「情熱的ね、ベイビイ」
目の端、サンドラがポーラに呼ばれて、向こうのテーブルに座った。
タカフミは、ココアのカップを持って、少し離れたところでオレたちを見ている。
「うん、だからゴメンね、ヒナ?」
きゅうう、とゾロごと、抱きしめられて。
「いいわ、じゃあヒナはほんとにプレシャスを仕舞うから」
彼女の頬にそうっと頬を押し当てた。
くくっとゾロが背後で笑っていた。
「仕舞われちゃうの?」
「ええ。ダーリンが次に来るまで外にださないわよぅ。檻並みよ」

「仕舞わなくていいですよ、ヒナ先輩」
けろけろ、と笑ってるヒナに、サンドラが笑って声をかけた。
「ヒナ、でいいわよ。なぁに、ジンジャーパイ?」
「そこの天然培養クン、自称アニキから番犬まで、取り揃えてるから」
ぷは、とタカフミが笑い出していた。
「あぁ、そいつら全部外して。ヒナにいっそ任せるかな」
「…え?それって誰のこと?」
ゾロと同時に質問を口にする。

「…え?…本気なの?」
と、なんだか本気が入り混じったゾロを横から見上げる。
ちゅ、と髪にキスが降ってきた。
うは!
ふんわり、と意識が蕩ける。
「ヒナには?」
「やらねぇよ」
ゾロが片腕を伸ばして、ヒナの額を小突いていた。
くすくす、と笑う。
ああ、でも。今ならアナタタチがキスしていても。
オレの胸はきゅうっと痛くはならない。

「ねえ、ヒナ?」
目の前の、キレイなヒトを見る。
「なあに?」
ふわん、と彼女が微笑んだ。
「ステキなヒトだね、ヒナは」
オレ、アナタをスキだと思う。ステキなヒトとして。
「プレシャスには、でも負けちゃったのよ、ヒナ。慰めて?」
「バカか、オマエは」
ゾロの呆れた声。ヒナに言ってるらしい。
笑った。
「失恋の元凶に慰めてもらおうなんざ、ムシが良すぎるぞ」

うあ。失恋だったの?しかも、…元凶、オレ?
ヒナ、ごめんね?
「だって。ヒナはいままで誰にも!破られたことなかったのよ」
「…なにを?」
破られる、っていうことは、記録かなんかだよね?
「ナンパ率!!」
「…ほぇ?」
「成功率、ってつけなきゃ意味通じないだろうが」
「あ〜あ…そうなんだ?」
ナンパ成功率。
…あにゃあ?
「ねえねえ、一つ訊いていいかなぁ?」
「なあに?」
「ナンパって、なあに?」
「ステキだなって思うヒトに声をかけて愉しいことするのよ」
ぶふっ、とタカフミがまた噴出していた。

「だから、ヒナ。素直におれに振られたのが初めてだ、って言えばすむことだろうが」
あーあ、とゾロはどこか疲れたような声を出した。
「…恋したの?」
「ええ。だってあなたのダーリン、ステキじゃない」
「ウン。とてもステキ。信じられないくらいにステキ」
ふふ、とヒナが笑っていて。
オレもつられて笑って応えた。
タカフミが、あーあ…すっごいなあ、って言いながら、ポーラとサンドラのテーブルに行っていた。
「ああもういいから」
そうゾロが言った。

ひょい、とゾロの片腕に抱き上げられた。床から数センチ。
そのままヒナも引き摺って、ポーラたちのいるテーブルに移動させられた。
ヒナは、あ〜れ〜、と大喜びしているみたいで。
「時代劇か、オマエは」
呆れ声のゾロ。
「着物、手配しましょうか?」
タカフミの声。
「クロサワ風の悪役ならやれそうだな」
ゾロがにや、ってタカフミに笑いかけていた。

「ベイビィ、アキラ・クロサワは映画監督」
慣れた口調でサンドラが言っていた。
「あ、了解。いつもありがとう!」
オレの知らないジャンルのことは、サンドラが側にいると、いつもミニ・ポイントを教えてくれる。
その返事にサンドラが笑って言った。
「アンタはもう少し世間に揉まれて、コナレナサイ」

