ゾロと待ち合わせたのは、ステューデント・リクリエーション・センタにあるカフェ。
CSUラムズの人たちとフィールドで別れてから、帰り道、サンドラが言ってきた。
「車、どこに置いたか言って。送ってあげるから」
「オレね?待ち合わせしてるんだ。だから…途中で降ろしてもらえると嬉しいんだけど」
そう言うと、サンドラとタカフミは、ミラー越しに視線を合わせて。
「「一緒に行く!!!」」
そう叫ばれてしまった。
…うああ…シャーロットたちの二の舞…?
「…来ても、フツウの人だよ?」
多分。
オレ、"フツウの人"の定義、わかんないけど。
「サンジ、ベイビィ。アナタの美意識は、信用しないことにしてるのよ」
「どうして?」
「まぁ、その天然っぷりがいいといえば、いいんだけどね?だけど」
「たまにはサンジもドレスアップしてみるといいよ。ジーンズとシャツだけじゃなくて。…すっごい似合ってるけど」
サンドラが言いかけて、タカフミが続けていた。
うんうん、とサンドラが頷いて。
「憧れの人は誰、って訊いて。その応えがレッドだっていうんだもん。信じらんないよ」
ぷう、と膨れっ面をしてみせた。
「え?レッドって誰?」
「狼だって。人じゃないじゃん、って。思いっきり突っ込み入れたかったわよ、ワタシは!!」
「だって。ホントにレッド、カッコよかったんだもん。狩りも上手だし、走る時なんか、もううっとりしちゃうのに」
「だから、そうじゃないってば。フツウはスポーツ選手とか、役者とか、歌手とか!なんだったら政治家だろうがデザイナだろうが何でもいいんだけど!ホモ・サピエンスの中から選ぶでしょうに!!」
「…興味ないから、全然知らないもん」
そんなこと言われたって。困るよオレ。全然誰も知らないもん。
「…サンジ、キミって。ホントにロッキーズの山で、育ったんだ?」
「うん。家で勉強してるか、スロープで滑ってるか。そうじゃないときは、ほとんど森の中にいたよ。狼たちと」
タカフミの問いに頷いた。
「こないだ、隣に住んでるおじさんが、プロスキーヤでランク1位だった人だってこと、始めて知ったもん」
「ふーん…純粋培養なんだね、サンジは」
「まぁ、この大学を選んだ理由は納得するけどねえ」
サンドラが笑った。
「ああ、サンジの運命の人って、どんな人なのかしら?益々気になるわ!!」
「ねえ、サンドラ。サンドラ、ばんばん飛ばして走ってるけど、どこに行けばいいのか解ってるの?」
「あ、そうよ。ほら、さっさと言いなさい、待ち合わせ場所!!大丈夫、どんな人だってサンジが選んだ人なんだから、とやかく口出しなんかしないわよ?」
………ほんとに?
「サンドラのそれって、時々信用できない」
タカフミがオレの代わりに笑って言った。
「あ、やっぱりそう?」
タカフミの優しい茶色の目を見た。
「あ、ヒドイわね、アンタタチ!それじゃあ天地天命、雨あられにかけて!!口出ししないって、誓うわ!!」
タカフミと笑いあった。
益々シンジランナイネ、って。
わぁわぁ言いながら、結局リクリエーション・センタの近くの駐車場に車を停めて。
そこから3人でカフェに向かうことになった。
Ambience、環境。さすが獣医学部もある大学のカフェのセンスだよねえ?
タカフミがそう言って笑った。
「というか、ここはナントカ・ホール、とか。名前がありすぎよ!慣れるまで、半年かかったわよ!!」
サンドラが憤慨していた。
「ボクは、関係のない建物は全然わかんないや」
「オレは一通り案内されたよ」
「…ああ、ディオン?」
「え、あのナンパ馬鹿司書!?」
「うん、ってサンドラ!すっごい形容詞だね、それ!!」
ケラケラと笑って、建物に入った。
………なぜか、建物中が、どこか賑やかだった。
元々、学生のための建物だけど…。
それはカフェに近づくにつれ、どんどんと大きくなっていった。
「…なにかしらね、コレ?」
「強盗かなんかあったのかな?」
……あ。もしかしたら、ゾロのせい…?
「違うわよ、タカフミ。どっか華やいでるもの…って、なんか。ハデなのが窓際にいるんだけど?」
「え?ドコ?…うっわ……役者かなんかかなぁ?」
「…それにしては、カメラも音声も誰もいないわよ、タカフミ?」
サンドラがそう言ってたけど。
目に飛び込んできたのは、とても長い髪のオンナノヒトが、ゾロの唇にキスしてたトコ。
………ナンデ?
