近づいてくるガラスを多く使った建物があった。何メートルか先に。
アレがセンター、とヒナが言い。
後ろから同時にベルが鳴らされた。
くるりとヒナが振り向き。
「ポーラ、ハロウ!!」
腕を掴んだままで向き直るから、おれまで後ろを向く羽目になった。
「ハイ、」
「ポーラ、お風邪?」
「私はアナタとあったずっと最初からこの声よ」

ポーラ、と呼ばれた女がMTBから降りて笑っていた。
「それで?ヒナ、こちらは?」
「ヒナのダーリンよ」
「あぁら」
スクエアなアイウェアの奥から、きらりと真っ黒の瞳が笑いかけてきた。
「あぁ、名前も覚えてもらえない哀れなオトコだよ」
「私、ポーラよ。よろしく、」
差し出された右手に掻き傷があった。
「よろしく、ところで、ポーラ。失礼だが手に怪我をしているよ」

「ハニー、ポーラはヤギや羊がなにより好きなのよ」
「―――は?」
「ヒナ、何度言えばわかるの。私は獣医学をしてるの、何も家畜や農場が好きなわけじゃないわ」
ヴェットか。
―――――あぁ、それなら。サンジと知り合いの可能性大だな。
「あなたそれでどこへ行くの?」
「湖がアウターリミットにされたのよ、無礼でしょう?だからタバコを吸いにカフェに行くの、その後はヒナの部屋よ」

勝手に決めてるのか、この女は。
冗談交じりの口調で罪がないといえば、無いが。
「あら、やだ。私もいまからあそこで休憩しようと思ってたのに」
ポーラが髪を上げていたバンダナを解き。ウェーブした黒髪が長く落ちていった。
「ポーラ、よければ一緒に行かないか?」
「いいの?」
「両手に華といきたいもので」
「ヒナでジュウブン2輪分じゃない」
「華は多ければ多いほどいいだろ」
にぃいい、とまたヒナがわらった。

「ねぇ、ヒナ。この人本当にアナタの恋人なの」
左腕をポーラに取られた、が放っておく。
「フフ。ヒナ、頑張ろうかしら」
けらけらと言いながらわらっていた。
「あら、じゃあまだ本決まりじゃないのね」
「あぁ、試用期間らしいな」
「ジャッジは?」
「みゃあみゃあいうネコだな、きっと」
ポーラに返し。
リクリエーションセンターのガラス張りのロビーを抜け。
人目を集めてご満悦らしい美人二人と。[Ambience]とガラス板に書かれたカフェに入った。

「窓際よ」
ヒナが言った。
「信じられないでしょう、喫煙者が人扱いされているのよここは」
ポーラが付けたし、にやりと笑い。
テーブルに落ち着いた。
すう、とヒナがシガレットケースから細まきのシガーを取り出し。
「オイシイノニネェ、」
と目を細めた。

大学のカフェらしく、カウンターまでオーダーを取りに行くスタイルなのか、ポーラが立ったままで何を飲むのか聞いてきた。
「おれが行こう。オーダーは」
「アイリッシュ・コーヒー」
ヒナが言い。
「カフェ・ヴェローナ」
ポーラが言った。
「了解、」

アングラのいる場所にはあまり行かない、とヒナが言ったように中は随分とまだ10代の学生が目に付いた。
一々、固まらなくていいんだよお嬢さん、頭のなかで嘯く。
なにも取って喰いやしないから。
肩の辺り、目線が刺さってるな。まぁ、あのタウンよりよっぽどマシだから我慢するか、せいぜい。

自分用にはエスプレッソを持って、テーブルに戻れば。
いつのまにやられたのか、おれの座り位置は二人の間に変わっていた。
オーダーをそれぞれの前に置いてやり、ライターで煙草に火を点けた。
「ねえ、ダーリン」
ヒナが下から見上げてきた。
「だれと待ち合わせなの?」
「―――知り合い。送ってきてやったんだ」
「用事は終わるのかしら、もうすぐ?」
「ヒナ、残り時間の計算してるんじゃあないでしょうね、アナタ」
ポーラが腕を伸ばしてヒナの額を小突いていった。
「どうやらジャッジがいるらしいわよ」

す、と目線が投げられた。
「知り合い・イコール・ジャッジ、なのかしら?」
「さあ、」
エスプレッソを一口飲んだ。
「障害があるわけね、超えて見せるわ」
冗談なことが明らかな口調に、自然と笑みが零れた。
「イイオトコは私の前にくるまでにぜんぶ誰かに捕まってる、これはどういうことかしらねェ」
ポーラが片手を天に向かって差し伸ばし、くすくすとわらった。
「あら、ポーラ。アーチーはいかが?」

ふ、と名前が記憶に引っかかった。どこかで聞いたな―――。
見たのか、それとも?
「あぁ、私はね?獣クサイ男は好きだけど、獣の臭いのする男がすきなわけなじゃいの」
それにカレはちょっと大人しすぎるわ、ルックス的に、とポーラが高らかに笑いはじめたヒナに言っていた。
「ヴェットよりは、政策秘書向きねぇ」
――――ヴェット。
繋がった。
サンジのメールボックスにあった名前だ。
知り合い確定らしい、どうも。

ふ、と。
ヒナの声の後ろに、声が重なっていた。
「ねえねえエマライン!ちょっと聴いてよ!!アタシさっき図書館に行ったんだけどさぁ!」
「あ、またディオンの顔見に行ってたの、アンタ?」
図書館、たしかサンジも行くとか言っていたな。
「うっさいわね、いいでしょ?目の保養なんだから。ってそんなのどうでもいいんだけど!アタシ、すっごいイイモノ見ちゃった!!!」
「…ディオンの笑顔とか言ったら殺すわよ?」
「うん、まあソレもあったんだけど!違うのよ!ディオンったらディジーたち放っぽり出して!!すっごいキレイなオトコノコ、ナンパしてた!!!」
「…ええ?ドコで!?」
「図書館の貸し出しカウンターの前で!!!すっごいの、金髪に小麦色の肌で、すらっとしてて、めっちゃくちゃキレイなオトコノコ!!」
「ぎああ!うっそお!!まだいるかなあ!?」

―――――おい。
なにやってるんだ、あのバカは。

「ううん、なんだか急いでたみたいで、さっさと出て行ってたけど!!あのね、聴いてよ!」
「なによ?」
「セクシーな天使ってカンジだったの!!!」
「…ガセだったら絶交するわよ?」
「ウソじゃないって!!!」

ぐ、っと。
エスプレッソが喉奥で咽た。
サンジ、オマエ。えらい言われ様だぞ…?
急いでるらしいが。
せいぜい転ぶなよ?

ヒナとポーラが、じい、と見つめてきた。
「―――なにか?」
「"知り合い"?」
「さあ、」
カップに口をつけた。
「ポーラ、」
「なにかしら?」
「時間までいましょうね、ダーリンと私たち」
「あら。勿論よ」
「ビジンに御付き合いいただけて光栄だよ」

フフン、と「華」が豪華に笑みを浮かべた。
独りでに、流れていく思考につきあうより、よっぽど良い。
バカネコだか天使だかは、まだ用事が済まないらしいしな。





next
back