「この間、おれが見ていた白黒のヤツだよ」
ポーラから飲み物を受け取っていたゾロの声に、ふい、と思い出す。
「ああ……日本のやつ、だっけ?」
「正解、」
「そうだよ。ルーカスにも影響があった監督」
ゾロとタカフミの声が重なった。

ふ、とゾロがオレを見て、片眉を引き上げた。
…ん?なんだろう?
どうかしたのかなぁ?
少しばかり戸惑ったような微笑を、ちらっと浮べた。

「ああ、でも。色男」
サンドラがゾロに言った。
「酷い言われ様だな、」
「そう?まぁ本当のことだから諦めなよ」
そうっと視線を彼女に戻すとサンドラは。
「オトコとしては、あのまま真っ白にキープするか、自分色に染め上げるか。悩むところね」
にかり、と笑った。
「…サンドラ、だからなんでそんなオトコマエ?」
タカフミが苦笑を浮べた。
けれど。
「あのままでいい、」
ふ、と真剣な眼差しになったゾロ。
「…あら。アタシ、アンタを見直したわ」
ふふ、とサンドラが笑った。
ちら、と苦笑をもらすゾロ。
ううん、変わる時には変わってしまうものなのにねえ?

「後者は、むしろ。避けたい所だな」
「…小悪魔なサンジも、魅力的だとは思うけどね、ボク」
穏やかな笑みを浮べたゾロに、タカフミが笑っていた。
「スイートなカオしてあんたも言うな…!」
ゾロがタカフミに、に、と笑った。
…小悪魔なオレ?ってことは、今はなんなんだろう?

「ダーリンってば。辛い恋をしてるのねぇ」
けろ、とヒナが言っていた。
「うるせェぞ」
「何にせよ、自覚があるのは良いことだわ」
ポーラが畳み掛けるように言っていた。
「まぁ、アタシは、不安半分、安心半分ってトコだわ、正直言うと」
サンドラが笑っていた。
「ボクは安心100%」
タカフミが笑って、オレにウィンクをくれた。
「あぁ、アリガトウ。日々の罪悪感を増加してくれて」
「ああ、今ので安心度6割ね、色男」
サンドラが笑った。

…んにゃう?
「罪悪感って…なに?」
「ご学友に答えてもらえ」
ゾロがちらりとオレから視線を流した。
「サンジは気にすること、ないよ」
そう言ってタカフミが笑った。
「だってサンジは、変わらないもの」
「…それもそうだった。よく言ったわ、タカフミ」
「…よくわかんないよ」
苦笑する。
「サンジがサンジらしくしてればいいってことだよ」
タカフミが回答をくれた。
「そう、そしてサンジが選び続けてる限り、問題はないってことね」
サンドラが続けた。

「…わかった」
にこり、と笑った。
オレがオレらしく在りなさい、オレらしく人生を選びなさい、と。
うん。もちろんだよ。それは当然のこと。
そして。オレの人生は、もう選んだんだ、オレ。
ポーラとヒナと何かを話しているゾロを見た。
オレはアナタを愛する事を、決めたんだ、ゾロ。
きっとずっと。オレはアナタを愛するよ。
心の中でそう告げて。
笑った。

「……ねえ、色男」
サンドラがゾロに言った。
口調は柔らかめ、少し苦笑しているような声。
「なんだよ、ビジン」
「あら、守備範囲広いわねぇ?」
すぅ、と目を細めたゾロに、カラリとサンドラが笑った。
「あぁ。ジンセイは短いからな…?」
に、と笑ったゾロに、にぃ、と牙を剥いて。
「まあ、そんなことより。名前、教えなさいよ?そうじゃないと、ずっとイロオトコって呼ぶわよ?」
「もしくはヴォルフィとかね」
サンドラの主張に、タカフミが笑って言った。
Wolfe…オオカミくん?

