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 するり、と腕のなかから。サンジが出て行った。
 引き止めるそぶりを見せたなら、まだ上気したままの目元で、かるく睨んできた。
 わらった。
 あぁ、オマエ。そういうカオも出来るようになったのか。
 からかい混じりにコトバにすれば。ぱあ、と一層朱を上らせていた。
 「ゾロのイジワル、」
 サンジが部屋からいなくなり。あまったれた口調だけが残った。
 
 ふ、と笑みが零れた。
 そして、コンシェルジェにデンワをし。いくつかのレコメンデーションを聞き、そのうちの一つに予約を入れさせた。
 サンジが着替えている間に、自分も着替えちょっとした仕度をする。
 
 都市部、に違いない場所で。この時期に出掛けるなど「正気の沙汰ではありません、」とさしずめペルなら言うだろう。
 「大人しくケイタリングでもなんでもなさればいいでしょうに、」
 あぁ、空耳が聞こえるな。まったく。
 「気分転換が必要なんだよ、」
 小さく声に出し。
 身体に慣れた重みを手に乗せた。冴えた鋼。
 
 すう、と意識の底が冴えた。かちり、とスペースが出来上がる。
 境界線、ボーダー。
 何に変えても、アレを引き入れないと誓う線。
 作らせたモノではないから、完全にはラインは消えないが。素人目にはガンのラインは見分けられないだろう。ジャケットに袖を通した。
 
 窓の外に、連なる車のライトが見える。流れる。
 ライティングデスクに放り出していたケイタイもポケットに落とし込んだ。
 世界からいなくなったことにされて、一月以上経った。
 「複雑な相手」とか言っていたが。
 確かに、おれでも。
 自分のテリトリーに獲物が2日もいれば、動きなんざいくらでも取れる。
 「ココ」はどうなんだろうな…?
 
 ハロゥ。ところでデンヴァーは危険度がどれくらいだ?などデンワでもしようものなら。
 2時間後にはヤツはここにいやがるだろうな。
 おれの予測は。
 リスクは5割強、あたりだ。
 訂正。
 3割だな、きょうのところは。あと4時間程度で日付が変わる。
 
 そんなことを思いながら、リヴィングへ戻った。
 日々セイチョウ中らしいネコは、まだバスルームから出てきていないようだった。
 もういちどショットグラスを満たして、ソファに寄りかかった。
 どこかで、ドアの開く気配がした。
 ぱたぱたと軽い足音。
 あぁ、だから。
 走るな、っていうのに。
 
 開きっぱなしのドアから。ひょこり、とサンジがカオを出した。
 「洗面台空いたよ、」
 乾かしたらしい髪が、さらりと動きに添って流れた。
 バスローブを羽織っただけらしい、身体の線が半ば以上覗く。
 もう一つあって仕度はすんでいる、そんなことを告げれば。
 うあ、じゃあ急がないと、とかなんとか言いながら。
 ベッドルームの方へ、「走るな、」と言う前に走って行っていた。
 ――――まるっきり、コドモだ。
 変なところが。
 
 
 
 熱いシャワーでどうにか身体を宥め、ベッドルームで着替えて出てきてみれば。
 とうに仕度を終えたゾロが、ソファでグラスを傾けながら待っていた。
 「おまたせ!」
 ゾロがす、と笑みを刷いて。
 「行くか」
 そう言って立ち上がった。
 「どこもヘンじゃない?」
 くるり、と一回りして、確かめてもらう。
 くしゃり、と髪を撫でられて、眼を細めた。
 額にキスされて、笑った。
 
 「難点があるとすれば、」
 「うん?」
 「すぐに引ん剥きたくなることくらいだな」
 うわあ!
 もぉ。折角宥めたのに。
 心臓がドキドキするじゃないか!ゾロのイジワル。
 
