泣き止めさせるのには、どうにか成功した。
睫の縁に引っかかる涙を。ごしごしと掌でサンジが擦っていた。
「擦るな、って」
手首を捕まえて。変なところが雑だな、オマエは、と言えばサンジが音がしそうな勢いで瞬きをしていた。
構わずに抱き込んで、ソファに身体を落ち着かせ。

我ながら驚くほどに優し気なコトバが聞こえた、おれの声で。
おまえが多分、さっき抱え込んだ感情は、恐らく誰もが持っているものだ、と。
嫉妬っていうんだ、知っているかと続けた。
「…ジェラシー?」
すこし、あわせられていたサンジの視線が漂い、納得したように、こくんと頷いていた。
「すごいヤな気分になった、」
ぽつりと呟きが零れ落ちる。

さらさらと流れるような髪を指で掬い上げた。
「そんなものをぶつけられたなら、速攻で切り捨ててたけどな」
アタマを引き寄せた。
「…?」
柔らかく身体を預けてくる。
「そういった兆しが見えた段階で、いままでは」
けれどオマエからなら仕方ない、引き受けてやるさ、と。
じい、っと見上げてくる瞳を見下ろして、言っていた。
「…こんなに身勝手な感情なのに…?」
「オマエもヒトだった、ってことだろう」
からかい混じりにコトバに乗せる。
「…そっかぁ」
「あぁ。初めて尽くしでおれもまぁ、……役得か?」
ふわりと笑いかけられて、にやりと笑って返した。
「…全部、アナタにあげられて、ウレシイ」
「オマエも忙しいな、まったく。」
頬に唇で触れながら、コトバにのせる。

漸くいつものふにゃけた笑い顔が戻った。
まあ、こうなったらもののついでだ。あまやかしてやっても別にいいか。
す、と背中ごと抱きしめて。
「リクエスト、言ってみろ。聞いてやるから」
「…なんでもいいの?」
「あぁ。仰せの通りに、サンジ殿」
「…じゃあ。歌、歌って?オレ、アナタの声、とてもスキ」

歌。
すい、と記憶の軸がぶれる。ガキ、ジョーン。
そういえば、アレは。何かって言うと歌ってやがったか。
「なんだよ、国家でも歌うのか?」
「…アナタが国家に忠誠を持ってるなんて思えない」
コドモじみた仕種で。唇に口付けられた。
「アナタは王様だってこと、ちゃんと知ってるから」
くすん、と目を伏せてサンジが小さく笑い声をたてていた。
返事のかわりに、そっと耳もとに口付けた。

ネコの機嫌が上向いてきているのが、嬉しそうに僅かに身を竦める様子で伝わる。
自分の中の感情に戸惑う。多分、オマエ以上に現におれが。
いまも。

あぁ、まるっきり、―――アレだな。
熱病。
ふ、と繋がった。
What a lovely way to burn、皮肉めいて思う。
あぁ、まるっきり。この通りだ。
子守唄には少しばかりそぐわないが、いまの状況にはうってつけだ。
古い、ラブソング。笑えてくる。

Never know how much I love you, Never know how much I care
When you put your arms around me I get a fever that's so hard to bear

音に乗せる。
低く。

You give me fever when you kiss me Fever when you hold me tight 
Fever in the morning Fever all through the night.

Sun lights up the daytime Moon lights up the night
I light up when you call my name And you know I'm gonna treat you right

歌いながら、笑い出したくなった。
ふわふわと笑みを浮かべているらしい気配が伝わる。腕のなかのサンジから。

Romeo loved Juliet Juliet she felt the same
When he put his arms around her He said 'Julie, baby, you're my flame
Thou giv-est fever when we kisseth 
Fever with the flaming youth Fever I'm afire Fever yea I burn for sooth'

Now you've listened to my story Here's the point that I have made
Cats were born to give chicks fever
Be it Fahrenheit or centigrade They give you fever when you kiss them
Fever if you live and learn Fever till you sizzle
What a lovely way to burn What a lovely way to burn

熱に浮かされて燃え尽きる、悪くないじゃないか、
あぁ、これじゃあまるっきりリカルドのロマンティシズムと大差ないな。
柔らかに身体を預けられたまま、腕に抱いたままリフレインを落としていく。囁きにまで。
ゆっくりと髪に口付けた。
カタチの良い尖ったハナサキが首筋に何度も押し当てられて、低く笑った。
サンジ、オマエ。どこまでネコなんだよ……?

音が消えてからも、腕を緩めずに抱いていた。
サンジの動くたびに頬にあたる髪の感触や、僅かに変化する線を感じながら。
何度か頬を寄せ、ハナサキを押し付けてきて。コトバにしきれない感情を分け与えられる。オマエから。
黙ったままで、何かを分け合う。
窓から、屋根から。雨音が響いてきていた。

やがてくたりと全身があずけられて。サンジがどうやら寝入ったらしいと知った。
抱き上げて、大人しく。抱き合って眠るか?
――――悪くない、雨の夜の過ごし方だ。




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