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 Saturday, June 8
 あったかいなぁ…。…エマが居るのかなぁ?
 …でも、エマは4年前、死んじゃったし。
 …でも、あったかいし…。
 …あ、毛がない…。
 んん、もうちょっと…寝たいかも…。
 …んん?ヒト???
 
 不意に、ぱかん、と勝手に目が開いた。
 カーテンが閉められた部屋、まだ薄暗い。
 けれど。自分を見下ろす、翠の双眸。じっと見詰めている。
 ジョーン。
 ああ、一緒に寝たんだ?あ、そうか。夜中に潜ってきたっけ?
 「おはよう」
 ジョーンがにっこりして言った。
 「…ん、オハヨウ」
 笑みで返した。頬に口付けが落とされた。
 朝の挨拶。
 手を伸ばして、ジョーンの頬に触れた。少し冷たい。
 いつから起きていたのだろう?
 
 「今日もだいすきです」
 柔らかな声が落ちてきた。
 嬉しいな。
 伸ばした手、首の後ろに回して、引き寄せた。暖かな重みがゆっくりと落ちてくる。
 「おはよう、ジョーン。オレもダイスキだよ」
 頬に挨拶。
 「だから、もうちょっとこうしていよう?」
 「はい。」
 ああ、肩が出ていたのかな、背中がひんやりしている。
 「あったかいね」
 引き寄せた身体。すぐ近くで、微笑んだ気配。
 うん、今日も幸せだね。
 
 「よく眠れた?」
 「はい、とっても。サンジといっしょだとすごく良く眠れたんだ」
 「そっか」
 「うん、ちっとも悲しくなかったよ?」
 多分、へにょんって笑ってしまったような気がする。まわした腕に、力を込めた。
 「よかった」
 「うん。それにね?」
 「うん?」
 ゴソゴソとジョーンが動いて。
 すっぽり、身体を包まれてしまった。やっぱり大きいヒトだね。
 「ほら。ぴったりでしょう?すごいね。」
 「…あは。そうだね。ぴったりだ」
 くるんと回された腕。ぎゅう、と抱きしめられた。
 暖かくて。とてもステキな気分。
 
 「幸せだねぇ」
 とても安心する。
 「だからね、きもちよかったんだ。サンジもそう?」
 「うん。オレ、すごい安心して寝てたよ」
 「そっかあ。うれしいなあ、ぼく」
 勝手に笑みが零れていく。
 「オレも嬉しい。ステキだね」
 「おっきいのも、悪くないネ?」
 「あはは!そうだね」
 ゴロゴロ、と喉を鳴らしたいくらい、なんだか幸せだ。
 ジョーンがくすん、って笑った。
 頬を肩口に擦り付けた。
 幸せな気分。
 
 不意に。
 体重が足されて。身体が、ジョーンの下になった。
 あれれ?
 にこぉ、って。ジョーンが自慢げに笑った。
 「サンジ?」
 「ハイ?」
 ぱちくり。
 すごく近い距離に、瞳があった。…筈なのに。
 それがふいと消えて。耳元に、息を感じた。
 「…にゃん?」
 「きょうは、なにするの?」
 うわ、鳥肌立った。すごい近い距離で、低い声が囁いた。
 どうしてだろう、身体が電気走ったみたいに、反応した。
 
 すごい声。
 きっと、オンナノコはメレンゲみたいに蕩けちゃうね。
 「…今日?」
 「―――ん、そう」
 熱い吐息は、そのまま去ることはなく。首筋に熱を感じた。
 うわ、なになに?どんどん鳥肌が立ってくる。
 「…きょう、は、…おかいもの…」
 「どこに?」
 あれ?声が跳ねる。
 というか、そんな首筋に近く、しゃべらないで。
 ぞくぞくしてくるよ?どうして?
 けれど、それは遠のかず。ますます熱が、首筋に押し当てられた。
 
 ふるり。
 
 「…サンジ?」
 絶対に、今身体が震えた。
 「ええと…きょう、は。ピーチ・スプリングスまで…」
 どうして声が擦れるの?うわ、なんだか、顔が熱ってきた。
 どうして?
 ああ、だけど。カレを押しのけられないのは、なんでだろう?
 ふふ、とジョーンが笑った。首筋に当たる息。
 ああ、なんかぞくりとする。
 もっと抱き寄せられて。思わず縋った。
 「おさんぽ?」
 …どうして?
 「ううん…おかいもの…」
 ああ、声が出ない。吐息に囁きを乗せるのが精一杯。
 
