なんだか、そういえば初めて。
さんざんっぱら殴り合いだとか睨み合いだとかセックスだとか。してきたはずだったけどハジメテこんな風に
話を聞いた気がする。
一つ一つ、記憶を辿るように、あれは旨かったとか。何が好みだった、とか。
あわせた酒まで覚えているのに、また驚かされた。こいつ、普段は何も言わねぇから忘れかけるけど、
実は味覚はぎょっとするほど鋭い。
野生のカン、って言っちまえばいいのかね?とか、最初。冗談めかして笑っていたっけ。
だけど、初めて聞くことばかりだった。好きだ、と思って覚えてる味があったのか。
妙に嬉しいじゃねえの、作り甲斐もあるってモンだ。
「なあ?」
だから、預けっぱなしだった肩からまた顔を半分ゾロに向ける。
「あ?」
「もっと言えよ、聞いてやれるかどうかは保障しねぇけどさ」
好きなモン、作ってやるから、と。
「あー…じゃあ。なんだっけな、辛いカレーと、ヨーグルト味のサラダが旨かった」
ン、と頷いてから思い出してるみたいだった。
「けど、あれにゃーワインもビールも合わねんだよなァ」
あぁ、そりゃあ、おまえ。
まいったね、とガキみてぇな顔して悩みはじめたゾロに言った。ああいうのは、その国の飲み物が合うんだ、
そんなことを。
「おまえが嫌がって飲まなかったのが一番合うんだよ」
塩味をちょいとばかり効かせたラッシ。
女の子には味付けは蜂蜜と砂糖だったけど。
そんなことを言えば。どうみても、ちぇ、って顔をしてやがった。
思わず、わらっちまった。
「そんなモンか、」
苦笑いがまた妙に可笑しくて。まるっきり、難題を抱えたいぬっころだ。
「ゾロ、」
わらった。で、腕を伸ばして首に巻きつけた。
こつ、とかるくアタマを合わせられたのが伝わって。返事の変わりにまた少しだけカラダを近づけた。
「…オマエの作った料理、食いてェ。ここのはなンか…つまんねーわ」
――――え?
なん………えぇ??
ゾロ?――――ハイ…??
「なーサンジ、」
おっそろしく、目が。見開かれてるんだろう。ひりひりしやがる。
「今度、オレだけに旨いモン作って?連中にナイショでさ?」
「ふぁ?」
瞬きした。
「いつものじゃなくて、特別に」
甘ったれた口調が、聞こえる。
え……えええええ????
「さ、―――肴のほかにも?」
「そう、フルコース。酒もデザートも、オレだけに特別なヤツ」
浮かんだ言葉の尻尾を捕まえてみても。
夜中の差し入れのほかにもか?とか考えてたらまた続けられた。
「しかも連中にナイショでだぞ?」
ぞろ……??
面白そう、と光がミドリ目を過ぎていって。
内緒だぞ、と笑うガキみたいな口調で。
オマエ……??
「ナンデ?」
また、瞬きした。
なあ、ゾロ?なんで?
「あ?あー心が篭ってるだろ?料理にさ、」
「あ、そらぁ、いつだって―――」
言いかけていたなら。
「だからオレだけに特別なのが食いたい」
まるっきり、自慢げなガキの満面の笑みで。
顔、自分でも熱くなってるのがわかった。―――――わ。
「だぁから、フルコースが食いてェの、」
「トクベツアツカイ、」
どうにか、目を見上げた。
「ン」
ガキだ、まるっきりガキだぞ?ンな笑い方……
「オレが一生忘れられないよーなモン、食わせて」
ゾロ。
「ナイショデ、」
「そう、ナイショで。実に難題ダロ?」
ずきり、と。
カラダだかココロだかの奥が痛んだ。
笑ってたはずなのに、まぶたの裏側があっつくなってた。
これ以上、あっつくなってしまわないように。眉を顰めて。それでも。
「無理か?」
耳に。
ゾロのヒトのことをからかって挑発しやがる例の声が届いて、おまけに眉を片方だけ跳ね上げてやがった。
「ゾロ、」
「んー?ナンダヨ?」
ゾロ、ともう一度呼んだ。
柔らかいままの声に言った。
「なあ、いまからすぐ戻ろう?作ってやる」
本気だよ。
「いまから戻ると、連中戻ってねーか?」
本気だ、と言ってきているサンジの声に返した。
額にトン、と口付けを落として。
「――――へ?」
ふン?ああ、そっか。ガキに戻ってるオマエ、その間、記憶無ェのかな。
まあ、どっかに残るだろ、表面的に無くなってたとしても。
ぽやん、としているサンジが、戸惑ったままの声で言ってきた。
「あれ?あと一日あるんじゃねぇの…?」
まぁあってもイイけどな。それくらい、あの連中も甘やかしてくれるだろ、オレらを。
回答は返さずに、目を細めてサンジを見下ろした。
さらさら、と髪を撫でる。
はたん、とサンジが瞬きをした。
もう一度、額に口付けを落とす。
けれど。どこかで回答を拾い上げたのか、サンジが
「じゃ、またつぎだなー、」
そう焦った風でもなく言葉を返してきて。
ぎゅう、と柔らかく抱きしめられた。
金色のお気に入りの髪を、さらさらと撫でて。
「いつでもいいさ。こういうのは、タイミングを見計らってやンねーとな」
笑って肩を竦めた。
サンジが僅かに身じろぎし、息を詰め。それからそれをそうっと吐き出してきた。
そして酷く小さな声で、しょーじきいうと、と言葉を音にして。
「んー?」
「また、うかつにジョークで煙にまくとこだな、普段なら」
そう続けたサンジが、すい、と頬を撫でた手を捕まえて、かぷと指を噛んできた。
「“おれがフルコースだろ?”って言ってさ、」
艶っぽい声が耳に届き。つる、と意味を強調するように舌を指に絡めてきた。
あぁ。
オマエを抱くの、しかもフルコース。
それはそれで嬉しいけどな?
