チリン、と小さなベルの音に、ディオンが振り返った。
「サンジ!!!」
小さな声が、オレを呼んだ。
「ハァイ。本を返しに来たよ」
「オッケイ。この間、取り置きしておいた本、取って来るから。ちょっと待っててな?」
オンナノコたちにディオンが手を振って、奥の部屋へと入っていった。
もう一人の司書であるミセス・バルガーに返す本を渡した。
「元気そうだね?」
「はい、アナタも、ミセス・バルガー」
短く言葉を交わして、IDカードのバーコードで借りた本をクリアしてもらっている間に、ディオンが戻ってきた。
ミセス・バルガーからIDを受け取って、ディオンの前に戻る。

「はい。この本2冊でよかったんだよね?」
銀のフレームの向こう側から笑いかけてくるディオンに、笑顔で頷いた。
「それにしても、サンジ。キミ、やたら輝いてるヨ?」
ピッと電子音がして、バーコードを読ませていくディオンの一言。
「…え?」
「うん。キミ、激しい恋に落ちたね?なんて」
「…ええ!?」

…あうう。やっぱりオレ、バレバレ?
「…アレ?違うんだ?」
「ええとね、間違ってはいないんだけど。…でも、どうしてディオン、解ったの?」
「フフン。それはオレのヒミツで」
「…ぷっ。ディオンてば何を言って」
「…ああ、でも。サンジにそんな顔をさせる人ができるなんてなあ!」
「…ディオン!!」
「うん。できれば、オレがそんな顔をさせてみたかったなぁ…なんて、冗談だよ、サンジ」
にっこり、と大学で2番目にカッコイイって噂になるディオンが笑った。
「あはははは!笑えないよう!!」

「…サンジ」
「うん?」
「今度、デートしない?」
「アーカイヴ?」
「そう、サンジの探してる本、全部出して、って違うだろうが!」
ケラケラ、と笑った。
「相変わらずディフェンス高いなあ」
ふわ、とディオンが笑った。
「今はもっと高くしようと思ってる」

「うっわ!それじゃあオレが付け入る隙が無いじゃないか!」
「なぁに言ってるの、デートの約束が無かったことが無い人が」
「…ううん。引き換えてもいいんだけどなあ…?」
「またまた」
ディオンが差し出した本を鞄に仕舞った。
ディオンがカウンターから出てきて、さらん、とオレの頬を撫でた。

「……ホントにデート、だめ?」
「だぁめ」
ああ、もう。ディオンってばどこまでオレをからかうのが好きなんだろうなあ?
「…ちぇー」
むぎゅう、って抱きしめられた。
笑ってぽんぽん、と背中を叩いてみる。
「あーあ……サンジ、本気なんだ?」
「うん!」
「…そっか。よかったな」
「ウン。ありがとう」
「…じゃ、お祝い」
チュ、と頬にキスが降ってきた。
「早くディオンにも本命のカノジョができるといいねえ!」
ディオンの頬に、軽いキスを送る。

「……サンジ」
「うん?」
ぽんぽん、と頭を撫でられた。
「あんまりキレイになるなよ?」
「…はぁ?」
「気にすンな」
うう、気になる、けど。
「それじゃ、オレ行くね?」
「…またあのクォータ・バックのところか?」
「そう。ダンテと。あとサンドラにも会う」
「サンジの恋人って。オレの知ってる人?」
「ううん、違うよぉ」
…知らないと、思うけどなあ?

「…そっか。…うん、じゃあまた、休暇明けにな?」
「うん!またね」
エグジットまで見送られて。
バスストップに向かったら、また見慣れた車があった。
「ミッシェル!!」
「ハァイ!サンジ、ダァリン!!!」
中国系のミッシェルと、…あ、日系ペルー人のヒロだ。
「元気だった?」
ヒロとスペイン語で短く挨拶を交わしてから、ミッシェルに抱きしめられた。
むぎゅ、と柔らかな身体を抱きしめ返しながら、元気だったよ、と応えを返す。

「サンジ、またディオンに会ってたのか?」
ヒロに訊かれて、そうだよ、と応えた。ミッシェルとヒロが顔を見合わせた。
「…どうかしたの?」
「…うん、まぁ、サンジが気付いてないなら、何も言うことはないわ」
ミッシェルが苦笑して、ヒロが肩を竦めた。
「オレたち、これからコルベット・ホールに戻るところなんだ」
「あ。ほんと?サンドラ、そこにいるかな?」
「サンドラって?」
「あれ、ヒロ、知らない?サンドラ。コルベット・ホールに住んでる、頭のいい人」
ミッシェルにヒロが訊いて、彼女が応えていた。
…仲がいいなあ、二人って。
「ねえねえ、もしかしてさ?」
「なぁに?」
「二人って、恋人同士?」