 「そっかぁ、」
 力が抜けていくよ?ヘンだなぁ?
 「…ジョーン」
 どうしよう?
 「・・・はい?」
 オレ、動けないかも?
 「…あさごはん、何にする…?」
 「もっとこうしてる」
 うわぁ、なんか、すごいことを言われたような…?
 「…おなかにたまらないよ?」
 首筋にキスされた。押し当てられた熱さに、皮膚が震えた。
 
 「やだ。こうしてる」
 「…ジョーン…?」
 ああ、どうしよう。今の声、誰のだろう?甘ったるい、こえ。
 「でも…車で時間、かかるよ…?」
 「……だまれ、って」
 「…え?」
 アレ?
 重い身体。ゆったりと更に重みを増した。
 首筋に当たる吐息。規則正しいものになってる。
 「…ジョーン?」
 あれ?反応が無い。
 …もしかして。
 
 「寝ちゃったの…?」
 …沈黙。
 うわ、びっくりした。
 …勝手に身体、熱くなった。…なんでだろう?
 そうっと起こさないように、ジョーンの短い髪を撫ぜた。手に当たる、柔らかな感触。
 背中に手を、滑らせてみる。
 …この状態、もしかして、オレってば。"組み敷かれている"のかなぁ?
 合わさった胸。鼓動が伝わってくる。
 力強いリズム。確かな熱。…重たいのに。
 どいて欲しいと思わないのは、なんでだろう?
 エマに抱き込まれた時は、でも。こんなに胸がドキドキしなかったよ?
 ピレニーズ犬のエマ。
 …さすがにカレほど、重くは…アレ?
 エマのほうが、重かったかな?
 
 でも、これじゃ。朝ごはんの仕度、できないね。
 「ジョーン…起きて?」
 頬を撫でる。
 起きて欲しいのに。
 「……ん、」
 起き上がっていって欲しくないと思っている。…ヘンなの。
 うわ、今ぎゅうってされた。
 なんでこんなに、安心するんだろう?涙が出てきそうだ。
 「ジョーン、寝てていいから…」
 更に強く、抱きしめる腕。
 「ね、起きて?」
 どうしてだろう?
 「……んー、」
 今、口付けた。ジョーンの頬。温かい肌。
 
 「オレ、ゴハン作るから」
 そうっと押しのけようとしたのに。
 耳たぶを齧られた。
 ぞくり、と何かが背中を伝った。
 それから。頬に当てられた唇。
 そうっと伝って顎に口付けられた。それから、唇。
 とても柔らかく、噛むように挟まれた。
 しっとりとした唇に。
 「…オレは、朝ごはんにはならないよ…?」
 勝手に擦れた声で、説明する。
 神経がみんな、ジョーンがくれるものに向いていってる。
 漏れる吐息すら、感知していく。
 ゆっくりと唇が押し当てられて。ふやん、と寝惚けた顔のジョーン。
 
 「・・・サンジ?」
 …ジョーン、だよね?
 「…うん?」
 頬に触れた。
 「・・・いい匂いだね?」
 どうしてだか鼓動が一瞬跳んだ気がした。
 「…石鹸、かなぁ?」
 いい匂い?…えーと、なんでだろう?
 ふわん、と間近でジョーンが笑って。鼻先、首筋に埋められた。
 
 「ちがうよ、」
 「…違う?」
 「うん、ぜーんぜん。ちがう」
 「…そう?」
 どういう風に違うのだろう?
 「眠くなって、あったくなって、もっといい匂い」
 …?オレはそんな匂い、してるの?
 「…そうなの?」
 「だから、ぎゅうううってして。ずっとこうしてたくなる」
 …うわ。なんでなんで?照れちゃうよ。
 ジョーンが笑ったのが、首筋に伝わってきた。
 胸の筋肉も、上下した。
 
 「…けど。起きないと」
 「んー、残念。もっとベッドにいてえなぁ。」
 …いてぇ???
 キョトン、とした。そうしたら、ジョーンも。
 なんだか、あれ、どうしたんだろう、って顔をしているのが見えた。
 「ジョーン?」
 ジョーン、だよねぇ?
 こっちを向いたけれど。まだ、顔はびっくりしたままだ。記憶、戻り始めているんだ。
 ジョーンが首をかしげた。
 
 「へんだね?」
 「多分。アナタの記憶が、戻り始めてるんだよ」
 頬に手を当てた。
 「心配すること、ないよ。大丈夫」
 「でも、」
 微笑みを、刻んだ。
 「…でも?」
 
