「…じゃあ、朝ごはん」
「おなかすいたね!」
ホットケーキでいいよね?
「作るから、手伝ってください」
笑った。
「了解っ」
楽しそうに、ジョーンが返事をした。
そして、うちゅ、とキスが落とされて。なぜか抱えられて、ベッドから降ろされた。
「…ジョーン?」
キッチンに向かって、まっしぐら。走っていく。大きな身体の、仔犬みたいだ。
ジョーンの腕の中。安心する。
「ほら、もう着いた!!」
ジョーンが笑って言って。ソファの上、降ろされた。すとん、と軽く。

「ありがとう」
笑って見上げた。
翠の瞳、キラキラしている。
「やっぱり笑ってる方がすきだ」
「オレも、アナタの笑顔、スキだよ」
真剣な顔も、ドキドキするけど。アナタの笑顔、心が暖かくなる。
ふふん、って笑ったジョーン。かわいいなぁ。
「ぼくね?学校で一番もてるんだよ?」
あはは!そうなのか!
「うん、よく解るよ」
にこにこ笑顔。
「でもサンジ、なーんにもシンパイしなくていいからね」
アナタはとても魅力的だから。
「…そうなの?」
心配しなくていいの?くすくすと、笑いが零れた。

「うん。もうぼくはあなたのだからさ?」
「…わかった」
ありがとう。笑った。
「じゃあ、約束」
「なあに?」
おいでおいで、って手招きした。ジョーンの顔が、すい、って近づいてきた。
こつん、と額を合わせた。
「ダイスキだよ、ジョーン」
翠の瞳、きれいだなぁ。
にっこりと、ジョーンが笑った。

「…ずっとずっと、アナタを想うよ」
だから、アナタは。安心して、記憶を取り戻してください。
たとえアナタがオレを忘れても。オレは忘れない。ずっと。
ふい、と真剣なジョーンの表情。
「約束する」
そうっと、口付けた。唇。

ジョーンの眉根、寄せられた。
笑ってくれればいいのに。
笑っていてくれれば、いいのに。ずっとずっと。

「サンジ、」
「うん?」
とても、落ち着いたトーンの声。柔らかくて低い。
「あなたはいま。とても哀しいこと考えたでしょう?」
「ううん」
違うよ。哀しくないよ。
ただ、少し先がわかってしまうだけ。
「嘘だよ、」
「何が?」
「眼がね、」
「眼が?」
「うん。眼が。ちがうっていった。そんな約束しないで」
「…でも」
オレはアナタに。覚えていて欲しいなんて、いえないから。

「ぼくは。」
「…うん」
「そんな約束はいらないから。覚えていようね、って約束して?」
「…いいの?」
「じゃなきゃあ、いらない。」
いいの、そんな身勝手な、お願いをして。
「…ジョーン」
忘れられたくないよ。こんなにも、アナタをスキになったから。
「どうするの?サンジ、ぼくの言うこときいてくれる?」
「覚えて、いて」
眼を瞑った。

「オレを、忘れないで」
「うん、」
また、涙が溢れた。
「約束するから。でもサンジ、」
忘れても、構わないから。オレを、思い出して。
思い出して、くれるなら。
頬に、口付け。
「思い出せない。だって、忘れないから。」
約束の、印。

「…うん、絶対」
身勝手な、身勝手な約束。でも、すごく、嬉しい。
「ねえ?ぼくがさ、約束破ったらさ、」
眼を開けた。
「うん?」
目の前の翠。キレイな色。
「あのフライパンで頭叩いていいよ。あのでっかいやつ。」
「…そんなこと」
できないよ?だってアナタを、もう。
「それでさあ?すっごい怒ってね??」
傷つけたくないから。
「…うん。怒る」

