どこか、深い場所が軋んだ。
コトバは剣だと、スペインの詩人は言っていた。
五本の剣が心臓を貫く、と。
声にならない言葉を受け止めた。
例えば、おまえに時間を遡って出会えていたとしても。
同じようにおれの心臓は軋んだろう、おまえから齎される剣にも似た穏かな言葉に。
おまえがおまえでしかあれないように、おれはおれ以外のモノになれるとは思えない。
それは多分、いまも。
そしてこれからも変わらないのだろう。
おまえは、ほんとうにキレイな物だけでできている、ガキの見た通りに。
なにかが薄く剥離する。
おまえを目にしていると。
なんと言えばいいんだろうな、おまえに。
おまえを愛するのと同じ手で、おれは何かを費えす、それは変わらない。
おれの足元、引き摺るようについてくる影は。薄まりはしても消せないのだろう。
けれど、
愛している、と。告げる。
おまえのそのどこまでも、果てのないほどの想いは。
多分、向かう先、望む先を。狂わされたのかもしれない、40日ほど前に。
乾いた熱風を思い出す、肌を焦がせた陽射しと。
在りえない道が交差した。
おれはそれを祝福し、同じだけ呪うよ。おまえのために。
おまえの愛の言葉は、サエタ(聖歌)かもしれない。
胸の上に留まる。
おれの言葉は、おまえを引き摺って暗がりに追いやるだけかもしれない。
おれはおまえを愛するよ、その涙の跡も。
できるなら、あの雨の中でわらったようなおまえのままで留めたい。
それがおれの望みだといえば、けれどおまえは怒り出すかもしれないな。
パーキングの、青白い灯かりが目に付いた。
ふ、と何かが過ぎる。
意識の底を。
微かな足音をさせて、にやりとわらい部屋を覗き込んだエースを突然思い出した。
最後の日。
「クリスマスには波乗りだ、」
連れて行ってやる、そう言ってわらっていた。
「けどさ、チビ?オニイサンはなぁ、」
ひらひらと手を揺らしていた。
「心臓が軋んでる気がする、ヤな感じだぜ。あー、きょう戻るのやめっかねェ」
コインをフリップした。表なら取りやめ、裏ならGO。
――――なぁ、エース。おれがコイン、フリップしてやればよかったな。
9割で表が出るのに。
この世界に運命、がいるとすれば。
そのときに、ソレはアンタを手に入れちまった。
ひや、と。また何かが意識を冷やしていく。
眼差しを落とした。
びく、と一瞬。
腕の中におさまっていた肩が揺れた。
カツ、と。
ジブンの靴音がコンクリートに残響した。
他に何の物音もせず。遠く、通りのざわめきが僅かに伝わってくるだけだった。
無言でサンジを先にクルマへと促す。
じ、っと動かずになにかに全身で耳を澄ませるようだったのを、もう一度肩を押した。
「先に行け、」
「ハイ」
キーを回し、ドアを開けさせる。
音より先に、感じた。
きゅる、とゴムがアスファルトを滑る音。
音のイメージが先にやってきた。
シマッタ、思ったのは一瞬。
「サン…、」
言葉より先に、薄ミドリをした路面にサンジを突き倒し。
タイヤの滑る音を耳が拾う。
真後ろ、
時間が、細切れの画面にシフトする瞬間。
視覚に身体が追いついたならそれは遅すぎる。
近づく車から伸びた銃口、それよりも先にフロントガラスを撃ち抜く、赤がガラスのひび割れに塗り込められ
ガンパウダーの臭いと同時に音が追いつく。
パーキングの円柱にまっすぐにクルマは突っ込んで行き、左半身に何かが抜ける。
クラクションが鳴り続ける中バックシートから飛び出る影の中心にまず1発。
倒れるのを視覚に収め、カヴァを外しドア外へ転がりでかける男のヨコから、窓越しに2発。
シートで身体が何度か跳ね上がっていた。散る赤と一緒に。
路面で倒れる男の額に弾を撃ちこみ。
右上、監視用カメラがまずこいつらの内の誰かに撃ち落とされていたことにわらった。
