Step 7:
あまおと?
ちがう、これは温かい
身体を伝う温水の感触に ふやけた脳にフザケタ指令をニューロンが送って
ふにゃけたことを言うヤツがいると思ったら、どうやら自分の声らしかった。
意味を追いきれずに、時折返されるコトバのトーンがひどくあまったるいようで口もとが緩んだ。
丁寧な手のひら 落ちていく水滴を拭うような
きゅ、という音と一緒に
温かな雨が止んだ
「ほね、なくなった」
耳もとで短い息がくすぐる わらってる
「ああ、伸びてろ」
さらりと乾いた、やわらかなものに包みこまれる感覚に 勝手に息が漏れる
「なぁ……?なんで暗えの、」
目蓋に触れてくる 薄い、温かな
「ねてろって、いいから」


沈む身体を受け止める寝台は
「私は理想の寝台を探しているのです。だきしめてくる優しい白い腕を持つ、私の理想の寝台を。」
いつか。あのもう遠い場所を訪れた詩人が歌った言葉を、思い出す。
「おれ、みつけたのか」
長く身体を伸ばして
どこにも隙間が無いように添わせて 手も足もからませて
鼓動も唇で閉じ込めて 長く息を吐いた
抱きしめてくる力に、またなにか自分の声が勝手に言ったようだったけれど
いっそう重なった身体が

無性にうれしくて

しっかりと、まわした四肢に同じだけの強さをこめて
ひどくたのしそうに  わらっているなあと
二人分の声が。
そんなことをふらふらとサンジは思い。

足元から指先から
とろりとした眠気が  たまに重なる鼓動と同じスピードで

追いついた。




さらりと。
開け放たれた窓からの風で、大きく布が撓みいつのまにか長く伸ばされていた腕、その
指先にまで触れた。ぱちりと目蓋が開く。目にするのは。寝乱れた、などという表現は非常に
生ぬるい、そんなことを思うほどに煽情的な麻の海。

「オハヨウ、」
ごそりとシーツが動いた。
軽く身じろいで僅かに緩んだ腕から抜け出す。
「………ン、」
「もう昼前だぜ?きっと」
言いながら、緩やかに上下する胸のあたりに無理矢理に頤を乗せる。
ハハ、とゾロが未だ眼を閉じたままで小さく笑った。
「……なン?」
「おまえ、ひでぇ声」
「ダレノセイダロウナ」
ゆったりとした呼吸で、飽きずに髪を梳いてくる指に意識を持っていかれそうになる。
「おれのだな、」
「フン。わかってりゃイイ」
そのまま、頬をぺたりとつける。
ずいぶんふざけたことをする、と自分でもどこか気恥ずかしかったけれど。
いまさらだ。きょうはおれは自分のしたいことしかしねえ、とサンジの胸のうち。

「なに、唸ってるんだ」
ゾロがまた小さくわらい。そうされて、泣けてくるくらい気分の良い振動がくっつけた肌から入り込む。
もしこれが冷え切っちまったら、おれは何を捨てれば正気でいられるだろう、そんなことを考えた。
白く淡く透ける布が、天井高くから寝台を覆う。

「なんでヒトが天蓋つきのベッドが好きか、しってるか」
唐突、ともいえる具合でサンジが言い出した。
「いいや、なぜ」
応えながらも、金糸を指の間に滑らせる。なんども。
「安心するだろ。包み込まれるみたいで」
薄い幕一枚だから外のこともちゃんと見えるけど、きっちり場は別れてるんだよ、と続けた。
「ヒトだって動物なんだ。巣が欲しいんだろうとおれは思うね」
「……巣か、」
「そう。巣だ」
おしまい、とでも言うように。サンジがまたぺたりと胸に頬を押し当てた。

「じゃあ、おまえは。"真実に到る病(やまい)"、って知ってるか」
ゾロが不意に言葉に乗せた。
「死に到る病なら知ってる」
「ちがう、真実に到る病だ」
いいや、そう言って。つるりと胸上から頬を落とし。腕をかける。
「―――なんだ?」

