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ルフィが、珍しく白のシャツを着ていた。

ぼう、とその白が、薄闇に浮かんでいた。夕食を何時間か過ぎ、船はなんの障害もなく進んでいる、
ただの宵の口に。舳先に近い場所で、手摺に身体を半ば預けて何かをじっと見つめてでもいるように、
集中しているかのように。

珍しいこともあるな、と。そのまま通り過ぎる事を忘れ、ふと立ち止まった。
その背中があまりに真剣だったからかもしれない。

「おい、ルフィ……何してる?」

ああ、と常に無く落ち着いた声が戻ってきたのにゾロがふい、と目を僅かに細めた。
「海に浮く森をみているんだ、」
戻された応えに、海に浮く森、そう口中で呟いた。

夕食の場でロビンが、この海域はいろいろと不思議なことが昔から語り残されているのよ、と言っていた。
その幾つかの「不思議」の中にあった「浮遊林」。
ある期間中だけ潮流の関係で木に覆われた無人島の水位が数メートル上がり、まるで森が海に浮かんで
いるように見える、と。

そのときには、「へえ!」といくらか目を煌めかせてはいたが。これほど熱心に探そうとするほど執着して
いるようにはみえなかった。

白い背中のトナリに歩いていった。

「―――で?みつけられそうなのかよ」
「いや、ぜんぜん!ちっともみえねえな」
気落ちしたようすもなく答えられ、しらずにゾロに苦笑が浮かぶ。

「シャンクスが、むかしいろいろ話してくれた海の話のなかに”森”の話があったんだ、」

ああ、あの大海賊か、ちらりとアタマを掠める。
この奇妙な縁で繋がっている”仲間”のそもそもの元素であるかもしれない男。

海に浮かぶ森の真ん中には月の祠があって、そのなかには真実だけを映す鏡がある、という昔話。
そんなものを自分は聞いたんだ、とルフィの声が続けていた。

「鏡を見つけたいのか、って聞いたらな?」
「あぁ、」
「まぁ通りがかったらそんなつまらねぇモノは沈めていくかもな、ってわらってた」
眼はずっと暗い水面を遠くまで見通したままで、小さな笑い声が漏れていた。

そういえばルフィが、むかしを語るのは珍しいと。いまになって漸く気付いた。
「森」の話が記憶を揺らしたのか、それともいつもの気紛れなのか。どちらにしろ、ここまで穏かに
話すこと自体も、めずらしいのだと。賑やかなはずの何かしらの音も、船のどこからも聞こえては来ず。
ただ、海面を切り進む音だけがしている。

一瞬、これは夢かと思うほどに静まり返っていた。

「おれ、むかしな」
「あァ」
「長剣にあこがれてたんだぜ・・・・・・?」
「―――そうなのか。」
他になんのコトバが必要だ、と黙り込む。
「そう、」
きら、と振り向いた、星明りにも漆黒の瞳が光を弾いたのがわかる。

「おまえ、よかったな!」
「―――なにが?」
「おれが剣術使いじゃなくてさ」
にっこり、と他意無くわらっている。
「おれがもし剣持ってたら、おまえさ。ぜったい仲間になってないだろ」
「ああ、だろうな」
あっさりと返されたコトバにまた、ルフィの笑みが大きくなるのを見ていた。そしてゾロが言う。
「けどな。おまえに剣はムリだろう、」
「そうかぁ?」
「あぁ、向いてねェよ」

ふうん、と首を僅かに傾けてまた星明りと、何も見えない海面に目を戻していた。
「けどさ、もしおれが剣士だったら、おまえおれに勝てないだろ」
「フン。なぜそう思う……?」

「おまえはおれに勝てねェよ」
にこり、とまた笑みを浮かべる。
感情が波立つよりも先に、「なぜ、」と素直にコトバが口をついて出た。
「だってよ、」
「―――あぁ」
「負ける気がしねぇ」
言い切る。
美味い、いい天気だ、行くぞ、そういった素直な発露のコトバの一つ。気負いも何もない。

「そうか、」
「ああ」
「でもな、ルフィ」
「おう、」
「おれも負ける気はしねェよ」

くう、と光を弾いていた瞳が一瞬狭められ、酷く嬉しそうな笑みに変わっていった。
「そっか!」
「あァ。アタリマエだ」
ハハ!と笑い声が響いた。
「そっかぁ、相打ちじゃつまんねぇもんな……!」
「シナリオとしては三流だな」

そっかー、と一頻り笑みを浮かべて頷いていたのが、ふい、と真顔になる。
「なぁ?」
「ン、」
「おれ、ほんとに剣士に向いてねェかなぁ?」
「オマエがコックできねェのと同じくらいダメだな」
「んーー、そっかぁ?」
「あぁ、ダメだな。オマエが剣士になれるならおれが航海士にでもなってら」
うは!そこまでダメか!と笑いながら白いシャツが手摺から身体を浮かせた。
そして、ほんのついで、とでもいう口調で言った。

「さっきな、”森”が見えたんだ」
「…そうか」
「けど、そんなモンはいらねェ。まっすぐ!行けばいいんだもんな!」
ひょい、と指差す先には布キレに開けた穴から零れ落ちるほどの光、星だらけの夜空。

ああ、と軽く頷いて返しはしてもそのなかのどれ一つとして旅人の目印にする星が紛れていないことに
ゾロはひっそりと笑った。ぱたぱたと足音が遠ざかるのを聞きながら。

「なにやってたんだ、結局やつは?」

そして、これからも「自分たち」にはとんでもない日常が待っているのだ、と。ふと思った。
半ば面白がるような心持で。
星明り。
「フン。―――悪かねェよな、おれの選択も」
小さく呟きまた暗い海面に目をやり、通り過ぎたという「森」の方向へ目線を投げた。



日付の変わる、6時間前のこと。










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