あぁ、仕事をすませておいてくれてアリガトウな。
す、とフィルタが外れたように視覚が元にもどりはじめる。
耳が鳴り続けるクラクションをまた捉え。
ハハ、と。
小さくわらった、つもりだった。
身体の感覚が無い、どうにか歩き。
振り向いたなら、サンジが立ち上がっていた。
見開かれた目。
ここにいる訳にはいかない、
ほんの何秒かの間に。
蒼の底に。強い光があった。
「―――無事か、」
ひでぇ声だ、我ながら。
音がしそうだ、キツイ蒼のヒカリ。そして目が戻った。
サンジの。
あぁ、無事か。よかった。
視界が歪みかける、
ぎ、と奥歯を噛み締めた。まだだ、
ガンを持ったまま、ボンネットに右腕を突いた。
「くるま、はやく出せ」
サンジの眼が。左肩にあてられ。
アナタが……、そう途中まで呟き息を呑んでいた。
「サンジ、」
ドライヴァースシートに飛び込んでいくのを、目で追った。
ドアを開け、シートに自分の身体を預ける。
くう、と視界に幕がおりかける。
くそ、血ィ流しすぎたか……?流れ落ちる量が、ヤバイかもしれない、動脈でも掠めやがったか。
布が血を吸い込みきれずに赤が零れていくのが狭まった視界に入る。
「…ダメ。目、閉じちゃダメ」
く、と喉奥で笑い声になりそこなったものがツブレタ。
「―――わり、」
クルマがストリートに滑り出たのだとわかる。
「ケイタイ、とってくれ」
「どこ?」
速過ぎず、遅すぎず流れに乗るスピードで、クルマが進んでいく。
硬い声が返って来た。
「ジャケットだ、内ポケット」
片腕が、ぱたぱたと探り。
取り出していた。
「ナンバ、言って」
「メモリ、―――1だ」
「誰?」
「……子守り、」
「ゾロ、出る?」
くく、と勝手に笑いが零れた。
「…バカが撃たれた、死にかけで魔女に会いに行く、とだけ」
そう伝えてくれ、と。
告げれば。
緊張で張り詰めた横顔のままで。ん、と言っていた。
血の気がない、オマエの方が。よほど。
「―――よろしく、」
「…ミスタ?ゾロが…撃たれ、て。魔女、に会いに、行きます」
あぁ、その通り。
よく出来ました。
泣いてねェな?上等。
「つぎ、」
魔女を呼び出させて。
コール音を待っている間に、ストアのパーキングに他の車を避けて停めていた。
ぼんやりとした灯かりがわずかに届くかとどかないかの位置に。
音がした。
バックシートからなにか引きずり出しているらしい。
目を閉じた。
「なにしてるんだい!!おまえはいったい!!」
あぁ、うるせぇなあ、
閉じた視界が明るくなる。
「……死にかけてるんだよ、助けやがれ」
室内灯がついたらしい。
死人でも一発で起き上がるような罵詈雑言がケイタイから流れてきた。
イッソ意識でもなくした方がマシな気がしてくる。
布の切れる音を聞いた。
そして、サンジの手を感じた。
ふい、と何かが流れ込む気がする。触れられたさき、
多分無様なありさまにちがいない傷口のあたり、乾いた布が押し当てられるのを神経、皮膚の表層が追う。
「くれは、―――あんたの居場所を。伝えて遣ってくれ」
連れて行かせるから、と。
どうにかコトバに乗せる。
寒気と熱が。同時にやってくる。口に溢れ出すサビの味。
あぁ、くそ。
また一段とスピーカーからの声がでかくなった。
しゅ、と布の音を間近で聞いた。
目を開く。
金色の光だ。
こっち、来い。
魔女と繋がった先を押しやる。
布の音が何秒か止まった。
落とされた、硬い声。
あぁ、おまえ。
泣き声おさえてるのか―――。
「―――わかったかい、しゃんとおし!」
「ハイ…ッ」
魔女めが。
天使泣かせてるんじゃねェよ―――
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