でもね、その前に。
きっとオレはまた、泣いてしまうだろう。
「ぼくね、怒られたり怒鳴られたりするとね。が〜っていろんなこと考えるから」
それだけは、許してね?
「…わかった」
「きっとすぐ思い出すって。」
微笑んだ。
「うん」
「でも、そんなの。もしも、の話だから。安心してね?」
「…うん」
「あ、でも……」
また、笑った。キモチ、嬉しい。まっすぐ、染みこんでくるよ?
「キスしてもらった方がきっと気持ちよく思い出すから。そっちにしてもらおうかなあ」
「あはは!!!じゃあ、どこにしよう?」
思わず、笑った。
ジョーン、何歳なんだろう?オトナみたい。

瞬いたら、口付けが落ちてきた。
唇に。
「…わかった。約束する」
「ココ。」
「うん」
「ディール?」
「ノー」
違うよ。
「プレッジ」
あはははは、って。ジョーンが笑った。
オレは。
アナタが信じない、神サマに誓うよ。
加護と、そして、慈悲を望むよ。
オレと、アナタに。



朝ごはんを、並んで作った。
ぼくは、ヨコでみていたんだけど。ひらひら動く手をみながら。いろんなことを考えていた。
きょうはいい天気だなあ、とか。たくさんのことを話したからその分だけおなかがすいたなあとか。
ドライブにいくんだなあ、とか。睫、きんいろなんだなあ、とか。考えて。
テーブルにカップを出して、お皿を揃えて。

朝ごはんを食べた。
サンジは食事の前にお祈りをする。
だからぼくも。父と子と精霊の御名によって、アーメン、をした。いただきます。
サンジは、ちょっとまだ元気がないみたいだったけど。あれだけ泣いちゃったんだもん、疲れたのかな。
でも、哀しそうじゃなかったから。安心した。

こんどはぼくがお皿を洗って。サンジが元気がでるといいなと思ったから。
よく、エースが。ハナウタで歌ってたのを歌ってあげた。
"Look For The Silver Lining"。
青い空に、雲がでちゃったときは。銀色の裏地があるか探してごらん、って歌。
空のどこかには必ず太陽がでてるから、って。
歌いながらお皿を洗って、シンクに水を流して。
完了。

ああよかった。にっこりしてくれてる。
ちゅ、って、だから。とんがったハナノアタマにキスした。
だってなんとなくそうしたかったんだ。
音がしそうに、ぱちくり、ってサンジが瞬きして。
それから、ほにゃん、って笑ってくれた。おとななのにね?かわいいなあ。
おとなのぼくも、サンジのこういうかおみたら、きっとかわいいなあって思うね?
でもちょっと寂しくなりそうだったから、ぼくもわらった。


「じゃあ、もうドライブに行くの?」
「…そうだね。熱くなる前にでかけようか」
「わかった。」
「外、熱くて眩しいから。ちゃんと保護をしないとね」
サンジが、サングラスと自分の帽子を渡してくれた。しょうがないから、サングラスをしてみた。
「……暗い。ヘンな色」
サンジは、あははははって楽しそうにわらったけど。
なんだかヘンな風に暗くって困った。帽子も、ほんとうはスキじゃないんだけどなあ。
「被らなきゃだめ?」
「うん。被らないとダメ」
「どうしてもダメ?」
「うん。ダメ」
そう言って、サンジはええと。なんていうんだっけ?あの、カウボーイみたいなの。
あの帽子を被って。あわいキャメル色で。ふうん?って思った。映画みたいなのと、違うね?
影がちょうど目のあたりにできて、ああ、だからサンジはサングラスしなくていいのか、って思った。

もう出かけるの?って訊いたら。そうだよ、って答えてくれて。
「でもって、買物して、ゴハン食べて、夜前に帰ってこよう」
「すごいね!1日ずっとだ?」
「うん。そうだね」
にこにこぉって。
うれしいな。なんだか。ぼくも同じくらいにこにこして。
おでかけか。楽しみだな。

