たくさん買物をした。
服をイロイロ選んで。買ったものも、買わなかったものも。いろいろ見たりして。
いろんな服が、ジョーンに似合うことがわかった。
なんか、かっこいいなぁ、なんて思ってたら、ついつい荷物がいっぱいになってしまった。
こんなに一遍に服を買ったのは、初めてかもしれない。
一度、車に荷物を仕舞いに行くことにした。
こんな大荷物では、動き辛いし。それに、ジョーンが疲れているみたいに見えた。
いくら痣と一時的記憶障害だけが事故での怪我とはいえ、やはり身体が疲れているのだろう。
それに、なんだか記憶の節々が戻ってきているみたいで。思いがけず、負担になっているのかもしれない。
荷物を車に仕舞って。ジョーンを見遣った。
「ねぇ、ジョーン。モールの中の店のどこかで、ランチ食べる?」
鼻歌を歌っているジョーンに訊いた。疲れてはいても、元気みたいだ。
「ランチ?」
「それとも、ハイウェイ沿いの店にする?」
うん、と頷きながら訊いた。
「テイクアウトして、車で食べるっていうのもありだね」
「ピクニックだ、」
ジョーンがにっこりとした。
「ピクニックがいい?じゃあ、ミード湖まで行く?」
「外はでもアツイよね?」
うん、外は暑いよ、と応えた。
キライじゃないけど。慣れていないと辛い暑さかもしれない。
ジョーンが眉根を寄せて、真剣な顔で悩んでいる。なんだかかわいい。
「ピクニックか…でも暑いんだよね、レストランは、普通だし。モールではランチも食べられるんだ?」
「うん。ランチをカフェで食べるとか。ファーストフードでもいいよ?」
「ファストフードは怒られちゃうなあ、」
バーガーキング、ケンタッキー、マクドナルド。ジャック・イン・ザ・ボックスは、ここら辺にはないけれど。
「怒られる?誰に?」
ぽそっと呟いたジョーンを見上げる。
ああ、タコベルもあるっけ。
「んー?ペル。うるさいんだよね」
「ペル?」
…言っちゃって、いいかなぁ?
「うん、あれはだめこれはだめ、ってうっるさいんだあ」
ペルさんは、今日ここにはいないよ、って。
「そうなんだ。あんまり健康的とはいえないけどね」
ううん、やめておこう。ペルさんだって、ジョーンの健康を思ってのことだし。
「あのオイルべたべたがオイシイノニネェ」
あ、にかって笑った。
「そうなんだよねぇ。明らかに身体に悪そうなのに、美味しいんだよねぇ」
ついつい言ってしまった。あ、策略に乗っちゃったかなぁ?
「そうそう。ねえ、サンジ?」
「あ、ハイ?」
にかりと笑ったジョーンを見上げる。
「うんっと美味しいレストランには今度ドレスアップして連れて行ってあげるからさ?きょうはー。オイルでべったべたの
バーガーと、オニオンリングとシェークのLサイズ!!」
「…じゃあ、バーガーキング、かな?」
バーガーとオニオンリングとシェークがあるのは、バーガーキングだけだよねぇ。
「じゃあ、オニオン抜きにして、マヨネーズは少な目がいいかな、」
ぼくいまなら口が大きいから食べやすいねえ!ってジョーンが大喜びしていた。
「でもさぁ、オニオンいっぱい入ってたほうが美味しいんだよねぇ」
「う?ちょっと苦いよ?」
車の荷物を、外から見えないようにトランクのシェードをかけて、カギをかけた。
「その苦いのが、美味しいんだよう」
「オトナだねえ、」
感心した口調のジョーンに笑いかけた。
「ちっちゃい頃は、やっぱりニガテだったけどね。最近は、ハラペーニョがとてもおいしく思えるんだ」
下に戻ろう?ってジェスチャーで示した。
「ふうん?サンジはお酒は?」
「お酒?一人だと呑まないけど、師匠とかとは、たまに朝まで飲んでるよ」
「師匠?」
頷いて付いてきたジョーンと、また階下に戻るエレベーターに乗った。
ジョーンの眉根がぎゅ、と寄った。
「ウン。メディスン・マンだよ。師事してるんだ」
「シャーマンのこと?」
レジデンスの人なんだ。そう呟いて、うん、と頷いた。
「そう。薬の作り方とか、空の読み方とか習ってる」
ジョーンが何かを言いかけて、口を噤んだ。
なんだろう?