「あのね、」
オレの隣で、ヒナがにこおと笑った。
「あ、ヒナ、知ってるの?」 
とサンドラがテーブルの反対側で目を煌かせた。
「ヒナは、"ゾロ"が似合うと思ったんだけど。」
にこにこ、として言っていた。
………うっわあお!すっごい!!
「そんなどこかの泥棒みたいな名前は嫌だっていうのよ」
「…アラン・ドロン?それともヴァンデラス?」
怪盗ゾロでしょ、とタカフミが笑った。
ヒナはオレの隣に座っているゾロに、同意を求めている。
「あぁ、ご免被る」
「ね?だから、仕方ないからジョーンなのよ、」
「悪いか、本名だ」

「ジョーンよりはジャン、って感じよね、でも」
サンドラがふうん、って言っていた。
「何系か見て取れないところが、決定打に欠けるとこではあるわ」
「祖母がフランス系だ」
「へえ?ああ、じゃあサンジと同じ州で知り合ったのかしら?」
「そういえばサンジの苗字って、ラクロワ、だよね」
オレとゾロを交互に見ていたサンドラに、タカフミが付け足す。
「うん。時々ラクロイス、って読まれる時もあるけど」
まぁそれはショウガナイことだけどね。

「でも、アナタもっと混ざってるでしょう」
ポーラがゾロに言っていた。
「ミクスド・ブラッドの骨格標本に死んだらなれと言われてる」
「DNAサンプリングにはもってこいってことだね」
ゾロの言葉にタカフミが笑った。
「あぁ、そうらしい」
「アタシは北欧系、って丸バレだし。タカフミはモンゴロイドって解るわよね」
にこり、と笑ったゾロ。サンドラはコーヒーを飲みながら、軽く肩を竦めていた。
「確かに骨格の差を調査したくはなるよね」
にこにこ、とタカフミが言う。
「まあ、それも"御免被る"でしょうけど?」

けろり、とサンドラが笑って、話を打ち切った。
「で、ジョーンとサンジは。この後どうするの?」
よかったら一緒にどっか遊びに行こうよ、とタカフミが続ける。
「知り合った記念に、ポーラとヒナもどう?」
にこ、と笑ってサンドラが彼女たちを誘う。
「フフ。ジンジャーとプティとデート?いいわよぅ」
ヒナがにっこりと笑っていた。
「プティ?」
「アナタのことよ」
そう言って、タカフミを指差していた。
タカフミが目を丸くする。
「タカフミ、諦めなさい。あなたはこれからプティよ」
ポーラがヒナの横で苦笑していた。
すごいミドル・ネームだなあ、とタカフミが笑った。

「でも、ダーリンとプレシャスとはまた今度ね」
ヒナがそう言って、オレににこりと笑いかけてきた。
「…うん」
うわあ。オレ、ほんとにヒナがダイスキかも。
「あぁ、そういうこと。これからネコの買い物がある」
ゾロが腕を伸ばして、オレの後ろからヒナの頭をさらん、と撫でた。
「うーわ…ああ、惚気ていいってゴー・サインを出したのアタシだった。しまったなァ」
サンドラがヤッチャッタ、って感じに、頭に手を当てていた。
「その後のプランも聞きたいか?サンドラ」
「ええ。毒を食らわば皿までって言いますしね。聞かせてもらおうじゃないの!」
にぃ、と笑ったゾロに、言えるなら言ってみろ、って言わんばかりの口調で、笑ってサンドラが言った。
「だぁから。サンドラがオトコマエでどうすんの」
タカフミがケラケラと笑う。

「極フツウだぜ?買い物の後デンヴァーまで連れて帰って食事をしてからホテルに戻って寝る。以上」
さらん、とゾロが言った。
うわ、そんなプランがあったの?
ゾロに笑いかけた。
「うわー…凡そ学生らしくないデート・ルティーンだわ、そりゃ」
最後の件が特にね?、とサンドラが言う。
「じゃあ、ボクたちはどうしよう?」
「ヒナも最後のは一緒にいきたいわ」
けろけろ、と笑って、ねぇ、プレシャス、どお?って訊いてきたヒナに。
「だぁめ」
と笑って応えた。

「あのなぁ、ヒナ。おおっぴらにしたら浮気じゃなくなるだろうが」
ゾロが完全に冗談の口調で言っていた。
「うふふ。じゃあ内緒で会いましょうね」
ヒナも冗談で応える。
あらあら、ってポーラがサンドラに笑いかけていた。




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