 すう、と息を吸って、心臓を落ち着かせながら、ゾロが促すままにドアを出た。
 手に持ったジャケットの中にケイタイを落として。
 サイフは尻ポケットの中。
 これもジャケットの中のほうがいいのかな?
 『折角のヒップラインが崩れるぞ』ってセトがイヤな顔してたのを思い出した。
 んん、セト先生による恋のレクチャ、パート45。
 『恋してる人の前では、ステキな自分を演出すること』
 ゾロはどう思うんだろう、って思ってたら、サイフの入ったポケットのラインを、ゾロの指が弾いてた。
 笑う。
 「ヒップライン?」
 「あぁ」
 うわあ。セトとゾロって、ほんとに気が合うかもしれない。
 「邪魔」
 気に入らない、って顔、してた。
 笑ってそれを抜き取って、シャツジャケットの胸ポケットに滑り込ませた。
 「Better?」
 ゾロが頷いた。
 
 「第一、持ってくるなよ」
 「ああ、これクセなんだ。大学入ったとき16だったでしょ?学生証の提示を求められることが多くて、いつも持ち歩くようにしてるんだ」
 「ベビイ・フェイスも苦労が多いな」
 にこ、とゾロが笑った。
 「どれだけ固定観念に捕らわれた世界だか、学習しました」
 「いまは、年相応に見えるぞ?ヨカッタな」
 「ふふ。アリガト」
 「あぁ。17くらいにはな」
 「うわ!イジワル!!!」
 
 笑ってゾロの肩に額を押し当てた。
 エレベータの中。
 ゾロがフフン、って笑ってた。
 …いつか、ゾロをびっくりさせてやる…!でもどうやって?
 
 エントランスを抜けると、すかさずコンシェルジェのおねえさんが近づいてきた。
 「ミスタ・シェリール、お出かけですか?」
 すぐに車を回させますので、そちらにかけてお待ちください、そう言葉が続けられた。
 ゾロ、オレがお風呂に入ってる間に、電話でもしてたのかな?
 すぐにドアマンがやって来て。
 にこり、とゾロがコンシェルジェに微笑んで挨拶し終えるのを待って、サー・車の用意が出来ました、と声をかけていた。
 
 立ち上がったオレの肩を、ゾロがそっと押してきたから。
 先にエントランスを抜けて、回されていた車の方に歩いていった。
 車のドアを開けられて、乗り込んだ。
 「ところで、サンジ」
 「なぁに?」
 ドアマンにお礼を言うと、にっこり笑顔でいってらっしゃいませ、と告げられ、ドアを閉められた。
 運転席に座ったゾロに視線を向けると、すっかり慣れた仕種で、エンジンをスタートさせていた。
 「香草、ダイジョウブか?」
 「香草?」
 
 ハーヴを思い出す。
 ああ、あれかあ…ウン。
 「平気。あんまり食べたことないけど」
 マミィのハーヴガーデンに植わってるの、そのまま味見したことある。
 クセのある味と、主張の激しいアロマを一瞬で思い出した。
 「じゃあ、問題無いな」
 す、と車がトラフィックの波に乗った。
 「何を食べにいくの?」
 「タイ・フード」
 「オレ、あんまり食べた事ないなあ……楽しみ」
 わくわく、とした気持ちで応えた。
 
 「気に入ったら、ウチの料理人連れて行けよ」
 「ゾロのとこの料理人?どこに連れて行くの?」
 「オマエの家」
 アタリマエだろ、って顔をしたゾロに、訊いた。
 「アリゾナの?それとも、フォート・コリンズ?」
 「フォート・コリンズにだよ」
 「あははは!考えとく!」
 うん、家に居てもらって、料理を習うのも楽しそうだ。
 「部屋空いてるし、住み込みで来てもらうかなあ、そしたら?」
 ふふ、それも楽しそうだなあ。
 
 「英語が中々通じないが、面白い女だ」
 「へえ!アジアンの言語、知らないから。習ったら一石二鳥だねえ!!」
 ゾロの家で働いているのか。どんな人なんだろうなあ?
 車はスムーズにメイン・ストリートを走り抜ける。
 「スーリヤ、っていう。王宮料理人のムスメかなにかだ、ばーさんだけどな」
 「ふうん…材料の仕入先も、ちゃんと抑えないとね」
 「ああ、だけど。あのばーさん、田舎暮らしは「御嫌いです」って言ってたか」
 「あははははははは!!じゃあダメじゃない…!!」
 
