どうにかこうにか、ランチを食べ終えた。
…ジョーンの年齢、本当に10歳以下なのかなぁ?
なんだか、時々とても…オトコっぽいし。うーん。
モールのお手洗いで手を並んで洗って。それから、パーキングに戻った。
「これからキングマンにあるスーパーマーケットに寄ってから帰るからね?そこでアイス買って帰ろう?」
「ヴァニラ!」
車のカギを開けて乗り込みながら、ジョーンに言ったら。
即答が帰ってきた。眼がきらんって光って。ぎゅううう、って腕の中、抱きしめられてた。
「ヴァニラでいいの?チョコチップとか、ミントとかじゃなくて?」
乗り込もうとした姿勢のまま、背中越しに腕を回されて。首筋が、なんだか熱くなった。
エスプレッソにはヴァニラ、って、嬉しそうに言ってる。
「パイントで足りるかなぁ?」
ポンポン、と腕を叩いて。乗って、と囁いた。
「いちばんおっきいサイズね、」
「一番大きいの…おっけい。わかった。けど、せっかくだから、美味しいの、買って帰ろうね」
もう一度、腕にぎゅううと力が入って。するん、って腕が離れていって、なんでだか、もっとぎゅうっとされたいなぁ、なんて
思っている自分に気付いた。
早足で助手席側に回ってきたジョーンが、車に乗り込んだのを確かめて、ドアのロックをかけた。

車をスタートさせた。
ミラーを見て、後ろのウィンドウに向き直って、リバースで車を出した。
「ふふん。なんにも轢いてないね?」
ラジオのスウィッチを入れると。
エルビス・プレスリーとナントカの曲が流れていた。最近流行の、リミックスのヤツ。
にこお、って笑ったジョーンに。
「もし轢いてたら、感触でわかるよう」
ワザと眉根を顰めてみせた。
そう、アナタを轢いちゃったとき。心臓が跳んだんだから。
ひゃははは、ってジョーンが笑って。

「あ、眼鏡ちゃんとかけてね?」
パーキングを出る前に言った。
「外、恐ろしく眩しいよ。いままで建物の中にいたからね。眼にキツい」
「Yes, Pretty Sugar,」
「…シュガー?プリティー?…ああ!エルヴィスだね!!」
ジョーンがケタケタと笑った。
「ベイビイ、その通りなんだよ!」
この辺は、年相応なんだけどなぁ?って、ベイビィ?
あ、もしかして。
「エースさんの、口癖だったり、とか?」
街中を通り抜ける。開け放したウィンドウから、熱くなった風が入ってくる。
ジョーンがふふん、って笑って。
「そう」
嬉しそうに言った。

赤信号。隣のメルセデスのオープンに乗ったオンナノコが二人、手を振ってきた。
…知り合いじゃないよねぇ?とりあえず、笑いかけて。
青信号で、置いていった。

95Sからハイウェイに乗って、インターチェンジで40に乗り換える。
ハイウェイに乗ってしまうと、本当に早い。キングマンまで、40分ほどのドライヴだ。
「Beautiful ladies, pretty babies, my heart rings alert at the red light」
隣でジョーンが、歌っていた。
聴いたことのない曲。けれど、低く甘い声がステキだ。
「Sorry ladies but I already have great ONE」
「Blonde tanned baby blue jean」
「…誰の曲?」
「んー?」

ひゃははは、ってジョーンは上機嫌だ。
眼がキラキラしているのを、横目で見た。
「Jean de C、」
「ジョーン・ドゥ・セ…ええ?ジョーン?」
シルバーのタグを引っ張っているのが、見えた。
「My baby blue jean, his name is my secret」
びっくりして、思わずジョーンの方を向きそうになった。
自分を叱咤して、道路から目を離さないようにして。
ゴキゲンで続けるジョーンの声を聴いてた。
「My first born unicorn, I love him a lot」
「Arizona baby said hallelujah, call out my name call and I came」
「Blue you so pretty, these smiling eyes sparkle like a mirror」
「Oh my baby blue jean,」
…もしかして、これは。
もしかしたり、しちゃうんだろうか。
胸がドキドキしている。
「…ジョーン、アナタ、歌手になるの?」
「How strong is my love, How wrong could it be?」

「なんで?ならないよー?」
「…ステキな声だよ」
にこにこ笑顔のジョーンに、ふにゃあ、って笑いかけた。
「サンジに歌ってあげてるんだ、他の人には歌わないよ?」
「オレだけの限定ライヴ?」
「いまのもね、サンジに作ってあげたんだ」
「そうなの?」
「うん、」
うあ、オレへのプレゼントだったの?
「…ありがとう。すごく、嬉しい」
にゃあ。どうしよう。
すっごくすっごく嬉しい。
「飛び上がって、ハグして。キスしたいくらいに嬉しい」
ああ、今運転中なんだよなぁ。
「ふふーん。クルマとめる?」
「…あはは!ハイウェイじゃあ停められないよう!!」
「ざんねんだなあ!」

窓の外。とっくに高いビルは見えなくなっていて。
低めの建物と、砂の風景が、交互に訪れる。もうすぐ、キングマンだ。
レーンを変えて、エグジットに向かう。出たところの、レッドライト。
ジョーンに向き直って、口付けた。
「ハグは後でね?」
にこおって、笑みが浮かんだ。
ジョーンはびっくりした顔をしていて。
ブルーライト、車を走らせる。
となりでやけに真剣な顔を、ジョーンがしていた。

