窓の外はまだ雨が降り続いていた。
さすがに、昼過ぎの豪雨、あれだけのイキオイはもう無くなってはいたがそれでも。
家の外は、いまごろ川になっているに違いない。
かたり、と皿の最後の一枚を棚に戻して、そんなことを思った。
そして、棚の中身を見て思い出した。
大した数も無いのに、並べ方にオーダーを持たせようとしていたバカ。
この家は思ったよりも小さいからすることがないな、と笑っていたがきっちり中身を並べ替えて満足気だった。
―――変わったことにタノシミをみつけるヤツだ、リカルドは。
ふい、と目線を投げた先に、これまた風変わりなネコがいる。
時間があるのと、雨のあいだは何も作らなくていいように、とわかったようなわからないような理由で。
―――なんだ?何か夕方大量に作っていた、中身を。
丸ごと茹でたキャベツを、一枚一枚剥がしていって、何かしていた。
少し離れて座り、その様子を眺めていた。
「なぁ、なぜそれだけの量を作るんだ?」
「…ん?ズルしようと思って」
にこ、と笑いながら。それでも手は相変わらず器用に何かしていた。
雨とそれと何の関係がある、と問えば。
「今たくさん作っておいたら。明日明後日。晩御飯、作る必要がなくなるでしょ?そしたら、空いた時間に、
アナタと何かベツのことができるじゃない」
そして笑いながら、おんなじ物を食べることになるケド、と付け足していた。
ふい、と笑顔につられて席を立った。
「あぁ、サンジ。言っておくけど。」
「うん?」
とんとん、とアタマに手を休めた。
「おれは雨乞いはしないぞ、」
目元に口付けた。
「あははははは!!それはそうだろうなあ!!」
きゅうう、と目を細めていた。
「ふたりで何を一緒にできるだろうねえ」
またにこりと微笑み、見上げてきた頤を捕まえて。ヒカリを閉じ込めたままの目を覗き込んだ。
「オマエが考えろ、」
「ん?そう?」
薄くわらってかるく唇を重ねた。
「あァ、そう」
ふ、と僅かに考え込み、すぐにふにゃ、と笑うのを間近でみつめる。
―――なにか、思いついたかこれは。
「オレは、アナタにぺったりくっ付いてるだけで幸せだから。ずうっとアナタの腕の中にいたいな」
ふわふわと、弾んだ口調が返って来た。
「ついでにアイのコトバでもつけてやろうか、」
「うん」
話しながらもそのキャベツだかなんだかに中身を詰め込むのを続行していた。
にゃはあ、ってヤツだ。嬉しそうにサンジが笑っていた。
する、と上気した頬を撫でて、ちらりと本音も混ぜた。
「さっきさんざん喰ったと思ったけど、またウマソウダナ、」
に、と笑えば。
「アナタも美味しそうだよ、ゾロ」
蒼がキラキラと光を弾いていた。
「エサの効果は絶大だな、たくさん食ってはやく大きくなれよ、」
軽口で返して笑った。このネコは、言うことが一々これでも本気だ、ってンだから。
「…もっとアナタを食べれるように?」
「日々セイチョウ中だな、バカネコ」
さらりと喉元を撫で上げた。
「にゃあ」
雨音だけが響く中、サンジのあまったれた声が耳に馴染む。
「……気のせいか?オマエ喉鳴らしてる音だしてねぇよな」
目を一層細めてしまったのに笑いながら髪を掻き混ぜ。
「意識すれば鳴らせるケドねぇ、やってないよぅ?」
鳴らせるのかよ?
「あぁ、やらなくてイイ」
「ん」
にこりと笑いかけられた。
午後はそうやって長閑に過ぎていっていた。
まさか自分が、これだけ他愛もない時間を過ごすとはほんの一ヶ月まえには思いも付かなかった。
すこしばかり気だるそうに、濡れた手を拭いている後姿を眺めながら改めて思った。
ちらりと掠める。
リヴィングに放りだしたままのケイタイが繋がる先の空気と。
この場の違い。
カレンダーはもうすぐ4週間近くなる。
そうそうノンビリとしているわけにも、そろそろいかないか…?