 笑って、街の夜景から、ゾロに眼を移した。
 「オマエみたら気が変わるだろう?」
 にこ、とゾロが笑ったのが、車外から入ってくる光の加減で解る。
 …うわ。かっこいいなあ…。
 なんでだろ、胸がドキドキする。
 …あ、そっか。ゾロ、スーツ着てるからだ。
 
 あまりゾロに見惚れてしまわないように。視線を、前を走る車のテールランプに向けた。
 「どうして?気を変えさせる要因なんか、オレにあるの?」
 オレはフツウのオトコノコ、だよねえ?
 「あぁ。オマエ、年寄り受けがいいからな」
 「そうなの?」
 年寄り受け…そうなのかな?
 「会って見たいな…」
 そしたら。
 オレが出会う前のゾロのこととか。
 話してもらえるのかなぁ…?
 
 「家に来たら、嫌でも会える」
 「行く」
 す、と笑みが浮かんだゾロの肩に、こてん、と頭を乗せた。
 一瞬だけ。
 ゾロの家かあ…行っていいのかな?行ってみたいよ。
 「行きたい」
 笑ってゾロに言ってみた。
 「マンハッタン、よろしければどうぞ」
 「マンハッタンかあ……うわあ、勇気がいるなあ…!」
 
 今まで行ったことのある都市といえば。
 ココと、ロンドンと、パリ。
 ああ、ミラノにも行ったっけ。
 トランジットで所々寄った事もあるけど。
 大概はセトの公演を見るためだけに行った場所だから。
 滞在期間は短かったし、空き時間は、郊外の森を探索しに行ったりしてたから。
 大都市ってところにずうっといたことはない。
 
 「あ、ねえ、ゾロ?」
 そうだ。コレを誰かに訊いてみたかったんだ。
 ゾロの視線がチラリと流されて、オレを見た。
 「東京って解る?」
 「ン?」
 ゾロは行ったことがあるのかなぁ?
 「昔ね、ゲレンデで会った女の子が、オレに教えてくれたんだ」
 「トウキョウってあの東京か?」
 「そう。トウキョウ・ジャパン。星の数を数えられるっていうんだ」
 そんなの、想像も付かない。
 「あぁ、それがどうかしたか…?」
 「天気のいい日でも、星の数が数えられるなんて、信じられない」
 オレが育った場所はどこも。
 晴れた日の夜空には、無数の星が煌いていたから。
 
 「おれは、砂漠で見た夜空に驚いたよ」
 「…へえ?」
 …ふぅん、…そっか。
 「あれだけの星があるとは、思わなかった。田舎へ行っても、空など見なかったしな」
 「ロッキーズの山からでも、あれくらい見えるから。あれがフツウだと思ってた」
 オレは夜の散歩とかもダイスキだから。
 よく星をみたり月をみたりするために、外に出たりして育ったけどねぇ。
 そうか、ゾロは違うんだ…ふぅん。
 
 す、と車のスピードが落ちて、左折。
 地下のパーキングへと入っていって、人工の光に満ちた空間に飲まれていく。
 「……マンハッタンかあ…想像も付かないなぁ…」
 チケットをマシンから引き抜いて。
 奥まった一角に、車を停めていた。
 他にも場所は空いてるのにね?
 拘りとか、あるのかなぁ。
 
 ゾロがするん、と車から降りて。
 あっという間にオレの方のドアまで来て、開けてくれた。
 「Thank you very much」
 ゾロに笑いかけた。
 「ドウイタシマシテ。」
 …ううん、なんだろう?擽ったいや。
 ふわ、とゾロが笑みを浮べた。
 キョロ、と辺りを見回す。
 人影ナシ。
 カメラ…あっち向いてて。
 ちょん、とゾロの唇にキスをした。
 「いこっか」
 
 益々笑みが深くなったゾロに笑いかける。
 すい、と肩を抱き寄せられて、こてん、と頭を緩く預けた。
 す、と歩き出して、パーキングを出る。
 「この近く?」
 「あぁ、歩いて2−3分らしい」
 「ふぅん…楽しみ」
 笑って姿勢を正した。
 あんまり目立っちゃダメだもんね?
 
 
 
 
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