 「でも、サンジ。ぼく、だれだかわかんないよ?ぼくがおっきいぼくをしらないみたいに、ぼくも、ぼくのこととか、
 サンジのことわからなくなるの?」
 ああ、なんていえばいいんだろう。
 「たとえ、記憶を取り戻しても。経験は、ずっと残っていくから、大丈夫だよ」
 頬に添えた手、滑らせた。
 「サンジのこと覚えてる?ねえ、おぼえてる?」
 「…アナタが、大きいアナタのことを、覚えているように、アナタも、きっと、覚えているよ。オレのこと」
 そう、たとえ忘れてしまっても。きっと何かが残るはず。
 頬に当てた手を、ぎゅう、と握られた。
 「…大丈夫」
 
 「だいすきだよ、」
 確信はないけれど。そう言う以外、何が言えるだろう。
 「ウン。オレも、ダイスキだよ、ジョーン」
 「ぼく、あなたのことがほんとうにすきだよ?」
 うん、解るよ。ちゃんとアナタのこと、見ていたから。
 「うん。ありがとう」
 「いっしょにいるから。きっと」
 「…うん」
 ああ、どうしてだろう。今、泣きそうだ。
 「ゴメン、ジョーン。オレ、泣いていい?」
 幼い、アナタより先に。
 
 「かなしいの?」
 違うよ。
 「悲しいわけじゃないよ」
 あのね?
 「いたいの?どこがいたいの?」
 「気持ちが、溢れそうなんだ」
 ああ、ダメダ。喉が熱くなってる。
 「うん、」
 ああ、どうして、泣くんだろう。勝手に涙が溢れた。
 ジョーンが、両腕で、頭を抱いてくれた。
 「ごめん…ッ」
 大きな身体に、縋りついた。
 気持ち。熱い気持ち。
 
 「ぼくが、あなたをすきにならなかったら。泣かなかった?でもそれはいやだよ。」
 アナタがスキだよって叫んでる気持ち。言葉じゃ、伝え切れなくて。
 勝手に涙になって、溢れていく。
 「違う…ッ」
 「泣いてもいいから、好きでいてほしいんだ」
 止まらない。
 「ごめんね、」
 「オレが…ジョーンを、スキだから…泣くんだ…」
 謝らないで。違うんだ。
 「スキで、どうしようも、ないから、泣くんだ…ッ」
 だって、スキって気持ち。他に表す術を知らない。
 身勝手な、このキモチ。
 
 「ヘンなの。笑った方がサンジずっとキレイなのになあ」
 ごめんね。けれど、抑えられない。
 「でもね?苛めて泣かせたんじゃないからかなあ?泣いててもサンジきれいなんだもんなぁ」
 アナタをどんどん、スキになる。
 「…なに、言って…」
 ジョーンの言葉。少し、笑った。
 まるで、オンナノコに喋ってるみたい。映画の中のセリフのよう。
 「そういうの、不思議だねぇ?」
 泣いたまま、笑った。
 不思議だね。
 
 「ぼくがすきだからかなあ。だからサンジはなにをしててもキレイなのかもね?」
 「ジョーン…」
 オレもスキだよ?
 たとえ、大人のアナタがオレのことを忘れてしまっても。
 「でもね、きれいだからすきなんじゃないんだよ?」
 オレはずっと、ジョーンを忘れないから。
 涙を、拭った。
 「…ど、して?」
 「あのね?」
 しゃくりを無理矢理止めた。カレの声を聴きたかった。
 口付けが振ってくる。やさしい、キス。顔中に。
 
 「ぼくはね」
 うん?
 「あなただから、」
 …オレだから?
 「すきなんだ。きっとね、どこか」
 …ああ。胸が痛くなる。
 「みたこともないところで、迷子になってもたぶん、」
 言葉、刻み込んでいく。
 「ぼくはあなたのところに帰ってこれると思うよ?」
 目を閉じた。
 うん。
 「だから。そうさせてね?サンジ。」
 うん。
 「…待ってる…から」
 いつでも帰ってきて。
 アナタが誰になろうと。何になろうと。
 受け止めるから。
 「うん。ありがとう、だいすきだよ。あなたが」
 「…うん」
 
 「あとね?」
 「…うん?」
 「サンジのホットケーキもすき」
 「…ぷっ」
 「100マイル先にいても食べに来るからさ?」
 「…うは…ッ」
 ジョーンが。にかって、笑っている。
 「ずっと、待ってる」
 いつでも、どこでも。待っているよ。
 
 
 
 
 
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