「遠いの?」
「うん。ちょっとね。ちゃんとしたとこに行こうと思うから」
「アイスクリーム買うのに?」
「アナタの洋服も、買わないと。着替え、無いからね」
サンジが車のキイを取り出して、くるん、と見回してる。忘れ物、ないかどうか。
そして、だってアナタ、オレより大きいんだもん、って笑ってた。
それで、ベッドルームに携帯デンワを取りに行った。せっかく出て来てたドアの所から。
なあんだ、忘れ物してる。ちょっと笑った。
お兄さんみたいだけど、たまにかわいいなあ。って思ってたら。

戻ってきたサンジがいきなり顔に手を当ててきて。
ああほら日焼け止め、ってぐるぐるされた。
うわ。くすぐったいってば。
腕にも、ぐるぐるされた。
ビーチみたいな匂いがする、って言ったら。
火傷すると痛くて泣けてくるからね、ってわらって、それから自分にも塗ってた。
でも、サンジは。
手も、足も。きれいに日に焼けてるんだ。ええと。小麦色?だっけ。ああいう色。
美味しそうなんだよなあ。……あれ?
首を傾けてたら、行くようって言って。
サンジがドアの外に出たから。ついて出た。

外はやっぱり、熱くて。
ぎゅうう、ってサングラスしてても眼がしばしばした。
「クソ熱ィ。」
「…なんか言った?」
―――アレ?
扉の鍵を閉めていたサンジが振り向いた。
「アツイね、」
「だって、砂漠だもん」
ふわん、て笑うと。サンジがクルマを示した。

拡がってる、砂漠が。
空気自体が熱いんだ。
「肺が渇いちゃいそうだね、」
停められてたサンジの車の方へ歩いていった。
「遮るものが、何も無いからねぇ。大地がどんどん焼けてっちゃうんだよ」
ひらん、ってサンジが。ジープのドライヴァーズシートに乗り込んだ。
これで行くんだ。ふふん、ってなんだか楽しくなった。
大きくってゴツゴツしてる。かっこいいなあ。
バン!って閉まるドアの音も面白かった。

「朝起きた時、ピーチ・スプリングスに行くつもりだったんだけど」
「うん、」
きれいな名前だなって思った。
「多分、もうちょっと大きなトコに行った方が、イロイロあるから。レークハヴァス・シティの方まで、足を伸ばすね」
窓から、すごいスピードで砂が飛ばされていった。道なんかないのに、進めちゃうんだ。
「遠いの?そこ」
「うん。ハイウェイ乗って行く」
「どれくらい?」
「…2時間かかるか、かからないかくらい」
「ドライブだね!」
「酔わない、車?」
「車は平気。バックシートは嫌いだけど」
「そっか。窓、開けすぎると砂塗れになっちゃうから、気を付けてね」
ぼん!って跳ねた。おもしろいなあ!道ないんだなあ、すごいや。
にこお、ってサンジが。
「窓開けたら落っこちるね!オープントップだったらすごいだろうなあ」
「オープントップだったら、砂塗れで、大変なことになるよう!!」
「砂砂だ!」
けらけらわらった。
サイドミラーから。どんどんキャニオンが遠くなっていくのが映ってた。
見えた。後ろを向いた。

「すごいなあ、」
ラジオ着ける?ってサンジが訊いてきて。着けよう!って言った。
ラジオを着けたらいきなり、かかった。
「あ!これ好きだったよ。"Around the World"だね」
ぽん、と。曲名が出てきた。流れ始めていた曲。
"All around the world We could make time Rampin' and Stompin'"
"'Cause I'm in my prime"
「え、そういう曲名なの?」
「そうだよ?レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」
「曲は知ってるけど、そうなんだ?」
なつかしいなあ!って思って。ああ、ぼくは。
繋がってるところと繋がっていない所があるけど。
いまの「ぼく」よりずっと長いこと生きてたんだ、ってわかった。