エレベーターが開いて、ジョーンを促してフロアに出た。
ここは、食べ物屋が建ち並ぶ一角だ。
油の香ばしい匂いだとかが、そこら一体に広がっていて。
ジョーンが突如、元気になった。お腹、空いてるよねぇ。
もうすぐ1時半だし。
人込みの中、ジョーンが耳元に口を寄せて。すごいね、って呟くように言った。
「目移りしちゃうよね。こんだけ色々あると」
ジョーンを見上げて言った。
もうどの角度で首を上げれば、まっすぐカレの眼を見れるかを、覚えてしまっている。
キレイな翠の双眸が見れないのが、残念だ。
「サンデーマーケットみたいだ」
ジョーンが言って。
「あはは!この建物はいつもそうだよ!」
笑って応えた。
目当てのバーガー屋は、もうさほど込んでいなくて。
「それで、ジャンクフード・パラダイス」
レジの前で人が数人づつ並んでいるだけだ。
ニッと笑ったジョーンに、笑い返して。
「たまにはいいよ、ジャンクフードも。いつも食べているものの美味しさに気付くし」
なんだかカッコよくて、思わず見惚れそうになったけれど。思った言葉を口にできた。
「じゃあ、ジョーン。並ぼうか?」
「はい、」
近くの列に並んだ。順番はすぐにやってきた。
「ジョーン、好きなものをどうぞ?」
どこのファースト・フード店でも訊かれることに答え、店内で食べることを言って。ジョーンを見た。
「ワッパーにチャレンジする?一個で足りるかなぁ?」
「じゃ、あ。ダブルワッパーのレスマヨ、ノーオニオン、ヴァニラシェ―クのLとオニオンリング2つとコーラのL。こんなもん?」
「それ、一人で食べ切れる?」
「もちろん」
「おっけい。すごいね」
に、と笑ったジョーンに笑いかけて。
「じゃあね、オレは、チキン・サンドウィッチと、フライドポテトのL、それと、スプライトのLをお願いします」
店員が朗らかに笑って、オーダーを繰り返した。オーダーが揃うまでの間、キャッシュで代金を支払って。
ささっと店員が用意しているのを、感心して見守る。
隣でジョーンが小さな声で歌を歌っていて。なんだか、待ち時間すら楽しい。
ありがとうございました、またのご利用を、と微笑み付きで送り出してくれた店員に笑いかけて。
「ほら、ジョーン、持って」
先を促した。
「はーい、」
「ノン・スモーキング・エリア、空いてそう?」
「あ、そうか。サンジタバコすわないんだよね?」
「吸えなくもないけど、嗜好にはなってないよ」
たまに、師匠のところでとても原始的なパイプタバコを吸うこともあるけどね、と続けて。
「ネィティブの人がタバコ発見してるんだよね、たしか?」
窓辺の方の席、空いてるよって示されて、二人でそっちに向かった。
「うん。ネイティヴの人たちが最初だね。アメリカスのネイティヴたちは、いろんな形で繋がっているんだよ」
「ぼくもパイプタバコ吸ってみたいよ、だめ?」
小さめのテーブルに、トレイを二つ置くと。それだけでいっぱいになってしまう。
ジョーン、足長いから、多分くっ付いちゃうね、なんて一人でこっそりと笑って。
「ジョーン、アナタいくつなの?」
「ぼく?」
ぱくん、とオニオンリングを口に放り込んだジョーンの目が、きょん、と見詰めてきた。
「そう。ジョーン」
身体じゃなくて、アナタが。
「うううん・・・・・・・」
そう続けると、気にしたことがなかったのか、考え込んでしまった。
「大体でいいんだけどね?」
「10歳の頃には、もうエースはいなかったから。それより前だネ」
そう言ってから、なんでもないことのように、コーラを飲んだ。
ちくん、て胸が痛くなった。
「じゃあ、ダメ。オトナになってから」
蓋を開けて、直接飲んで。
終いには氷をガジガジしだしたジョーンに、ポテトを一個差し出した。
「変わりにポテト、どう?」
「でもさあ?ぼくもうオトナじゃない、おっきいよ?」
「でも、ダメ」
ありがとうって言ったジョーンが、手を伸ばしてきた。
「ぱくん、ってしていいのに」
笑いかけると。
「くちびるしょっぱくなるでしょ、」
「その塩を舐めるのが、美味しいと思わない?」
ジョーンが笑ってた。
「ほら、あーん」
「イタダキマス。」
サングラスを、すい、と取った。
深い南の海みたいな翠の眼が、柔らかく笑ってた。そして、あむっと齧りついて。
「…よかったら、もっと食べてね」
なんだか照れてしまうよ。
指についた塩を舐めて、チキンサンドのラッピングを開いた。
「あ、」
フツウの安い塩なのに、なんだか甘かった。
「…どうしたの?」
「ゆびー、」
「指?」
チキンサンドから片手を離して、それを見た。
どうしたんだろう?ジョーンがむぅ、としていた。
「それたべようと思ってたのに。ずるいなぁ」
…はい?