雨の間の時間は。
シフトバックに有効に使わせてもらうか?おれのアタマの。
ああ、けど。
ネコ抱えてちゃあ、ムリか。
んん…ちょっと腰が重いなぁ…。
まぁ…しょうがないか。いっぱい…してもらったし。
お風呂場で、冷たい雨の変わりに熱いお湯を浴びながら、熱くなって…蕩けきって…。
ううん…肉体って、どうやって容を保ってるんだろうなぁ?あんなにドロドロになっちゃうのに?
お皿を洗い終わったシンクを洗い流して、手を洗った。
ソファにいるゾロのところへと、ゆっくりと歩いていく。
雨音、屋根を叩く音。
数日前、歌った歌を思い出した。
雨音が屋根を叩く音で目覚めたいよ
アナタの腕の中に守られて…願うことはただ一つ。
んん。願いが一個、適っちゃうぞう?
ゾロの隣に、腰を下ろした。
「お片づけの手伝い、ありがとうね」
ちゅ、と唇に口付けた。
する、と引き寄せられて、体重を預ける。
耳に届く雨音、そして静かに呼吸を重ねる音。
…んん、幸せだなぁ。
すり、と頬を肩口に摺り寄せた。
じぃ、と寄り添っているだけで、心がほわん、って暖かくなる。
ゆっくりと息を吐いて目を瞑る。
…んん…少し眠くなってきたかなぁ。
とろり、と意識が容をなくし始める。
『オマエ、ほんとネコみたいだな』
笑ったセトの声を思い出した。
けれど、そう言ったセト本人だって。
しなやかな豹か虎みたいに見える時があるのになぁ。
鼓動と同じリズムで、ゾロの大きな手が背中をそうっと滑るように撫でていく。
とても、とても、穏やかに。
…あ。
不意に思い出した、セトが言ってたコト。
そうだそうだ、ゾロにお願いしなくっちゃなぁ。
ゆっくりと顔を上げて、ゾロを見た。
「ゾォロ?」
目がなんだ?、と問い返してきた。
「あのね?お願いがあるの」
セトに頼まれていたこと。
「言ってみろよ?」
「あのね?オレの写真を撮って欲しいんだけど」
いいかなぁ?
「―――フゥン?」
「セトがこの間、3日以内に撮ったヤツを送れ、って言ってたんだ」
…ン?
「…3日以内のオマエを、って?」
…なんか、ゾロの目。きらん、って光ってるんだけど…ナンデ?
「そう。お願いできますか?」
じいっとキラキラ光ってる緑を見詰める。
「撮ってやってもいいけどな。文句言うなよ」
「…文句?」
「あァ。一切きかねぇぞ」
どうして文句を言うの?お願いしてるのはオレなのに?
「わかった。ありがとう、よろしくお願いします」
…みょ?
「了解、うんとビジンに撮ってやる」
「ビジン?誰が?」
に、と笑ったゾロ…なんだか不穏だ。
なぜか胸がドキドキし始める。
…ゾロ、何を考えてるんだろうね?
「オマエ。あぁ、そういえばオマエはしらないか。おれは相当な面食いだぞ?」
「…へぇ?」
「一番わかりやすいだろう、」
「ビジンを選ぶってことが???」
「そう、どうせ選ぶならカンタンな方が良い」
「ゾロはハンサムだから、オンナノヒトも喜んだでしょう?」
そうだよねえ、こんなにステキな人なんだからねえ。
さらん、と頬を撫でられた。
「さぁな?どうせ中身は一緒だ」
…あ。
…前にジョーンが言ってた言葉だ。
…うわ。ゾロの言葉だったんだぁ…!
でも、いろんな人がいるのに。ゾロにはみんな一緒だったのかなぁ?
オレが知ってる限り。みんな個々の個性を持った人たちだったんだけどなあ?
…そういえば。ゾロにはステディなカノジョ、っていなかったのかなぁ?
