抱き込まれても、ひどく嬉しそうなヤツの気配ってのは嫌になるくらい伝わってきて。おれまで嬉しくなった。
宿に入る前に話してたこと、嬉しそうなこいつのカオみるより唸らせてた方が多かったかも、ってのを思い出して。
カオをあげれば、ほんとうに、実に「うれしそう」な顔したゾロがいて。
おれ、たしかにコイツのこういカオ、すげえスキなのに。あんまりしょっちゅうさせてやれなかったんだな、と
思い当たった。
けど、また抱きこまれて。ぎゅうぎゅう抱きしめられて。
また、何でなのかよくわからねぇけど。
腕ンなかに大人しくして、中から浮かんできたままのことを告げてみた。
ぼうっと曖昧で輪郭もはっきりしていない、昔のこと。
だけど、ほんのガキだったおれのずっと思っていたこと。
――――ぁ、そういや、おれ。
これはじじいにも話したことなかったかもな。
子供じみた、だけどずっと中にあったおれの根っこみてぇなキモチ。
言っちまえば、妙に照れくさくて、ゾロのまミドリ目に目線をあわせたままでわらっちまった。
ガキのころに思っていた「大事なひと」は誰のことだったんだろう。それは、それでも集合の「ひと」じゃなくて、
たったひとりを思っていたんだよなぁ、と。
そんなことを、突然に「思い出して」いた。
おれのあわせた目線の先で、ゾロがちょっとばかり普段と違う、どこかガキみたいな笑い方をしてた。
だったらいいんじゃないのか、と言っていた。
「なにがあったかしんねーけどさ、」
表情に気を取られていて。でっかい掌で頬を撫でられてすこしばかり吃驚した。
だけど、すげえ気分が。
良くて。
「生きて、好きなコト仕事にできて、夢に向かって毎日足掻いてンならさ。上出来」
ゆっくりと浸透してくる掌の熱とおなじほど穏やかにやさしい声がさらり、と肯定してきた。
だからかな、あっさり普通の言葉に乗せても、思ったほど痛くはなかった。
「まあなあ、売られたガキだしな。生きてりゃ上等、」
それに、おまえにあえてもっと上等。
ウン。それはおれが心底思うことだよ、ゾロ。
けど、口調も表情も同じままでまた、なんでもないことのように言葉が返されて。それは。
「愛して上等、愛されて最高、って付け足しとけ」
―――なぁ、ゾロ。不思議だ。
てめぇ、おれに何しやがったンだ…?沁み込むみたいに、オマエの声だとか言ってることがまっすぐにおれに響いてくる。
アゲアシ取ろうだとか、小恥ずかしいだとか、冗談で丸め込んじまおうとか、何マジになってんだばぁか、とか。
頭ンなかにだあっと流れてもそのどれかを実行しようとは思わなかった。
―――いまだけか?もしかしたら。
でも、いいや。
なァ、ゾロ?
「それはもうちっとあとにとっとく、」
いまはこれができる精一杯のリアクションだ。
「いーい返事だ」
なにいってやがら。
オマエ、何に納得してんだろう?軽いけど真剣な。だけど逃げる余裕を残しておいてくれてるわけだな、その声は。
ふうん?
その口塞いでやっからな、てめえ。
笑い顔が多分浮かんだまんまで。キスした。
サンジからの、口付け。
キス、することを恐れていたのは、喧嘩をした日とその翌日のこと。
したいならば、すればいい。
甘いキス、深いセックス。
それらは、好き合ってるなら、多分、自然と欲求するものだから。
―――いまのサンジはとても自然だ。
見失っていない、浮ついていない、等身大のサンジ。
そのサンジが自然にしてくれたことだから、オレは素直に嬉しい。
恥ずかしがりやでオーヴァリアクション、しかもプラスとマイナスのどちらかというとマイナスの印象のリアクションに
走りやすいサンジだから。
それが、サンジが纏った殻だから。
いま、だけが。きっと―――特別。
否、願わくば…これから、時々こういう面を見せてくれられるようになれば、いいな。
本当に二人っきりの時だけでも、構わないから。
はむ、と下唇を啄まれて笑った。
嬉しいから笑う、きっとオレもここまで素直にリアクションをするのは、今が特別だからだろう。
出し惜しんでるわけではなく、ただ―――なんていうのだろう、
なにかになろうとしなくても、誰かであろうとしなくても、いい時だから、今だけが。
まあ、そんなことを思っていても、多分。
自分でも知らないうちに、こんなトロケタ面、曝け出してるだろうケドな。
唇を啄み返すと、またくう、と口端を吊り上げたサンジが啄んでいった。
少し引き寄せる、体温で挟まれた空気が温まる。
さらさら、と撫でた髪が涼やかな音を立てていって、妙にほわりと心が温かくなる。
穏やかな愛情、紛れも無い。
「なぁ?」
甘えたサンジの声がすぐ近くで聴こえる。
「んー?」
ナンダヨ、と目を細めて訊いてみた。
「もっと名前呼んで、すげえ、気持ち良いから」
ぞろ、とコドモのような口調でサンジが呼んだ、オレの名前を。
柔らかな眼差し、オマエ、どこまで気付いてるかね?
まぁいいや。そのトーンはかなり好きだし。
オマエに求められることは、オレにとっては幸せだから。
「…サンジ、」
囁きで落とす。
感情を明確に音色が反映しているのを知る。
ああ、そうだよ。オレはいま、幸せなんだ。
「あんしんする、」
そう呟いた唇が、またそうっと押し当てられた。
「サンジ、」
呟いて返す。
ふぅ、と目を閉じて、ほんわりと笑ったサンジがかわいかったから、また名を呼んだ。
「サァンジ、」
ああ、オマエが愛しいよ、サンジ。
「もっと」
強請るコドモのような顔をしたサンジの瞼に口付けを落とす。
「サンジ、」
くう、と肩口に埋まる指先の感触。
甘えてくれ、縋ってくれ。そうされるために、否、そうされることを望んで、オレはオマエの側にいるのだから。
「サァンジ、」
なあ、もっと求めてくれよ。
少しだけ、サンジの僅かに開いた唇の合間から息が零れていった。
抱きしめる。
イトオシイから。アイシテルから。オマエに求められることが嬉しい。
「…サンジ、」
「―――あったけー…、」
とろん、と節が溶けた声が零れ落ちていった。
くたりと預けられた身体に沿ってリネンに落ちていく。
ああ、オマエを愛しているよ。
肩から滑り落ちた手指が、シャツの背中に縋り付いてくる感触が嬉しい。
「サァンジ、」
こめかみに口付けを落とす。
「ん、ん」
吐息混じりの声に、くう、と愛情が湧きあがる。
さらさら、とまた髪から耳にかけて指先でたどる。
オマエが愛しいから、オマエをいとおしみたいよ。
だから、
「サンジ、なぁ…」
next
back
|