「ねえねえ、それで誰と…サンジ?」
「あ、なに?」
「……サンジ、大丈夫?なんか、哀しそうだよ?」
「…うん、大丈夫」
大丈夫だと、思う。
笑ってみたけど…………ダメかもしんない。
「ああ、もう、ベイビィ、そこ座んなさい」
手前の椅子を、サンドラに引かれた。
「…サンドラ、それじゃ立場が逆でしょ?」
「今はそういうこと気にしてる場合じゃないでしょ、サンジ?」
「あ、なんか。カノジョ、頭叩かれてるよ?」
タカフミの声に、そうっと視線を上げる。その先で。
「ヒナ!御行儀が悪いわねェ」
ゾロが、なんだか親しげに、カノジョの額を指で小突いていた。
ポーラちゃん、嘆息ね、って聴こえた。
「…で?…ああもう、訊くまでもないわね、サンジ」
近くでサンドラの声。彼女を見上げると。
「ヒナが勝ったんだモノ。賞品はヒナのものだわ」
遠い場所で、"ヒナ"が賞品、とか言ってるのが聴こえた。
「誰が賞品だよ、フザケロ」
ゾロのからかい半分、呆れ半分の声。
…なんでだろう、胸がイタイ。
キスなんて…挨拶の内なのにねえ?
「09代目大統領の名前が言えなかったくせに」
けろけろ、とヒナが笑っていた。
す、とタカフミに肩を撫でられた。
目で、遊びだったみたいだよ?、って言っていた。
…タカフミには、解ってるのかなあ?
「サンジ、引き返すのなら今の内じゃないの?」
心配気なサンドラの声。
…サンドラも解ってる…?
「サンジなら、引く手数多で可能性が転がってるわよ?アタシとは違ってさぁ?」
首を振る。
ああ、なんだか。胸が痛すぎて、思考がマワラナイヨ?
「あのなぁ、ヒナ」
騒然としたカフェの中。ゾロの聴き慣れた声がよく響く。
「おれは、大事なモノ持ってるんだ、って言っただろう?」
…ふい、とゾロを見る。
………笑顔、だ。
「……サンジ、彼は真摯だと思うよ?」
タカフミの小さな囁き。
「うん…それは、信じてるんだ」
そう。疑っていない、ゾロがずっとオレにくれていた言葉の数々や、仕種や、愛情。
だったら、何が…ああ、オレ、ショック受けてたんだ?…何にショックを受けたんだろうねえ?
「みゃあみゃあ言うジャッジ?」
もう一人のオンナノヒト…あれは、たしかポーラ…?
「あぁ、そう」
ゾロの、声。…すごく優しい、声。
「…なんだか。あのオトコ、気に食わないわ」
サンドラの声。
「きっととんでもないタラシでロクデナシよ?」
プン、と怒ってる。
「優しくて、残酷なのよ、ああいう輩。酷いヤツよ」
きゅう、と抱きしめられた、サンドラに。
「…ああ、もう。どうして……言わない約束だったわね?」
サンドラが、耳元で言っていた。
「あら?ダーリン…?」
ヒナ、っていう人の声。
「あぁ、見つけた」
…ゾロの声、こちらに向かってくる。
サンドラの腕に抱かれたまま、ゾロが近づいてくる足音を聴いていた。
タカフミが、さら、とオレの腕を撫でてきた。
足音、近くで止まって、大きな手が、とさ、と頭の上に置かれた。
「なにしてるんだ?」
柔らかな、柔らかな、ゾロの声。
「恋のレッスンよね、サンジ」
サンドラが、オレの代わりに応えていた。
する、と腕が放される。
ゆっくりと、ゾロを見上げた。
す、とタカフミが、オレから離れた。
ああ、とゾロが気付いた風に、サングラスを取った。
優しい緑の瞳と、視線を合わせる。
「それで、成果は?」
………どうしよう。
にこり、とゾロが笑った。
「……あのね?思いがけず、胸が痛くなるってことを、知ったところ…」
さらさら、って髪を撫でられて、思わず笑みを浮べた。
…どうしよう。
やっぱり、オレ、とてもアナタがスキだ。ゾロ。
「あー、見てたのか?オマエ」
そのことを噛み締めるだけで、なんでこんなに泣けそうなんだろうねぇ?
に、としたゾロに、こくり、と頷いた。
「あの女とゲームはするなよ?えらくトリッキーだ」
ゲーム。うん、聴こえてたよ、ソレ。
理解してたけど…ああ、オレの知らないヒトと、キスしてるアナタがイヤだったんだ、オレ。
ちら、と後ろのテーブルに視線を投げたゾロのソレを追って、ヒナ、というヒトに視線を投げた。
…前に、シャーロットたちがキスしていたところを見ても、ちっとも気にならなかったのにね?
おかしいね、オレ。
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