「どうしたの、ジョーン?」
街中を、車で走り抜ける。もう少しで、郊外の大きなスーパーに出る。
「かなしくなった、」
「哀しい?どうして?」
「あんまりすきで。哀しくなった」
「…うん。時々、そんな気持ちになるよね」
「泳ぎすぎた後みたいだ、」
「…ステキな比喩だ」
笑いかけてみた。
けれど、ジョーンはきゅうと唇を噛み締めたままだ。
「だいすきだよ、」
とっても静かな声がした。

クラッチを握っていた右手を離し、一瞬ジョーンの手を握った。
すうって、とても静かになって。シートに凭れかかった。
ウィンカーを出して、マーケットのパーキングに入れた。
この時間、まだ混んでなくて。パーキングはほどよく空いていた。
パーキングにして、サイドブレーキを引いて。窓を閉めてから、エンジンを切った。
「ジョーン?」
ハグしたいから、こっちを向いて?
視線だけ、こっちを向いた。少し、オトナの目だ。
「着いたね、」
ジョーンの手、もう一回手にとった。
大きな手。
暖かい。
「うん。でも、買出しに行く前に。ハグさせて?」
元気を、分けてあげられるかなぁ?
「なんできくの、ぼくはあなたのなのに。」
くしゃんって、少し笑った。同じ様に、微笑んでみた。

「だって、アナタの身体に全部、手が届かないんだもん」
すいって、シートから身体が浮いた。
「もーちょっと。届かないよ、首までしか」
また少し、にこって笑ってくれた。オレも、アナタの笑顔のほうがスキだなぁ。
身を乗り出すように、ジョーンが向いた。
両腕、伸ばした。
捕まえた。
抱きしめる。
力いっぱい。

「…ダイスキだよ、ジョーン」
頬に、口付け。
アナタは特別なヒトになったから。
たくさんのキスをする。
大きな手、ゆっくりと伸ばされた。力をこめて、抱きしめられる。
片手は背中を滑っていって。もう片方、髪を撫でていた。
「…あとで指、食べさせてね?」
答えの代わり、頬に口付けられた。
嬉しくて、笑みが零れた。
唇の横にも、一つ、ふわんと。
「Say yes?」
ゆっくりと、笑う気配がした。
「Yes, my darling」
はむ、と耳元を甘噛みされた。
とてもジョーンのことが好きだなぁ、と思った。
そして、ジョーンが笑ってくれて、嬉しいなぁ、と。



サンジが。停めたパーキングで、抱きしめてくれた。
とても哀しくなったから。
温かい手とか。溶けちゃいそうな笑い顔とか。もうぼくには、だいすきすぎるものがたくさんありすぎて。
どうしていいかわからなくなった。それで、かなしくなった。
太陽が、すごい勢いで海へ落っこちていくのをみて、いつだったかエースが。
泣けちまうな、って。ぽつんと言ったことがあった。
拡げていた手を、ぎゅうっと握り込むみたいにしていた。
いまならわかるなあ、と思った。たぶん、とてもスキなひとがいたんだろう。
それで、哀しくなってたのかもしれない。

すきすぎて哀しいなんて、ひどいよ。
サンジに言いたかった。
サンジの手は、とても温かいのに。唇だけが、ちょっと冷たい。
頬にキスされて、よけいに哀しくなった。

だいすきだよ、って。とてもステキな言葉なんだけど、
おんなじくらいに、痛いんだなあ、って思った。
それでも、うれしくて。抱きしめた。
オトナの身体は、大きいんだ。肩越しに、思った。
腕をまわして、それでも片方の手は。サンジの髪に触っていられる。
なんでだろう。心臓の奥が痛い。
サンジ、ってうんと小さな声で。髪に顔埋めるみたいにして呼んだ。
そうしたら、あとで指食べさせてね、って。サンジが少し不思議な声で言った。
頬にキスした。
ふわん、ってまたサンジがわらって。
唇の横にキスした。
ぼくのあったかいの、うつればいいのに。

そうしたら、Say yes?って。
もう半分空が暗いのに、サンジの眼がきらきらってした。
それで、思い出したんだ。あさ、ぼくたちのした約束のこと。
ぼくは、オーケー?のかわりに、Deal(取り引き)?って言った。
そうしたら、サンジは。
ノー、って。
Pledge(誓約する)、って。言ったんだ。

サンジ、ぼくね。
あなたは、いらないよってわらうかもしれないけど。
ぼくは、ずっと。
あなたのことを一番すきでいるから。
だから。ぜんぶの気持ちを込めて、Yes, darling。って言った。
ほんとうに、あなたのことだいすきだよ?
そう思ったら。
やっと、普通にわらえた。

サンジが、にこおってしたから。
ぼくもまたうれしくなって。なんだかどきどきして。
ぱくん、って耳のトコ。噛んじゃった。くすくすわらってるのが、伝わって。
ぎゅう、ってした。
ああ、なんだか。もう、哀しくないかもしれない。
好きなだけだ、よかったな。
だからもう一度、ぎゅううってした。うれしくって、なんだか溜め息がでた。
オトナって不思議だ。




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