「あなたの愛は、刃にしかならないとしても…?」
「……オレとアナタの差はなに?アナタも彼を愛してるのに」
溜め息。
すう、と彼が穏やかに笑った。
つきり、と胸が痛くなる。
「私がいなくなっても、彼は悲しまないでしょう」
そう諭してきましたから、とカレが続けた。
「……それでも、失くしたら、痛いよ」
アナタがカレを、支え続けてきたのなら、なお更。
「心は、痛いよ」
カレの頬に手を添える。
「あなたのことを、"ガキだ、"と彼は笑いました。あの笑い声は、まだ彼が随分と子供のころに聞いたものと同じでしたよ」
「……ジョーン」
幼い彼も、オレは愛した。
今でも愛してる。
ゾロの一部。
「……アナタも、ゾロを愛してるんだね」
大切だから、カレからオレを遠ざけようとしてるんだね。
抱きしめる、目の前のヒトを。
「…愛してるのにね」
す、と腕を解かされた。
ちゃら、と揺れたブレスレット。
「…やっぱり。オレがゾロの代わりに撃たれればよかった」
方向はわかってたのに。
手首のブレスレットに口付ける。
「いいえ、それは最悪の事態です、」
鳥の羽根。赤く染まってる。
「…アナタが痛まなくて済んだでしょう?」
笑いかける。
「彼は誰の制止も聞かずに開戦を宣言しますよ、目に見えるようだ」
薄く笑ったヒト。
フレア、赤い怒りの波。
「お送りしましょう、」
「…ゾロに、渡してください」
手首のブレスレットをカレの手の中に押し込んだ。
「オレは一人で帰る」
「―――いけません」
冷たい声。
「どうして?アナタはオレを殺そうとしてるのに」
「あなたは、まだおわかりじゃない」
ゾロが生きてれば、ソレでアナタは構わないはずだ。
「………狙われたのは、ゾロだ」
助けてあげられなかった。
「あなたのことも知られている可能性がある、ということです」
殺気の矛先、わかっていたのに。
「極力、手は尽くしますが。まだ今夜は体制が十分ではありません。ご自宅までお送りさせてください」
「………ゾロが死んだら、オレを殺しに来てください」
黙って立ち上がった。
カレは手の動作で、ヒトを呼んでいた。
「オレの魂、オレは置いていくから。ゾロの側に」
「およしなさい。あなたには、あなたの人生を生きていただかなければ」
「…ゾロが撃たれたのはオレの責任なんでしょう?復讐する許可をあげておきます」
「ミスタ・ラクロワ。それはゾロの未熟の所為ですよ、あなたの責任などではありません」
「……どっちでも。どのみちゾロがいない世界に、オレの生きるとこはないもん」
ごきげんよう、ととても麗しい声で言っていたヒトの側を通り抜けた。
支えようとしたヒトの腕を払った。
カレの部下、だと思う。
オレは一人でイイ。
廊下、どうにか歩いていくと。
ドクタがいた。
「小僧、」
女性の声。
おいで、と手招きされて、ついていく。
「上出来だったね、小僧。あんたのおかげであのバカはまだこっちにいるよ、辛うじてね」
「ドクタの腕がいいから」
溜め息混じりに笑う。
「アタリマエのことをお言いじゃないよ」
「ゴメンナサイ」
痛すぎて、神経が麻痺してる。
ぼか、と頭に衝撃。
揺れる体。
勝手にバランスを取って、転げるのを防ぐ。
思考回路が死んでも、肉体は勝手に生きてる。
「ボウヤに免じて医療事故で殺してやろうかと思ったけどね、留まってやった。ほら、ご褒美だよ手をお出し」
言われた通り、手を出す。
手の中、ひしゃげた鉛の破片。
温みがある。
キレイに洗い落とされてる血肉。
見上げる。
「ハロゥ・ポイント」
「一番大きいのがその欠片だ。今生の記念にでも持つがいいさね」
ぐっと握り締めた。
肉に僅かにめりこむ金属。
「アリガトウゴザイマス」
笑った。
どうしてオレは笑えるんだろう?
「あぁ、でも手術中に二度ほど心臓が止まってね、肝が冷えたよ私も」
こんなに、痛いのに。胸が。
「…ゾロは、死なない」
諦めないよ、ゾロは。
「そう言うあンたはどうなんだい」
「オレ…?わかんない」
オレの世界は死にそうだ。
「おやまぁ、ずいぶんしょげた坊主になっちまったね」
「ゾロを愛してるから…離れたほうがいいって」
また涙が零れ始めた。
ゾロは諦めないのに。
オレは……。
「あぁ、誰でもそう思うよ、オマエはいいこだからね」
首を振る。
「…ゾロが死ぬのはイヤだ」
あのヒカリが無くなるのはイヤだ。
「だから、オレが離れる」
「あんなオオカミ、死神だって迎えにきたくはないさ。さぁ、泣くんじゃないよ」
くう、と背中を押された。
ペルさんの部下の方へと。
「愛してるって、ゾロに言って」
「私がかい?」
間に挟まれるようにされたまま、振り返る。
「アナタにしか、頼めないから。オレ、ゾロをずっと愛してるから、って」
ゾロのいない世界は、耐えられないから、って。
そう言ったオレに、ドクタは。
「私は患者をコロス気はないんだよ」
そう言って、にやって笑った。
目線を前に向けた。
エースの亡霊。
ゾロをお願い。
ゾロを守って。
ドアの外。
冷えた空気。
馴染んだ世界はとても近いのに。
今はオレの心が遠い。
オオカミたちの足音が聴こえない。
ゾロの心音が聴こえない。
心が麻痺していく。
ただ涙だけが零れてく。
車に乗せられた。
若いオトコの人、スーツのヒト。
知らないヒト、オレを見ない。
バックシート、ウィンドウに凭れた。
車、滑り出してく。
景色、流れていく。
意識の向こう。
誰も何も言わない。
沈黙。
聴こえない。
ゾロの声が、聴こえない。
あんなに側にあったのに。
ずっと、聴こえてたのに。
オレ、生きながら死ねそうだ。
昏い闇、足元から這い登ってくる。
捕まる。
ゾロ。
アナタを愛してるよ。
愛してるから、オレは…。
next
back
|