| 
 
 
 
 雨が降るのだ、という。
 限界近くまで渇ききった空気に、僅かにあまさが乗るように雨の気配が静かに充ちて行くのだと。
 
 リカルドが、まるっきりガキのカオをしてわらったのを思い出した。あの救いようのないロマンティスト。
 サバンナの雨を思い出した。
 空が割れたほどの土砂降りの後に、乾いた砂地が一面ミドリになり。色とりどりの花が1日だけ咲いた。
 この砂漠は、土砂降りの後に花が咲くのかどうか一瞬気になったが。
 すぐにバカバカしくなった。
 週3回もロマンティストに会うと、移るらしい。
 にかりと笑って。
 「リクエストだ、」
 そう言って突き出してきた本を、目が覚めたから読んでいた。
 「クラシック」な悲恋のオンパレード。
 「ジュリエット」がもうすこし生き延びれば辿ったかもしれない運命だ、と笑ったのは持ち主だ。
 オマエは最後のモヒカン族並みのロマンティストだ、と言ったなら。
 げらげら笑っていやがった。
 
 「おまえ、アレを子供のころに読んだのか!」
 「アメリカのガキなら大抵読むだろうが」
 「フン、」
 肩を竦めて手を休めていた。
 ああ、これは始るぞ、と思ったなら。
 案の定、始った。
 パブリックイメージと現実のギャップ。
 皮肉と諧謔を織り交ぜた独特の口調で続く。
 会話を続けながら、時間を過ごしたのは、昨日のことだ。
 
 半分、思考を飛ばして読み進めた。
 目を覚ましたサンジが頁を覗き込み。
 意外そうな表情を浮かべたので顛末を説明した。クラシックな本を貸せと言ったらコレだ、と。
 そうしたならば。
 クラシック、といえば確かに古典的な筋立ての話だろうに、と言っていた。
 危うくおれまでリカルドの御仲間にされかけた。
 コトバを交わしながら抱きしめた。
 
 雨が降ればこの辺り一帯は見ものだ、そういわれた事をふと思い出し。
 窓の外に目をやった。
 陽がさしているように見える明るさがあった。
 とおく、なにかの霞むような気配と。
 雨の匂いがする、そうサンジが言っていた。
 
 首元の唇で触れたなら。ふわりと体温のあがったらしい気配が伝わった。
 あぁ、雨より。オマエの気配ならばどれだけ僅かでもわかると思う程度には、アタマの方がイカレタらしい。
 我ながらお笑いだ。
 身体を添わせながら、一度降り始めると2日はこのあたりは身動きが取れなくなる、そう言っていた。
 元々、現実離れしていたこの場所が、ますます浮世離れするわけだ。
 そう言ったなら、サンジはふわりと頬笑みながら、「ノアの箱舟ってこんなだったかな、と思うよ」と言っていた。
 オマエはともかく。おれなど一番最初に居残り確定だろうに。そう言ったなら膨れっ面をしていた。
 まるっきり、コドモだな?オマエ。
 
 腕を伸ばそうとするから。携帯を取ってやった。どうやら、クマちゃん天気予報を聞く気らしい。
 二言、三言、目元に笑みをのせたままで話していた。
 その目元に口付けてみた。きゅう、と閉じられた瞼にも。
 肩がちいさく揺れて。しらずに笑っていた。
 
 溜め息混じりに、通話を切って。やっぱり雨だって、と告げてくるのにまた軽く唇を啄ばんだ。
 あとは、どうせバイト先だろう連絡先といっても。ふ、とあのナース共の姿がうかんだ。
 知らずに口許が引き下がるが、ただの条件反射だろう。
 例の歓迎以来、あれっきりタウンには顔をださなかった。
 おれと同じ目にえば、行く気はだれだって失せるだろう。
 
 サンジの声が聞こえてきた。
 応対から、どうやら病院も雨のあいだはヤスミらしいと見当をつける。
 雨は嫌いじゃない。
 ―――フン、段々タノシミになってきやがった。
 
 
 
 雨が降ったとなると、本当にでかけられなくなるから。
 とりあえず、リトル・ベアに気象予報を聞いて、それからドクタ・タオに電話しようと思った。
 手を伸ばして、ゾロが向こう側に追いやった電話をとろうとしていたら、渡してくれたので。
 ゾロの腕の中、心地よく納まったまま、電話をかけることにした。
 …なんだかドキドキするんだけど?
 
