Friday, July 13
らたたたた、と音がした…気がした。
…ヘリコプタ?ラトル・スネイク?…ガラガラ蛇かな…?

虹色の蛇。蛇は変化の象徴。
する、と何かがまどろみに蕩けた思考を、通り抜けていった。

何かが、いつもと違っていた。
ひく、と目を開ける前に鼻で空気を嗅ぐ。
…うん?…これは…。
ぱかり、と眼を開けた。
うつ伏せに寝ていた体、まだ重たい腕に力を入れて、上体を少し擡げた。
すぐ隣、本を読んでいたゾロが、ちら、と目線を投げてきた。

「…ゾロ」
うん、今日も僅かばかり、掠れた声だ。
にゃはは。寝起きで声がしっかり出てる日って。ここしばらくないなぁ…。
さらん、と頬を撫でられて、眼が勝手に細まる。
ゴロゴロゴロ。喉が鳴るよう。
…実際には鳴らないけどネ。
うっとりとしていたら。柔らかく頬や髪を手で撫でられた。
しばらくの間、その優しい感触を堪能して。
ゾロが本に目線を戻したから、ぺたり、とシーツに伸びて、ゾロに身体をくっつけてみた。
…んん、もうちょっと寝たいにゃあ…。

片腕で抱き寄せられて、あっという間にゾロの腕の中。合わさった肌から、熱を与え合う。
「…ん…」
まどろむ。眠気と戯れる。
ちゅ、と柔らかな音と共に、額にキスをされた。
にゃあ…。
うとうととしたまま、笑みが勝手に浮かんでいる。
けれど、眠気はしっかりとは戻ってこないみたいだ。
次第に脳がクリアになっていく。
「ん…ぁ」
一つ欠伸を零して。それから眼を開けた。

飛び込んできた本の題名。スタンダールの"イタリア年代記"。
…買ったのかなぁ、それ?
すり、とゾロの胸に頬を摺り寄せた。
嗅ぎなれたゾロの匂い。
…んん、幸せになる。

さらり、と耳のあたり、柔らかな指の感触。
「起きたか?」
低く落とされた、柔らかな声。
「ウン…起きた」
あむ、とゾロの肌に歯を立てた。
にゃはははは。今日も幸せなのだ。

…でも。どこか、いつもと違う。……ああ、空気が、違うんだ。
僅かにカラカラの空気が潤んでいた。
…これは、もしかしたら、もしかするのかな?

柔らかな口付け、髪に落とされた。
本はまだゾロの手の中。
…うん、本のにおいじゃないねえ。
「…ゾロ」
名前を呼んでみる。
「ぞぉろ」
ふふ、と笑いが勝手に零れていく。
見上げると、ゾロがちょっと苦笑した。
…スタンダールに勝てるかなあ?

「…大好き」
すり、と額をゾロの肩のところに擦りつける。
まだどこか重たい身体。
「リカルドに、持っている中で一番クラシックな本を貸せと言ったらコレを持ってきた」
くう、と僅かに首を伸ばして、ゾロを見上げる。
「…シェイクスピアじゃなくてよかったねえ」
ふわふわ。笑みが浮かぶ。
そうか、貸してもらったのか。リカルドに。
仲がいいみたいだ。嬉しいねえ。
「クラシック、の解釈が違うだろうとしばらく揉めたんだ」
口許、僅かに笑っていた。
…いい友達になったみたいだね。

「恋を選んで死に至る、これのどこがクラシックじゃないんだ、と笑ってやがった」
「ふふふ。ゾロのクラシックの定義は?」
貴族階級のオンナノヒトたちの、恋の物語。とても情熱的な小説だったような記憶がある。
ぱらぱら、と昔。捲ったっけ。読み込むほど、興味は惹かれなかったけど。
「最後に死ぬばかりが能じゃないとは思うがな」
「…まぁ、でも。物語としては解りやすいんじゃないかなぁ?」
確か…16世紀くらいの話を纏めたものだっけ。やっぱりシェークスピアの影響、多大だったのかなぁ?
肩をするり、と撫でられて。眼を細めてゾロを見る。
結末のある物語。解りやすいといえば、解りやすいよねえ?
ぺろり、と眼の下にあるゾロの肌を舐めてみた。
「ほとんど全員が死にやがる、」
「…そうだっけ?まぁロマンチックだよねえ…お話としては」
ゾロがぱたん、と音を立てて本を閉じていた。
「リカルドが救いようのないロマンチストだってことはよくわかった」