食べるって、オレの指?
「しょっぱいやつ。だっておいしいんでしょ?」
「ジョーン、そういうのはここではチョット…」
うん、まさか、ジョーン10歳以下だっていうし、そんな意味はないと思うんだけど…。
なんで、ってにこにこになったジョーンに、なんて説明すればいいんだろう?
「…あのね。オトナになったらね?そういうことをするのは、恋人同士か夫婦だけなんだよ?」
小声で、ワッパーの包みを開いているジョーンに言った。
…どうしよう、オレ、赤くなってないかなぁ?
「そうなの?」
「うん。そうみたい。昔、アニキに教えてもらった」
つられて小声になったジョーンに、頷いた。
「じゃあさ、ええと。キスは?」
…なんでだろう、喉渇いたなぁ。
一口スプライトを呑もうとしてたら、なんだかすごい質問が飛んできた。
「サンジ?ぼくもうサンジにキスしちゃダメなの?」
「…ええとね?それはいろんなケースがあるみたい」
確かセトは。好きなヒトには、キスしてもいいよ、って言ってた。
「アニキは、スキなヒトにはしていいって言ってたから、多分大丈夫。だけど、場所と時を考えなさい、とも言われた」
「プリンシパルに?」
確か、エエト。『オマエ、見た目がキレイちゃんだから、考えてやれよ?』だった気がする。
「うん、そう。セト」
応えて、スプライトを飲んだ。
むうん、ってジョーンが考え込んでいるのを見ながら、チキンサンドを齧った。
「難しいねえ?」
「…うん。難しいよねぇ。アニキは、オレが見た目はキレイちゃんだから、って言ってたけど。オレにはよくわかんないし」
ポテトを放り込んだ。
しょっぱくて、油でサクサクしてて美味しい。
ジョーンは大きなワッパーを片手で掴んで、ぱくんって齧っている。
「じゃあさあ、たとえば?」
ごくん。
「…たとえば?」
ジュースを一口。
「うん、たとえば。指についたお塩は舐めたらダメなんだよね、こいびとやふうふじゃないと。」
炭酸がシュワシュワしていて、くすぐったい。
「うん、そうみたい」
もう一口。人工的なフレーヴァを楽しむ。
「でもさあ?いまさ?くちびるもしょっぱいでしょう?それをスキだからって舐めたらやっぱりダメなんだ?
でもそれってキスだよね?」
「…うん。ダメみたい」
「でも、だめなんだ、ふん」
3年くらい前。ヴェイルのハンバーガーショップで、セトの指を舐めたら。一瞬周りが騒然となった。
なんでだか、ちっともわからなかったけど。セトは机に突っ伏して、大笑いしてたっけ。
「めんどくさい。」
ダメだよ、そういうのは特別なヒトのためにとっておかなきゃって。
「なんか。誤解されちゃう、って言ってた」
あらぬ関係だって、誤解されちゃうでしょう?
オマエ、スキなオンナノコにも、振られちゃうよ、今みたいなことを誰にでもしてたら。
「アニキがね?特別なヒトのためにだけ、って言ってた。なんかそれは、スペシャルテクだから、とっておけって。
よく意味、わかんないんだけどね?」
じっとジョーンが聴いている。けれど、手の中のワッパーは、もう半分もない。
「でもぼく、ほかのひとの指はたべたくないなあ、アイスがついてても」
ぱくんってもう殆ど食べ終えてしまった、ジョーン。
「…じゃあ、ウチ帰ったら、食べてみる?」
「あ、手、べたべただ。」
ナプキンを手渡した。見上げたら、ジョーンが。に、って笑ってた。
「食べていいよ?」
手を差し出された。
「…食べてみたいけど。大騒ぎになりそうな気がするから、やめとく」
ああ、どうしよう。なんか、真っ赤になっちゃったよう。
慌ててスプライトを飲んだ。
ジョーンがすいって、片眉を跳ね上げた。
「ちぇ。ざーんねん、」
眼をあわせたまま、ゆっくりと小声で言われた。
ますます、顔に血が昇った気がする。
「だいすきだから、いいのに」
ああ、なんで、こんなに胸がドキドキするんだろう?
「…じゃあ、あとで食べさせて?」
「内緒だね?ぼくもウチで食べよう」
ジョーンが嬉しそうに、眼だけで笑った。
「うん。ナイショ」
「ハハッ」
それが醍醐味ダロ、って。セトの声がした。
ジョーンが本当に嬉しそうに笑って。とん、ってテーブルの下。
膝が当たった。ジョーンの、足先。
…なんだか益々、赤くなってしまった気がした。
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