お安い御用よ。そう言って、車のカギを取りに行った彼女を待って、ホールのエントランスに立っていると。
「あ、サンジ」
声をかけられた。
「…タカフミ?」
「うん。そう。サンジ、もう戻ってるんだ?」

タカフミは日本人で。オレよりSAT数学の点数が良かった唯一の人だ。
「シェリントン教授に会いに」
「…ああ、そっか。バイトだね?」
「うん」
「今からヒマ?」
「今から、サンドラと一緒にフィールドに向かうところ」
「ああ…キミの保護者、ダンテ、だっけ?」
「そう」
「……オレも一緒に行ってイイ?」
こくん、と首を傾げたタカフミは。
大きな目で、オレを見ていた。

………あ、恋してる目、ってこういうんだ?
キラキラしてる、闇色の目を見た。
「うん。一緒に行こうよ」
そう応えると、ふわ、と笑って。
……オレも、こんな風に見えてるのかなあ?
そう思った時に。
「コラコラ。美少年二人で見詰め合ってるんじゃないの」
サンドラに声をかけられた。
「「誰が?」」
あ、声が重なった。
「…キミたち。もう少し、鏡とか見たほうがいいと思うよ?」
フー、とサンドラが溜め息を吐いた。
「あ、あのね、サンドラ。タカフミもフィールドに行きたいんだって」
「オッケイ。こうなったら二人でも三人でも。四人以上は乗れないけど、送ってってあげるわよ」
笑って振り返ったサンドラに連れられて、ホールを出た。

「…アンタたち。毛色、正反対なのに。めちゃくちゃソックリで笑えるわ」
車の中、サンドラのコメントに、タカフミと視線を合わせた。
ううん、似てるって……顔貌は全然違うんだけどなあ?
軽口を叩きながら、少し遠いところにあるフィールドで降ろしてもらった。
路上駐車を決め込んだサンドラと一緒に、アメリカン・フットボールのチームが練習をしている場所に歩いていく。
ゆっくりと近づいていくのに、選手たちが次々とこっちを見る。
…なんでだろう?

「…サンジ!!サンドラ!?]
クォータ・バックのダンテが。ストレッチを取りやめて、立ち上がってやってきた。
「タカフミも一緒よ」
なぜか自慢気なサンドラ。
「…?」
「サンジ、サンドラ、タカフミ?いらっしゃい」
コーチ…だと思う人が、にっこりと笑いかけてくれた。
ピッと笛の音がして、5分休憩だ、と告げられる。
途端、リトル・ベア並に身体ががっしりとした選手たちが、周りを取り囲むようにやってきた。

「…ああ、だめ。アンタタチ、汗臭い。もうちょっと離れててくんない?」
「…サンドラ。なんてことを言うんだ!」
ダンテが言うと、選手たちはそうだそうだ、と頷いて。
チームプレーもほどほどにしなさい、とサンドラに笑われていた。
ううん……仲がいいなあ?
「サンジ!元気そうだな!」
ダンテの大きな手が伸ばされて。むぎゅ、バンバン、頬にキス、がやってきた。
「ダンテも相変わらず。怪我は無い?」

サンドラと一緒に、一年生の頃からオレの保護者をしてくれているダンテは。
本当にオレにとってはもう一人のアニキのようで。
同じ様な挨拶を交わす。
そしたら、もっと大きな手がバンバン、とオレの背中を軽く叩いていった。
「イーライ、ジュリアン、リロイ、アリステア。ちゃんとストレッチ、やってる?」
やってるやってる、サンジ元気そうだな、また今度見本見せてな、とか。
色々声をかけられて、笑った。

ちらり、と視線の奥。タカフミが、オレの知らない選手と喋っていた。…ふうん。すごい柔らかな笑顔で笑ってるねえ。
「こらこら、オマエらもういいよ。あっちいけ」
笑って言ったダンテに、選手たちがゲラゲラと笑った。
「もう、ダンテってば、相変わらずサンジに首ったけねえ?」
「サンドラ、それは誤解だ。オレはサンジが心配でしょうがな……サンジ」
「…うん?」
…あ、これは気付かれたかな?
「…………………」
あ、何も言われない。
「…バッカねえ!なに言葉失ってるのよ。ダンテ」
バチン、とサンドラに背中を叩かれていた。

くす、と笑うと、ダンテはサンドラを一度見て。
それからオレに視線を戻した。
「………あのな?」
「なぁに、ダンテ?」
「…………いや」
「言いかけで止めるのや止しなさいよ」
「…サンドラ。オレは今。愛娘を嫁に出しちまってる父親の気分になっちまってるんだが」
漸く、といった風に口を開いたダンテの言葉。…あれれ?
「…愛娘?」
「あ、サンジ、悪い。うん、オマエがオトコだってことはよぉく知ってる。うん、けど、そうなんだよ」

