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 トラフィック・シグナル。
 スピード・モニタ。
 周囲の車の音を聴く。
 ゾロの息が、酷く静かだ。
 深く喘ぐように息をしていないから、まだダイジョウブ。
 蒼ざめてる顔。
 端整な、顔。
 血を失ってる。体温が下がってる。
 ヒータを入れた。
 咽るような血の匂い。
 
 ハント。
 殺気に気付いたのに。
 ゾロを狙う存在に気付いたのに。
 ヒトと対峙したのは初めてだ。
 銃口。
 ゾロ。
 アナタはイカナイデ。
 ココにいて。
 息をしていて。
 オレヲオイテイカナイデ。
 
 ダメだよ、ゾロ。
 ダメだよ。
 アナタがいないと、世界が消えてしまう。
 リィが死んだ日を思い出した。
 レッドが死んだ日を思い出した。
 群れとハントした日を思い出した。
 最初に狩ったエモノ。
 口にした肉の味。
 死は生を繋ぐ。
 死ぬのは仕方ない。
 生きてるものはいずれ死ぬ。
 だけど、いまは、アナタは。
 ダメだよ、ゾロ。
 アナタは、ダメだよ、ゾロ。
 「ゾロ、喋って」
 アナタがいないと、オレは。
 「ゾロ、喋って」
 
 運転しなれた街を離れた。
 郊外に向かって走る。
 ゾロに手を触れる。
 体温、下がってる。
 血液、無くなって。
 失いすぎたら、ショックで死んでしまう。
 
 撃たれたのは肩。
 喉でも肺でもない、だから、血に溺れはしない。
 だけど。
 く、とゾロの指先が微かに反応を返した。
 ごとり、と音がした。
 冷たい鉄の塊。
 ゾロの銃、セーフティはロックされてたみたいだ。
 暴発。
 アナタが死んだなら、オレは…。
 「ゾロ、ダメだよ」
 泣きそうだ。
 「まだ、愛したいから」
 まだ、アナタと愛しあいたいから。
 「手放さないで」
 
 ゾロの筋肉が悲鳴を上げてた。
 それでも、冷たい指先がオレに触れた。
 オレのオオカミ。
 死なないで。
 こんなのは、イヤだ。
 ゾロが死ぬのは、イヤだ。
 運命が定めたことだとしても。
 まだ、ダメだ。
 
 「祈って、ゾロ」
 誰にでも、いいから。
 「まだ先があるって、信じて」
 諦めないで。
 手放してしまわないで。
 生きる事を。
 オレを。
 
 レッド、ゾロを引き止めて。
 彼の魂を。抜けてしまわないように。
 エース、側にいるの?
 ゾロに言い続けてて。
 諦めるなって。
 
 きゅう、と冷たい指先。
 僅かに力が込められた。
 「オレを諦めないで、ゾロ」
 郊外にあるペントハウスの一角。
 女医さんに言われた通りの番地。
 車を停める。
 「オレを愛してるのなら、諦めないで、ゾロ」
 
 エンジンを切る。
 冷え切ったゾロの身体。
 頬に手を添える。
 口付けを、血の気のない唇に落とした。
 明かり。
 ドアが開いたみたいだ、ハウスの。
 車から降りる。
 「なにをしているんだい、はやくこっちにおいで」
 助手と思われる女性が、ストレッチャーを押して来ていた。
 助手席からゾロを下ろし、手早く毛布で包んで、押していく。
 その後を追う。
 涙が零れた。
 「ふ…ッ」
 唇に血の味。
 ゾロの?
 オレの?
 
 じぃ、と見つめられる視線を感じる。
 「…ゾロを、助けて」
 涙を拭って、ドクタを見上げる。
 「若僧の具合は?何発撃たれてるんだい」
 息を一つ呑んだ。
 「泣くんじゃないよ小僧」
 「…ハロゥ・ポイント、肩に1発…血を、流して…止血したけどッ」
 喉がゼイゼイと音を立ててる。
 「オーケイ、弾が相当散ってるね、」
 チッ、って音が聴こえた。
 「食い込んで…オレじゃ、なにも…ッ」
 ゾロの傷、思い出す。
 黒く焦げた外側。
 紅く濡れた内側。
 「いいかい、私のアシスタントがいまあのバカを手術室に連れて行ってる、」
 ぐじゃぐじゃな傷口。
 白い骨、見えてた。
 
 ぐう、と喉が鳴る。
 それでも頷く。
 「撃たれてから時間も過ぎてる、あの様子じゃあ出血も相当だろうね」
 「…できるだけ、抑えた、けど…ッ」
 オレじゃ、助けられない。
 ゾロを、助けられない。
 「あぁ、ボウヤはよくしてるよ。けどね、」
 「知ってる」
 足りていない。
 解ってる、だから。
 「ゾロを、お願い」
 オレじゃ、助けられないから。
 「お願いします」
 助けて。
 オレのゾロを。
 「助けてください」
 
 「この向こう側、アンタは用なしなんだよ。あんたは入ってくるンじゃない。せいぜいお祈りでもしてやんな。あのバカは、死ぬ事をなんともおもっちゃいないんだから」
 頷く。
 ドアの前。
 向こう側に入っていくストレッチャー。
 続くドクタは、にぃ、と笑って。
 ぱたり、とドアが閉じられた。
 見送る。
 オレは入れない場所。
 オレにはゾロは、助けられない。
 
 「ぐ…ぅ」
 喉が鳴る。
 熱、涙が溢れた。
 力が抜ける。
 血塗れの手を見る。
 ゾロの血。
 何リットル無くしたの?
 震えが微かに始まっていた。
 体温低下、出血性ショック。
 「ふ…っく」
 助けてあげられない、オレには。
 
 狙われたのが、オレならよかったのに。
 撃たれたのが、オレならよかったのに。
 どうして?
 ガン・ショット。
 ダイキライな鉄の武器。
 気付いたのに。
 殺気に気付いたのに。
 ゾロに教えてあげられなかった。
 解ってたのに。
 解って、いたのに。
 
 ドアの横、ウッドのフロアに座り込んでいたオレの膝の上。
 ぱさり、と広げて置かれたブランケット。
 遠のく足。
 聴こえなくなる足音。
 ドアの向こう。
 ゾロ、諦めないよね?
 戦っているよね…?
 
 意識の向こう、電子音。
 あれは、オレの携帯電話だ。
 ポケットの中。
 取ろうと思っても、指が動かない。
 動けない。
 気力、足りない。
 ぽたぽたと涙だけが、勝手に零れていく。
 ふ、と音が途絶えて、また静寂が戻る。
 ぱたっ、ぱたぱたっ、と涙がズボンに落ちていく音だけになる。
 
 絶望、初めて覗いた足元の暗闇。
 呑まれそうだ。
 このまま落ちていけば、楽になれる?
 ……なってどうするの、ゾロ、戦ってるのに。
 口の中で、祈りを捧げる。
 大いなる霊、ゾロを助けて。
 ゾロがオレを諦めないように、ゾロを助けていてください。
 ゾロを、逝かせてしまわないで。
 オレは、諦めない。
 ゾロが死ぬなんて、思わない。
 信じない。
 ゾロは…。
 
 
 
 
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