一瞬の沈黙の後、ヒロとミッシェルはゲラゲラと笑い出した。
「…あれ?違ったの?」
「…うわあああ!オレ、同情するなあ!!」
「サンジ、ベイビィ!!!アタシたち、付き合って、もう2年経つのよ!?」
「…あらら」
……うわ。いままでそういうことに、ちっとも気が回らなかったからなぁ。
って。ヒロは誰に同情するんだろう?
「まあ、いいわ。乗ってって?ホールでいいんでしょ?」
「あ、うん。お願いします」
「おっけい。ヒロ、行こう?」
「わかった」

二人と笑って話しながら、学生寮の一つであるコルベット・ホールまで連れてきてもらった。
彼らはこれから友達を拾ってから、フォート・コリンズまで映画を観にいくらしい。
「あ、デートなんだ?」
「そうよ、ダブルデートよ」
ミッシェルに、ハグとキス。
ヒロとは握手を交わして。
「それじゃ、サンジのスィートハートの話は今度聞かせてね?」
最後にミッシェルにそう言われて、思わず咳き込んだ。

「サンジ、気にするなよ」
ヒロがゲラゲラと笑った。
顔見知りのマルガレータとサイモンが、オレと入れ替わるようにやってきた。
二人と、ハァイ、と声を交わして。
彼らが乗り込んで、ヒロが車をスタートさせていた。
…なるほど。彼らもカップルだったのか。わかんないもんだなぁ!
バイバイ、と見送って、それからホールに入った。


「ね、フィオナ。サンドラいる?」
「あ、ラウンジにいるわよ、サンジ」
「サンクス」
「どういたしまして」
顔見知りの子にサンドラの居場所を聞いた。
言われた通り、ラウンジに向かうと。
「…サンジ!!!!」
オレンジのウェーヴした髪をさらりと流した背の高いサンドラが。
オレを見つけるなり、飛び掛ってきた。
「うわあお。元気だね、サンドラ?」
「ベイビ!ほんとにサンジなの、アナタ?」

ハグ、そして頬にキス。
「そうだよ?…そんなにオレ、変わった?」
「変わったもなにも…すっごおおおいセクシー!!!」
ぎゅうううう、と抱きしめられる。
…その形容詞は…?
「うっわ…ほっぺたツヤツヤ、お目目ウルウル。少し痩せたわね…ああ、あと、背も伸びたのか!うわ、びっくり!!」
「…サンドラは、相変わらずだねえ?」
「まぁねえ。もう成長期終わってるからねえ!」

腕を取られて、ソファに座わらされる。
じい、っと顔を見つめられた。
「…サンドラ?」
「…ああ、サンジももう。オトナになっちゃったのねえ」
…ぶは。だからどうしてそうカンタンにバレちゃうの?
「もぅ…サンドラオネエチャンの目は誤魔化せないわよ?ベイビ、ほんっきで恋してるわね」
「…あう」
…オンナノコには勝てません。
ブリジッドやシャーロットたちといい。どうしてカノジョたちは、こうも解ってしまうんだろう?

「しかも」
「…しかも?」
いいセックスしてるでしょ?、そう耳元で囁かれて、思わず硬直。
「あら。重要なのよ?別に恥ずかしがることはないわ」
さらり、と髪を撫でられた。
…ううう、けど…けど…。
「…ハイハイ。ストレートに訊いてゴメンね?けど、ベイビ、目が違うわよ」
「…目?」
「そう。恋してるとね、目が違うのよ。一生懸命その人のこと見ようとして、見開くでしょ?結果、目が大きく開いて、
より多く光を反射して、キラキラになる…って、こんなレクチャはどうでもいいのよ」
「はぁ」

「…ああ、もう。いい恋して、幸せベイビなのね、サンジってば?」
「…ウン。すっごおおおおおい、幸せ」
ゾロを思い出して、思わずふにゃん、って笑っちゃった。
「………あああああ。いいわ、サンジならノロケようが弾けようが。かわいいから許しちゃう」
むぎゅうううう、と抱きしめられた。
「…アリガトウ」
「ベイビ…ああ、もう。で、その恋人はどうしたのよ?」
「ウン?うーんとね…」
「…あ。もしかして、一緒に来たの?…サンジったらやるわね?」
「…にゃあ」
「…コネコちゃんめ」

なでなで、と頭を撫でられた。
「わかったわよ。会わせろ、とか言わないから」
「…うん。サンドラ、ありがとう」
「…ベイビィ、ホントにオトナになったわねえ…!」
そうして5分ほど話をして、彼女の頼まれていたインディアン・ジュエリィを数点、鞄の中から出して渡した。
「代金」
「あ、大学始まってからでもいいよ?」
「そう?じゃあそうする」

ひゃああ、とまだ騒いでいるサンドラに、そろそろ行かないと、と告げると。
「これから自称・ビッグ・ブラザーに会いに行くの?」
「うん。これからダンテに会いに行く」
「あのアメフト・バカ。今日もプレシーズンで、練習よ、きっと」
「うん、グラウンドにいる、って言ってた」
「ベィビ、車は?」
「あ、向こうのパーキング」
「じゃあ送っていくわ」
「うん、そうしてもらえるとうれしい」




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