………なんでムスメなんだろう?
「…ダンテ。アタシが保証する。アンタ、ほんといい父親になるわ」
サンドラがポンポン、とダンテの大きな背中を叩いていた。
ううん……よく理解できないんだけど?
「あの、ダンテ?」
「…サンジ。…キレイになったな」
「…バッカじゃないの、ダンテ!?アンタ、それじゃまるで!!!」
そこまで大声で言ったサンドラが声を落として。
ハナヨメのチチオヤじゃないのよ、と続けた。

「いや、だってなあ?他に思い当たんねェんだよ、コメント!」
「ああ、もう。アンタ、早いうちにプロ入ったほうがいいわよ。これ以上タックル食らって頭がさらにバカになるまえに」
なぜか呆れ口調のサンドラが、車に戻っていくのを。
ダンテと二人で顔を見合わせてから、見送った。
「…サンドラこそ、母親みたいだよな、サンジ」
「……さぁ?オレのマザーとはちょっと違うタイプだし」

「サンジ…なんか…よかったな?」
くしゃ、と頭を撫でられた。
「…やっぱりバレバレ?」
オレが見上げると、ダンテがうん、と頷いて。
「でも…なんか。サンジが頑張ってるって伝わる」
「…うん。オレがね…言ったんだ」
「…なんて?」
「Give me the chance to love you」
オレに愛するチャンスを下さい、って。

「…そっか」
ぽんぽん、と頭を撫でられた。
「勝機を見逃さないで、ガツン、って行ったんだな?」
「ウン」
「で、幸せなわけだ?」
「ウン」
「…オメデトウ」
「ありがとう」
笑ったら、ぎゅ、と抱きしめられた。
何も訊かずに祝ってくれる彼らは。本当にいい友達だ。

背後で、イーライが、ずるいぞぉ、って笑ってるのが聴こえた。
「…ばぁか。大事なサンジが、オトコになったんだよ」
ダンテが笑って、イーライを振り返った。
すると、サンドラに遠ざけられた4人が、あっという間にやってきた。
「…なんだよ、サンジ。すげえ…うん。いいカオしてる」
と、イーライ。
「…いい人ゲット、って顔だな?」
とジュリアンが笑って。
「恋してます、って顔じゃねェの?」
リロイがさらん、と言って。
「…なんにせよ。キレイでセクシーって評価以外は下せられないってとこがサンジらしいな」
アリステアが苦笑していた。

「みんなもいい顔してるよ?」
そう思ったとおりのことをいうと。
5人は顔をあわせて。
そりゃあ、愛するフットボール浸けになって、半月目だからな、とけろりと笑った。
ううん、そういうことじゃないような気がするんだけどなあ?

「あ、そうだ。ダンテ、今日は本を返しに来たんだった」
「お。サンキュ。あそこにいるリーリンに渡しておいてくれないか?」
ジャージ姿でこちらを見ていた女の子を指差した。
「うん。オッケイ。長い間、ありがとうね?」
「…それって本のことだよなあ?」
「なに言ってるの、ダンテ。アタリマエじゃない」
「…そうだよな?」
他にどんな意味があるんだろう?

ピリリリリ、と笛が鳴って。
「じゃあ、ホリディ明けに会おう」
そう口々に告げられて、手を振った。
練習に戻っていった彼らを横目に、チームの中のマネージングをしているらしい黒髪のオンナノコに、ダンテから
借りていた本を渡した。
……うん?この子も、頬がピンクで目がおっきいなあ。
……なんか、キラキラしてる。

「ダンテの本なんだけど、預かっておいて貰える?」
「もちろん。あの、サンジ、ですよね?」
「うん、それオレ」
「………すっごいキレイな人で、アタシびっくりです!!」
「……えと?」
「ああ、リーリン?このオバカちゃんはね、鏡の中のものが違って見える目を持ってるのよ」
戻ってきたサンドラが、ヘンなことを言っていた。
あっちのオバカちゃんもね、とタカフミを指差して、そう言っていた。そして、
「タカフミ。もう帰るよ!!」
そう大声で、グラウンドの脇で練習してるチームを見ていたタカフミを呼んだ。

「…あ、オレ、もう行くから。その本、ヨロシクお願いします」
「任せておいてください!!!!」
…うわあお。すごい意気込み。
「ありがとう」
とりあえず、笑顔を浮べて、カノジョにバイバイ、をした。
なぜかコーチまでオレに手を振ってくれて。
最後にはチーム全員で、オレとタカフミとサンドラにサヨナラを叫んでくれた。
………ヘンなの。

さぁて。ゾロのところに行かなきゃ。
待たしちゃったかな?
急がなきゃ。
…早くゾロに会いたいぞう。




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