「恋、だと」

ぷはっ、
息を詰めて海面に顔を出したかのような音が盛大に聞こえた―――サンジから。
「おい、どうしたんだ、おまえ……」
くつくつと笑い。胸をあわせるようにして覗き込み、ふざけて額にぺたりと手のひらを押し付けてみる。
「この島に古くから伝わる謎かけだとさ」
ゾロが言う。
「それも昨日仕入れたのか」
「ああ」
この島ではいくらか真実が見つけられやすい、だからエデンというのだ、と笑っていたのはジーンだ。

「それで。おまえは?真実はみつけられそうか」
笑いを収めたサンジが薄く熱を隔てて囁く。そして
「ああ。昨日よりは近づいた気がする」
翡翠の色が。自分だけを捕らえてその色味を深くするのを見ていた。
「おれ、きょうさ。したいこともやらなきゃいけねえことも、たくさんあったんだぜ?」
過去形。
ハナサキに囁きながら唇で触れる。
「みつけられると思うか?」
さらりと。乾いた手で首筋を撫でられて、声に出さずにわらう。
「半日もあれば少しは近づけるだろ」
言ってくる。
「けど、ひとまずシャワーだ」
に、とサンジが唇端を吊り上げ。
「いい。ゆうべ入らせた」
言いながら、離れようとする肩を上から自分に押さえつけるようにする。

「うそつ……」
「ほんとうだよ」
温かい雨の、夢うつつの記憶。あれは現実ではないと思っていた。
目が覚めたとき、ずいぶんとまあ丁寧に拭われたものだと思いはしたが。
瞬きをした。ゆっくりと口づけられた。


中庭からの風がさわりと寝台に垂らされた幕を揺らし。
真実へまた一歩近づく。



重なったままで、息を整えていた自分の首元で。
「おれはゆうべ、獣のオヤにでもなった気分だった」
僅かに息を切らせたそれでもからかうようなゾロの声に、ふいとサンジが顔を向ければ
口もとに微笑らしき線が浮いていた。
「いるだろ、ナンとかいうの。コドモにしがみ付かれてるヤツ」
「おまえは、元からケモノだろうがよ」
「よく平気だと思ってたんだけどな、」
笑いを含んだままで続けられる。
「案外、気分が良いモンだ」
自分が何かを口にする前に、抱きしめられた。ほんの何秒か。その腕はすぐに緩められて
まだ内に埋められたままだった相手の身体がゆっくりと出て行くのに思わず眼を閉じる。
目蓋にふわりと吐息が掠めた気がして眼を開ければ、手で頬を撫でられた。


きょうはなにをしよう?
なにがしたい?誕生日だろう、付き合うさ。
とにかく何か食おうぜ、面倒だからルームサーヴィス。
軽く伸びをしてそんなことを言いながらまだ水滴の残る髪のまま、サンジは電話機を片手に中庭へと
出て行き。緩い曲線を描く木の卓と椅子を見つけると、ここで食おう、と弾んだ声で言った。

静かなノックの音にゾロが扉を開ければ。
そこには軽めとはいえ手の込んだ(それくらい、見ればわかる程度にはサンジの料理を見慣れている)
遅い午餐やフルーツとワイン、焼きあがったばかりの香りを上らせているブレッド・バスケットを乗せた
ワゴンだけが残されていた。もう一つは、グラスに差し入れられていたナミからのメッセージカード。

おはよう、ダンナ様。
首尾は上出来かしら。みんなでお祝いしたいから、6時にはあンたの大事なベイビイを解放してあげるのよ。それじゃ、Cafe FLINTZにて午後7時に。


片眉を面白そうに引き上げ、くしゃりとカードをポケットへと入れ。
「いま、何時だ?」
中庭へ向かいゾロが言った。








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