暫く歩くと、後ろからププーとホーンの音がした。
振向くと、そこにはラブ・アシスタントで大学院生のアーチーが、車から手を振っていた。
「サンジ!久し振り!研究室に行くなら、乗っけてくよ!」
「アーチー?久し振りだねえ、元気そうでよかった!今、シェリントン教授のところに向かうところだったんだ」
「ああ、じゃあ乗って乗って!」
横付けされた車に乗り込む。

「ありがとう!」
アーチーに笑いかけると。まじまじ、と顔を覗き込まれた。
「…?」
なんだろう?何か付いてるのかなぁ?
「サンジ、もしかして、恋人できた?」
…あ。
ぐあ。
もしかして、バレバレな顔、してるのかな、オレ?
「ええとね…ウン」

まぁ、隠してもしょうがないし。
とりあえず、頷いてみた。
「………それはそれは。オメデトウ。で、年上?」
車を走り出させながら、アーチーが言った。
「うん。年上。ステキな人なんだ」
「そっかあ。サンジにステキな人だって言わせるなんて。ホントに相当、ステキな人なんだろうね」
アーチーが、ははって笑ってオレに言った。
「ウン。すごいね…ホントに、ステキな人なんだ」
「…ゴチソウサマ。ああ、サンジもオトナになったねえ」
ふ、と苦笑されてしまった。
あう…どっか対応間違ったかな、オレ?

「じゃあ、夏中、サンジはその人と?」
「ウン。そう。…ふふ」
ゾロとずっと一緒にいたんだよなあ。
あっという間にもう1ヶ月になるんだよね。
楽しい時はほんとうに早く過ぎていく。

「…あーあ。…オトコノコのサンジに言うのもなんだけどさ」
アーチーがしみじみと言う。
「うん?」
「…すごい、セクシーになったね」
「…そうなの?」
「うん。オレ、びっくりした」
アーチーがそう笑って、車を研究所の横に付けた。
「はい、到着。もう他の人には会ったの?」
「まだ。アーチーが最初なんだ」
「…じゃあ、それを役得とするかな、オレは。じゃあオレ、車停めてくるから。先に行ってろよ。教授、ラボにいるから」
「うん!ありがとう、アーチー!すごい助かった!」
「どういたしまして。それじゃあ、また会えたらね?」

くしゃ、とアーチーに頭を撫でられた。
笑って車を降りると、アーチーはそのまま走り去り。
オレは、研究所に向かう。
グランド・フロアに居たドミートリとディアナに手を挙げて、久し振り、と声を掛け合ってから、シェリントン教授のオフィスのドアをノックした。
入ってどうぞ、と声をかけられて、ドアを開けた。

初めてこのオフィスに入ったときから、変わらない雑多な空間が、オレを出迎える。
モニタに向かって、なにかを打ち込んでいた教授がクルリと振り返ったので、こんにちは、と声をかけた。
「サンジくん。随分と…元気そうだね?」
…教授、その間は何なんでしょう?
「ハイ、元気です。教授は相変わらず、お忙しそうで」
「うん、忙しいよ。今度、連名でレポート出すから」
ふんわりと笑って、座りなさい、とデスクの前の椅子を指差された。
「コーヒーかなにか、飲むなら勝手に淹れてね?」
「あ、いいです。教授は要りますか?」
「よくぞ訊いてくれた!淹れてもらえるとうれしい」

眼がねの下のノーマスカラの眼が、きゅ、と細まった。
笑って、バイトで訳した論文が入ったディスクを差し出した。
「じゃあ、その間にチェックしてくださいね?」
「ううん、サンジくん、仕事完璧だから、信頼してるけどね」
「本は本棚に戻しますか?」
「あ、ううん、そこに積んでおいて。後で使うから」
「わかりました」

教授がディスクに保存されたファイルを一個ずつ開いて確認していく間。
すっかり使うことに慣れた教授のコーヒーメーカでコーヒーを淹れた。
鞄の中から取り出した本を、指定された場所に置いて。
出来上がったコーヒーをカップに入れて、教授のデスクに置いた。
「夏休み、満喫してるみたいだね?」
「満喫してます。こんなに充実した夏休みは、オレ、初めてで」
「うんうん。しかもちゃんと仕事こなしてて、キミは偉い」
ざっと確認を終えたらしく、モニタからオレに視線を移して、にこりと笑った。

「じゃあ、いつもの口座に振り込んでおくから」
「わかりました」
「締め切り通りに持ってきてくれて、ほんといつも助かるよ。ありがとう」
「あ、じゃあ他の人はまだ?」
「まだまだ。まあ、早めに日付切ってるけどねえ」
ふう、と笑った教授に、それじゃまた何かあったら、と声をかけた。
「うん、またよろしく頼むね、サンジくん」
「はあい。それじゃあ、教授、残りの夏休み、良い日々を」
「おお。休めたらな?」

にかりと笑った教授に手を振って、オフィスを出た。
ミズ・マリエッタ・シェリントン教授。
新しい本が出るのはいつになるのかなあ?

丁度やってきたスクール内バスに乗って、図書館に向かう。
ドライヴァは、顔馴染のラシードで。
「おや!今年も一時帰郷かい?」
「うん、トモダチに会いに!」
そんな軽口を交わした。

「サンジ、背が伸びた?」
「うん?どうかなぁ?オレとしてはよくわかんないけど?」
「きっと伸びてるよ。ああ、それにしても。あの小さかったサンジが、またオトナになったものだねえ」
「だってオレ、18になったんだよ?」

「…そういうことにしておくか」
え?そういう意味じゃなかったの?
…………ま、いいか。

モーガン図書館の前で、バスを降りた。
司書のディオン、今日はシフトだって言ってたもんなあ?いるよねえ??
エントランスでIDを提示して、図書館の中に入る。
正面のカウンタの中、見慣れた姿があった。
何人かのオンナノコたちと、小声で話していた。
ううん、取り込み中かな?
でも、あんまりゾロを待たしたくないし。
いいや、ベルを鳴らしちゃえ。




next
back