死を選ぶ恋の物語。
…心は揺れるねえ。
わからなくもない気持ち。
愛に生きたいけど。最終的には愛に死ぬのは、…うん。わからなくもない選択だ。
「…ゾロは?」
「―――ん?」
「アナタはロマンチスト?」
「まさか、」

に、と笑ったゾロに、ふわ、と笑って返す。
ああ…スキだなあ、その顔も。
眼が…キラキラしてる。
ゆっくりと身体を擡げて。
「リアリストだよ、おれは」
そうっとゾロの唇に口付けを落とす。
「…うん」
ぺろり、と唇を舐めてみる。
「マキャベリズムも大いにケッコウ。」
「…今はマッキャベリィより…キスがいい」

言い終わらないうちに、舌を掴まえられて、薄く開いていた唇の間に引き込まれる。
「…ん」
とろりと口付けを交わしながら、ああ、そうか。今日はバイトだったっけ、と思い出す。
…目覚まし、もうそろそろ鳴るかなぁ?
…ああ、でも。アレが来ちゃったら、でかけられないしなあ。

く、と甘く噛まれて、する、と太い腕が伸ばされたのを感じる。
「…ん…」
目の端、ゾロが。目覚ましが鳴り出す前にアラームを切ったのを捕らえた。
ゆっくりと口付けが解かれ。
「仕事だろ、」
からかうような、ゾロの声。
「…うん、…そうなんだけどね?」
すい、とゾロの身体の上に乗り上げる。
なんだ?と問う様に、背中をするん、と撫で下ろされた。
ふる、と身体が揺れて、口角が引きあがっていく。
「…多分、今日。行けないかもしれない」

「―――なぜ、」
口許、ちゅ、とキスをされて。
「…雨が降る」
キスを返しながら応えた。
「空気がね…微妙に甘いでしょ?」
「―――あまい、ね?ハナがバカになってるからな」
「ふふ…どうして?」
く、と首筋にキスをされて。心持ち、竦んだ。

ゾロの鎖骨の溝に、そうっと指を這わした。
そろそろ、と指先で渇いた肌を撫でる。
感触がキモチガイイ。
首筋。肌を唇で擽るように触れさせながら、エサが甘いから、と言っていた。
「…においも、あまいの…?」
ふふ、くすぐったいよ、ゾロ。
「あぁ、おまけに」
「…ン?」
「少しばかり、眠くなる」
「…ねむくなるの…?」
ゾロの首の下に、顔を埋めた。
「そう、抱え込んでそのまま寝ていたくなるな」
喉奥で笑って。少しだけ、きゅうっと力が腕に加えられた。
かぷ、とゾロの首筋を噛んでみた。
口を離してから、そこにそのまま鼻先を埋める。
「…行って、雨が降り出すと…帰れなくなるから…」
確認しないとなぁ…。

一層抱き寄せられて、くすくすと笑う。
「あぁ、見モノだってな、この辺り一帯」
「…毎年…船に乗ってる気分になるんだよ…」
ノアの箱舟って、そんなカンジだったのかなぁって。
「だから…リトル・ベアのとこと、ドクタのとこに…電話入れないと」
「今日は、雨だ」
「…ゾロも解るの…?」
きゅ、と抱き込まれて、ふふ、と笑った。
「いや、いま決めた」
「…もぉ…何言って…」
くすくす、と笑いが零れ続ける。
「そと。騎兵隊が傘持って歩いていたぞ。窓から見えた」
「…あはははははは!!!ゾロってば!!」

そうっと頭を上げて、口付ける。
「大好きだよ、ゾロ…」
うっとりとした気分のまま。何度も口付けを落とす。
彼らはユウレイだから、雨は関係ないんだよ?
結構ロマンチストだなあ、アナタは。

…ステキだね、そういうトコロ。
はむ、と下唇を噛んだ。
「待ち遠しいねえ、雨…」
てろり、と舐め上げた。唇の形。
「そうだな、」
雨が屋根を叩く音。
大好きだ。
ああ…早く降りださないかなぁ…。




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