居ても…困るけど。
…うん。
困る。
…ゾロが、子作りをしなきゃいけない、とか。
仕事の関係で、とか。
ちょっと気分転換、だったら……ガマン、できるかなぁ?
…とりあえず、するけど…。
ほんとは…いや、だなぁ…。
あ。
なんか…もやもやってしてる、胸の中。
むぅ?なんか…きゅう、って痛いぞ?
なんでだろ?…病気、とか?…いやまさかなぁ?
あ、なんか、うわ、想像しただけでヤな気分。
ヤな気分…って、あれ…なんで…?
「サンジ」
優しい声が不意に意識に滑り込んできて、ゾロを見上げた。
…あ、視界ぼやけてる。
…え?なんで涙が零れそうなんだろ?
…んあ…なんで?
「また勝手に暴走したな?オマエ」
ぱしぱし、と瞬きをして、どうにか涙を抑える。
くぅ、と喉が痛くなる。
目許、ゆっくりと口付けられて、そうっと目を閉じた。
「ゾロ…」
んんあ、ダメだ。なんか、どうして?本当に泣けてきそうなんだけど?
でも、デモ。
オレは全部ゾロにあげるって言ったけど。
ゾロはそれはできないって言ってたから。
オレは…望んじゃいけないよね?
黙ってたほうが、いいんだよねぇ?
オレだけに、して、って。
言っちゃ…ダメだよねえ?
「サンジ、あのなぁ、」
涙でウルウルしているオレに呆れたみたいな、ゾロの声。
…あう。オレだって泣きたくて泣いてるんじゃないんだよう。
「…ふぇ」
「へたれた顔するな、って前に言っただろう?」
「ごめ…でも、なんでか…わか、ない…だよぉ」
「おれはな、」
「ン」
「バカネコを2匹飼うヒマなんかないぞ」
こて、と額を小突かれた。
「…はぅ?」
バカネコ2匹って?
そう思っていたら、1匹でもコトだってのに、って。小さく笑ってた。
「それに、オマエが言ったんだろう。オマエのコピーなんかいない、って」
「うん、オレのコピーはいない」
それは理論に裏打ちされた回答。
「じゃあシケタツラ曝すな」
「…あぅ」
ぐい、と零れそうな涙を拭いた。
「あぅ、じゃねえ。"はい"だろ?」
に、って笑ったゾロの首に齧り付いた。
「ゾ、ロ」
ぎゅうう、と力いっぱい抱きつく。
「オレだけ…?」
オレだけで、いいの?
「だから。もう一人居たらハナシは別だけどな?」
「オレだけが特別?」
くく、とゾロが笑ってた。
…こんなことで泣いちゃうようじゃ、ダメなんだろうか?
うう、強くなんなきゃ。
頑張んなきゃ。
「あぁ、よく覚えておけ」
「…ハイ」
「―――上等」
スキだよ、ほんとに、どうしたらいいのか、わかんないくらい。
ぐ、と抱きしめられて、息を吐いた。
「アナタがスキ」
とてもとてもスキ。
何度言っても、足りないくらい。
低い、落とされ気味の声が、あぁ、って言っていた。
「オマエも諦めろ、捕まえられちまったんだから」
「…うん。オレ、アナタ以外はイラナイ」
アナタに、オレの全部をあげるから。
「全部、ぜんぶ、あげるから」
「あぁ、寄越せ」
「うん」
埋めていたゾロの首元から、顔を上げて。ゾロの目を見上げた。
きゅう、と胸が鳴った。
笑ってみる。
「フン、」
にかり、とゾロが笑った。
「ダイスキ」
ゾロの頬に手を当ててみた。
オトナの輪郭、端整な男の。
すい、と片眉が跳ね上がっていた。
そうっと唇を押し当てる。
誓約、サインの代わりにキスで封をする。
ゾロの大きな手、す、と項を滑っていった。
く、と唇が開かれて、口付けが深くなる。
「…ん」
溜め息にも似た吐息、零して。
くう、っとゾロの首に回した腕の力を増した。
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