのをセシーリアは感じていた。
「ダンスを私と踊っていただけないかしら?」
ふいとそれがイタズラめいた笑いに変わって、そのままちらりと視線を横へ投げる。
「よろこんで、」
完璧な微笑がセシーリアに返された。
「よかった。あなたちがみえるまでと思って、まだ始めていなかったの」
「2番目になってしまうけれども、それで貴女が構わないのなら」
「もちろんよ」
セシーリアがにこりとし。
偽紳士は、なぜか一瞬表情を無くしてしまった恋人の頬に唇で触れた。

「(……吃驚、させんな)」
がっくりと縋るようにゾロの首に腕をまわし、サンジが訴える。
「(すげえ、驚いたんだからな?)」
自分に抱きつくようにしてきておきながらも、続けられるささやかなクレームにゾロも苦笑する。
「おまえがさんざん教え込んだんだろうが。"最初と最後は、必ず同伴者と踊る。"違うのか?」
「(そりゃあ、そうだけど)」
小さくわらって腕を解かせ、「ほらな。優秀な生徒だろうが、」と偽紳士が自慢気に言った。


緩やかな四拍子の曲が流れ始める。
「手を、」
つい、と左側の眉を跳ね上げてゾロが片頬に笑みを刻んだ。差し出した右手に適度なホールド。
誘い出されながら目の端に捕らえるもの。ナミが、困ったように笑いながらルフィに右手を取られていた。
ベルベット地のジャケットにハイカラーのシャツ、タキシードパンツ。胸元には真紅のポケットチーフが覗き、
思いがけず子供めいた風情はすっかりどこかへ消えていた。

「(あいつ、踊れンの?)」
サンジが声を落とす。
「さあ?」
視線の先を追い、ちらりと笑みがまた掠めた。
「ナリは一応サマになってるけどな」
フロアの中央近くで留まり、向き合うように立ち。
そして、さらりとした掌が背の中央にあてられたのを感じ取った。
「(そういうおまえはどうなんだよ)」
からかい混じりの口調で言うのに、かるく肩を竦め僅かに相手を引き寄せると一歩を踏み出した。
「お陰様で。ステップは覚えてるさ」

ゆったりと、伸びのある動き。滑らかで、しなやかでそれでいて直線的な。
散る羽根の描く緩やかな曲線と鋭角的なターン。スウェイ、微かに反らされる上体をきっちりと
抱きとめ大きく左に弧を描いて廻り、ライト・ラウンジ、ウィ―ブ。流れるような一連の動きに長く
裾が後を追う。自分の掌にかかる相手の重みを慈しんで等しいほどの力で支え押し返し均衡を
取りながらインピタスターン。
「巧いな」
左肩越しに触れるほどに頬を寄せ。サンジが言葉にし。
相手が僅かに口もとだけで微笑んだのを確かめる。
「相当、生キズ作ったからな」
フロアを滑るように横切っていく。


「よりによって、スロウフォックストロット。なんモノ選びやがるのかしら」
ナミはシャンパングラス片手に嘆息。早々にダンスに飽きてしまったキャプテンは一応手にした白磁に
色とりどりに盛り付けられたオードブルにご満悦で。そんな様子を愉しげに眺めていたヴィーダがくすくすとわらう。
「あれだけ上手に踊られると圧巻ね。クラシックなスタイルだけに見ていて気持ち良いわ」
「サンジくんはともかく。あのオトコの運動神経はやっぱり人じゃなかったのね」
圧巻の言葉通り、踊り手達もふと足を止めて観客側に廻ってしまうほどに目でいただくご馳走な有様。
最後のターンで音が消えていき、ふい、と視線をあわせ。そのときになって人影まばらなフロアに気付く。
自分達の他ほんの2−3組。その残り僅かな踊り手達さえも何やら感無量、といった面持で。


「な、なに……??」がこの人たちの現在の心境であった。
そして盛大な拍手にさらに疑問符が渦巻いたのである。






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