けど。
「…なんでオレがさ、オマエの“料理”がいいか、解るか?」
すい、と指を引き抜き、濡れたそれでサンジの唇を撫でた。
「ん?」
「理由。解るか?」
少しだけ、サンジが微笑んでいた。
濡らされた唇が、落ちかかってる太陽に煌いた。
「正直いってイイか…?」
「ドウゾ」
「わからねえなあ。美味いもの食わせてぇな、って思ってるけど」
柔らかな声のまま、本当に素直に返された。
すう、と目元が笑って、オレも笑いかける。
「オマエさ、料理人だろ」
「おーう、一流、頭につけてね剣豪サン」
小さい声のままの、軽口。ン。よし、戻ってきてンな。
「美味いモンを食わせるのがプロの目標なんだろ。けどさ、所謂“家庭の味”とか“オフクロの味”とかに勝てないわけ、
解るか?」
軽口に笑って、それから訊ねる。
「ああーぁ、親の愛情、ってやつな」
アレには勝てねぇなあ、と言ってくしゃんと笑ったサンジの髪をそうっと撫でた。
「愛情が隠し味とかって、本当かどうかわかんねーけど。ン中に心が篭っててさ。作る方も食う方も、アタリマエみたい
に渡しあってるモンだけどよ」
ゆっくりと瞬いたサンジに笑いかける。
「その分、誤魔化しがネーだろ?」
「ん、だろうなあ」
昔を思い出すような口調のサンジの髪を、また梳く。
「オマエはプロだし、あー一流?だけどよ。それとは別のモンだろ、愛情料理ってよ。だから。オレはそっちを食いたい。
オマエが作ったヤツ」
な、オレの言ってる意味、解るか?
「"仲間”の腹を満たすモノじゃなくて」
「それはたとえば、」
くう、と生真面目なガキみたいな表情で、一心に蒼が見詰めてくる。
「ん?」
「おれは、世の中の母親がどんなモン子供に食べさせてるのかしらねぇけど……、たとえば、」
さら、と頬を撫でた。
はたん、とサンジが瞬きをした。
昨夜から今朝未明にかけて、ちびが何度もした仕種。
―――ン。いま一生懸命だな、オマエ。伝わってきてるぜ?
髪をさらりとまた梳いた。
「一等最初に作って合格貰ったコンソメとか、褒められた前菜とか、そういうのなら、」
少し苦しいような、微妙な表情を浮かべてサンジが言っていた。
「おまえのためだけに、きっとさ?すげえいろんなこと思いながら、」
作れると思うな、と。そうっと告白をしてきた。
ン。なんでもイイんだよ。
オマエがオレのためを思って作ってくれたのならさ。
美味くても、不味くても、本当は。
「…早く食いてェ」
ああ、クソ。すげえ嬉しい。
サンジを抱きしめて、首筋に鼻先を摺り寄せる。
ああああ、チクショウ。オレはすげえ、嬉しいぞ。
そうっと寄せられた身体が、また気持ちを上向かせる。
ちゃんとオレを喜ばせる術、持ってんだろうが、サンジ。
ぎゅう、とさらに抱きしめながら、嬉しくなる。
「おれなぁ、」
甘い声が不意に耳に届き。
「んあ?」
あまりに喜びに浸ってたために、妙な返事をしちまった。
あ、ン。聴いてるぜ?
「じじいに会う前に乗ってた船の、そのまた前のころのことってな?あんま覚えてねぇの」
「ふーン、」
ああ、ちびの頃な。
「でもなぁ?」
穏やかなままの声に、さらさら、と抱きしめたまま髪を撫でた。
「んー?」
「いっこだけ、覚えてることがあるんだよ、」
すい、と腕を緩めてサンジを見詰める。
「ふぅん?」
じい、と見詰め返されて、笑いかける。
うん、なにを覚えてたンだ、サンジ?
「なんか、いっつも体中痛かったンだけどさ。いつかきっと、」
ふ、とサンジが息を吐いた。
さら、と頬を撫でる。
知っている、ちびが“そう”だったことを。
すう、と一瞬目を閉じたサンジが、また蒼を目の前で展開させた。
小さく頷く。
「いつかきっと大事なひとのために美味いもんつくろう、って思ってたことはな、覚えてンだよ」
じぃ、と見詰めてきていた目が、照れてくしゃんと笑って細まっていった。
んーそうか。
一番大事なモンは、ずっと。無くすことはなかったンだな、オマエ。
「…だったら、いーんでねーの?」
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