「サンジ、悪い。後ろのドア開けてくれ」
「ハイ」
バックシートに、荷物を置いた。
ボールダーまであれから戻り、ホテルのチェックアウトを済ませ「買い物」に出かけた。
サンジに何が欲しいか聞くのは時間の無駄だろうと思ったから、カフェでヒナたちにボールダーで適当な場所を聞き出していた。連中、もっぱらヒナだ、は。両手にあまる名前とアドレスをヒトにインプットしやがった。
その中の何軒かが、趣味にあった。
まぁ、買っても言わなければ着そうもないことも大体予想がついたが、ついでだ。
幾つか選び、着替えさせて。仕上がり具合を見て決めていった。
ふわふわにこにこ、とでも言えばいいのか…?
サンジは機嫌が良さそうだった。
3軒目辺りで、やめておいた。
「サンジ、」
「なぁに?」
ナビシートに座ったサンジに声をかけた。
エンジンをかけ、車を走らせる。
「それで、オマエは何を着るんだ?」
ちら、とバックシートの荷物を見遣った。
「ゾロはどれをオレに着て欲しい?」
「似合うものしか選んでない」
ふわふわと笑いながら聞いてきていたのに、答えた。
「…ううん、どうしようかなぁ?」
しばらく、考えていたようだったが。
よし、決めた、そう声が聞こえた。
「着く頃には夕方だな、ちょうど良い」
「涼しくなってるね」
「砂漠ほどじゃないけどな」
「それは言えてる」
にこり、と微笑んでいた。
尻尾があれば、さぞやゆらゆら揺れてるだろう、そんな上機嫌さだ。
アクセルを踏みつけて、ハイウェイに乗った。
身についた習慣で、バックミラーを眺め。「クリア」であることを確認した。
―――フン。ここまでは、少なくとも8割だったな。
モンダイは、都市部だ。
ちらりと掠める声を、敢えて無視した。
のんびりとしたサンジが、ダッシュボードを開けた気配はナシ、ホテルについたら先に降ろさせて中身を携帯しておくか。
この恰好だと、ガンを身につけていることはいくら何でもバレルだろうから。着替えもさっきついでに買っておいた。
『常に最悪の事態を想定なさい、』これは。
確か10歳頃に最初に習った教訓だったか?たしか。
――――なぁ、ペル。
オマエ、おれの教育、失敗したと思うぜ?
落下し始める夕陽を目で追って、意識を切り替えた。
ふい、とサンジに目を戻したなら。
静かにシートにもたれて、流れる景色をじっとみていた。
ふわり、と笑みが微かに漂うような様子で。
大人しいな、と話しかけた。
「…そう?」
「あぁ。疲れたか?」
「ううん、ただ思い返してた。…ゾロは」
大学、楽しかった?
そう、静かな口調で訊ねられた。
「―――あぁ、」
「よかったぁ…!」
「ホンモノの学生のころよりリラックスしていたかもしれない」
サンジの眼がきらきらと光を映しこんでいた。
「のんびりしてるトコロだからねえ。サマー・ヴァカンスの真ん中だし」
「ああ、ビジンも多いしな」
「だね」
くすくす、と笑い始めたサンジを目の端に捕えた。
「保護者その1と言っていたろう、サンドラは。その2もいるのか?」
「ウン。ダンテ」
「フウン?」
「QBなんだ、スクールチームの」
「さて、と。ヒナにデンワするか」
「えええ、なぁんで?」
「あぁ、そのQBオトシテみろ、ってけしかける」
クスクス、と笑うサンジに同じように笑みを乗せて返した。
「うわ!うん、かっこいいよ、ダンテ?けど、ゲームで忙しいけど」
いまも強化合宿中で大学にいたんだよ、そう笑って続けていた。
「オマエも9月から毎週忙しいだろ?」
わらった。
「ヒナ、アレは本気だぞ」
「ホントかなぁ?」
「あぁ。」
オマエがやたらセクシーになったからヒナが見張っておくんだと言っていた、と続けた。
「あ、それ。今日オレ良く言われた」
「仔ネコちゃん。日々セイチョウしてるんだな」
「自分じゃよくわかんないよ」
くしゃくしゃと片手で、髪を掻き回した。
「残念ながら、おれも毎日みてるからかな、イマイチわからない」
「あ、でもね?」
「ん?」
苦笑気味に笑っていたサンジが見つめてきた。
「恋してる人がキレイに見える理由っていうのを、サンドラに教えてもらった」
「そうか、」
「ウン」
「あぁ、サンジ。そのカオ無し」
「どの顔?」
「その、ふにゃん、ってカオ」
ますますふわふわと柔らかな表情になっていく。
「無理。止まんないの」
「止めろ。喰いたくるから」
「スキ、シアワセ、ダイスキ、って思うと。勝手に顔が笑うの」
「だから。いまクルマ止められねぇから自粛しろ」
とろり、と蕩けた蒼がみつめてくる。
「無理言わないの。ゾロがカッコイイの、止められないのと同じくらい、止まんないから」
「バァカ」
「いいモン」
益々笑みが深くなっていくのを、空気を介して感じた。
「―――覚えとけよ?てめぇ」
「ウン?なにを?」
口調を変えて呟けば。
きょと、と笑顔のままで聞いてきた。
「…煽った代価」
「煽ってないよう!!」
ケラケラと笑い出していた。
だって全部本当のことだもん、
そう、ふわふわとした口調のままで言っていた。
「ほう?そう来たか。精々頑張って着替えろよ?サンジ」
「うわあ!」
高まった笑い声
それにつられておれまでわらいはじめた。
ハイウエイの表示が、デンヴァーまであと20マイル、と流れた。
あぁ、もう着くな。
腕を伸ばして、サンジの頬を撫でた。
「なぁに、」
とろり、とした視線が流された。
「すきだよ、」
まったく、どうしようもねぇな。
限度がない、愛情に。
ふわ、とサンジが艶を刷いた笑みを零していた。
「ゾロ」
そっと手を浮かせる。
指先、コトバを零した唇をかすかに辿らせた。
微かに、頬に色が乗せられていた。
「アナタに愛されて、オレは幸せなんだ」
ふ、と。
いまの笑顔を、何よりも。
覚えておきたいと、強く願った。突然の衝動だった。
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