 3回目でコール音が切れた。
 『…シンギン・キャット?』
 「おはようございます、リトル・ベア」
 『おはよう』
 ふ、と僅かに引き寄せられて、目許にキスが降ってきた。
 くすん、と笑ってゾロの腕をかり、と軽く引っ掻いた。
 
 「…なんだか、降りだしそうな気配なんですけど、やっぱり来ますか?」
 『あぁ。今年もエルニーニョの影響で、集中して降るみたいだ。2〜3日降ると予想される』
 剥き出しの肩、さらりと撫でられて、ひく、と息を呑んだ。
 やわらかくこめかみにもキスが降りてくる。
 笑った。
 「ありがとうございます、リトル・ベア」
 『緊急事態には、連絡をしなさい』
 「ハイ」
 
 クマチャン予報か、と小声でゾロが言っていた。
 ゾロの指を掴まえて、指を絡めて頷いた。
 『…水位には気をつけるように』
 「わかりました。またね、リトル・ベア」
 く、と手を引かれて。絡めた指先、ゾロの唇が押し当てられた。
 ぴ、と通話を切った。
 そろり、と指先をゾロの舌先が辿って。
 ゾロがに、としていた。
 
 「雨か」
 「うん。2〜3日、集中して降るって。きちんと水位と雨脚の強さに気をつけなさいって言われた」
 後半は直接的にじゃなくて、間接的にだけど。
 笑う。
 
 ふうん、と興味無さそうに窓の外を見たゾロの胸元、鎖骨の真ん中のところをぺろりと舐めた。
 もうちょっと待っててね。そしたら心置きなく抱き合えるから。
 ドクタのところへ、短縮でかける。
 
 コール音。こちらは5回だ。
 くう、と抱きこまれて、額をゾロの胸に当てる。
 眼を閉じた。
 『アロゥ。ワラパイ・アニマル・ホスピタル』
 「ドクタ?サンジです」
 絡めていた指、外されて。ゾロの手、項から差し入れられた。
 さらさら、とどうやらオレの髪で遊んでいるみたいな手の動き。
 ふふ、と小さく声を潜めて笑った。
 
 『サンジくん?どうした?…ああ、雨か』
 「はい。どうやら降りだしそうで」
 『そういえば、そんな予報でしたな。それではお休みだね、サンジくんは』
 「ハイ」
 ゾロの背中を、ゆっくりと片手で辿る。
 ぱくん、と耳元、唇にサンドウィッチされてた。
 んん…くすぐったいよ。
 
 『まあ、降ってる間は来なくていいよ。充分に、そっちも気を付けたまえよ?』
 ふる、と僅かにゆれた身体を、さらにぎゅう、と抱きしめられた。
 そうっとゾロの足に、足をかける。
 「ありがとうございます。ドクタもね?コヨーテくんと、ベイビィ・ボブによろしく」
 『良いウェット・ホリディを』
 「はい」
 
 通話を切って、電話をひょい、っと自分の背中の方に落とした。
 そのまま、ゾロの首に手をかける。
 「おまちどおさま」
 笑いかけた。
 
 「眠くなった。」
 「んん…じゃあ寝よう?」
 すり、と胸に頬を摺り寄せる。
 回されていた腕に僅かに力が入ったのがわかる。
 「子守唄、歌ってあげようか?」
 クスクスと笑うと。
 ゾロ、するりと腕を解いて。
 「フザケロ」
 笑い声交じりに言っていた。
 「んんん…じゃあ、雨の歌は?」
 「イラナイ。」
 「じゃあ…愛のウタ」
 ゾロの足にかけていた足、力を入れた。
 
 するん、とゾロの指が、額を撫でていった。
 「朝ごはんの前に、オレなんかどう?」
 くすくす、と笑って告げる。
 にゃはは。なんだか楽しいぞう。
 「オヤスミ、サンジ。」
 「うあ!折角誘ってるのに!!」
 くすくすと笑ったまま、そのままぎゅうっとゾロに抱きついた。
 ゾロはにぃ、と笑って、目を瞑った。
 腕、オレの背中に戻ってきてるけど。
 
 「オヤスミ、ゾロ」
 厚い胸に、口付けを落とした。
 やんわりと背中を、まだ少しひんやりとした掌が滑っていった。
 …んん、キモチイイ。
 にゃはあ、と笑う。
 ゾロの胸に額を押し当てたまま、目を瞑ってじっとする。
 雨、早く降りださないかなぁ…?
 
 
 
 
 next
 back
 
 
 |