にこにこして、ハンドルを握ってるサンジをみて。
じゃあ一緒に歌おう!って言った。
「知ってるトコだけでいいかなぁ?」
"I know I know for sure
That life is beautiful around the world
I know I know it's you You say hello and I say I do"
歌詞が勝手にでてきて。もちろんだよってサンジにわらって。
なんだかいまの気分にぴったりだねえ、ってわらった。
そうだねぇ、ってサンジも言って。

そのうち窓の向こうに見えてきた小さな町をサンジは指差して、あれがピーチスプリングス、て教えてくれた。
「ちっさい!」
びっくりした。
「ここがレジデンスへの入り口になってるんだよ」
でも、バスとか車がたくさん停まってるみたいだった。
「ああ、だから車がきてるんだね?」
「そう。観光客は、ここをみんな通っていくんだよ」
車が、町に入って。こんな小さい町を見るのは初めてだった。

「どこへ行くの?」
ちっさな家や、茶色い道。
「ここを出て。小さな町を二つ抜けて。キングマンを通って、レークハヴァス・シティまでだよ」
「うん、でも観光客はどこへいくの?」
「ああ、観光客かぁ!!グランド・キャニオンの上の方まで行くんだよ」
とっても機嫌が良さそうにサンジがわらってた。
「ふうん?サンジはキャニオンのこともよくしってるの?」
あ、なんか。ゲートみたいなところにきた。
「ううん、あんまり。オレは観光客じゃないからさ。行ったことはあるけど」
「オオカミいる?」
「ここら辺りは、コヨーテだよ。ボブ・キャットもいるね」
「そうかぁ、でもオオカミいないんだ」
「うん。いない。オオカミが住むには、ゴハンが足りないんだ」
それに暑いしね、ってサンジが笑って言った。
近づいたら、ちっさい踏み切りみたいだ。横におじさんが立ってた。
ふうん、オオカミは熱いところが苦手なのか。サンジ、なんでもしってるんだなあ。

おじさんがゲートを上げてくれて、サンジが窓から顔をだして何か言ってた。
やあ、とか。元気?とか。娘さんは?とか。
おじさんもニコニコしてた。真っ黒に日焼けしてる。
あんまりみたらシツレイかな、と思ったけど。あ、ネィティブのひとだ、って気が付いて。
じっと見ちゃったんだけど。
すぐに車がゲートを抜けて、手を振ってるおじさんがどんどん小さくなっていった。

「スターウォーズみたいだ、」
「…そぉ?」
ずううっと拡がる砂漠と。その真ん中に道が一本だけ。
どこまでいっても、砂。
ふにゃん、ってサンジが面白そうにわらった。ぼくへんなこと言ったかな?
ときどき、枯れかけた茂みがひゅん、って通り過ぎる。電信柱と。
「ねえ、もっとスピード出そうよ?」
「ダメ」
だってまわりに誰もいないし?

「どうしてー?ポリスいないよ?」
「ここね、舗装されてるけど。すぐに砂がかかるでしょ?スリップしやすいんだ、タイヤが」
ああ、そういうことじゃないんだ。ちぇ。
「たまにドウブツとかいるよ。みんな轢きたくないからね、急ブレーキとか踏むでしょ?」
すごくおもしろそうなのになあ。
「ロードキル?」
うあ、と思った。
「スピンして、車が倒れちゃったら。次の車が通りかかるまで、ヘタすると何時間か経っちゃうからね。
そうすると、死んじゃうよ」
ぺったんこの動物だけじゃなくて、人も死んじゃうのか。
でも、サンジぼくのこと轢いたんだよねえ?なんだかわらった。
笑い事じゃないのかな?でも面白いし。
ああ、サンジも同じこと思ったのかな?照れ笑いみたいな顔になってる。

「おなじこと考えたでしょう、」
だから言った。
「…うん。そうだと思う」
「フフン。」
「ちぇ〜」
前向いたままのサンジのほっぺに。キスした。
「…うにゃあ」
あははは。赤くなってる。
手で扇いであげた。
「アツイの?」
わざと言った。
「…アリガト。うん、とっても」
ハハハ―、サンジ。嘘へたくそだ。




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