かりかり、と何かが。
木の床を掻く音がした。
ずっと、続く。
「おれ、この音って嫌いだなァ」
なぁ、どう思うよ、と声がした。
「昔観た映画でな?男が棺おけに入れられて生き埋めにされンだ、でさ」
死ィぬまで!まっくらン中で蓋を引っ掻き続けるんだぜ!!と大げさに両手を掲げる。
「それか地味な歯医者みてぇだし」

かりかり、と音。
「さあて、ちび。これは何の音でしょう?」
シラナイ。
「骨削ってンだよ?弾コソギとって肉あわせてンの」
あー、痛い。
そういって、くしゃりと笑う。
エース、
呼んだ。
にい、と笑いかけられる。
あんた、なにしてるの?
「ええー?オシゴト。」
―――ばかか??
「あ。」
く、と眉を顰めて見せた、おれに。
「ちーび。根性出せ根性。オマエ約束しただろ、おれと」
鳴り止んでいた音、聞こえた。
フン、とわらっていた。
なんだか威張ってねえか?

「おまえこそさー」
とんとん、と肩を小突かれる。
目線、同じ位置にある。
「なァにしてンの、こんなところでさ。まぁだあっちだよ、オラ」
とん、と。
掌、押しやられ。
にっこりと満足げだったカオ。

なにか、言おうとした。
真っ黒の眼。あわせ。
人差し指を、唇のマエに持ってきて、げらげらとわらっていた。

なぁ、おれ。
いつもあんたにどれだけおれがすきだったか、言いそびれるのはなんでだろうな・・・?

魔女の。でかい溜め息が聞こえたと思った。
「まだだよ、まだ。」
聞こえた、焦燥を隠さない声。魔女の。
急激に近づき、遠ざかる。

エヴァグリーン、森。拡がるイメージ。
意識が重くなる、揺らぎ。
ト、と何かが立つ音がする。
金の瞳がある、多分その奥に。
別の金。異なる虹彩。
蹲る、濃い灰と黒。


低い、空気を揺らす音が聞こえる。
唸り声。
奥から。
森だ、と思った。
ちらりと暗がりに光が跳ねる。
金に光る目が逸らされない。
夢、最後にみる夢にしては
長いな、と。

ゆら、と暗がりが拡がる。
容、しなやかな獣。
「諦めるか?」
笑い出したくなった、これが夢なら笑えるはずだ、なのに声すら出ない。
「オマエ、殺すのか、サンジを?」
低い声だ、底に。ほの暗い底に怒りを湛えた。
殺すかよ、
「オマエが死ねば、サンジは生きる事を諦めるぞ?」
―――おれは。
「諦めるのか?」
まだ、
「オマエには聴こえないのか、サンジの心が死んでいく音」
く、と足元。細い手が引く。
「サンジが泣いている、聴こえないのか?」

踏みつける、ぱきりと骨の折れていく感触が伝わった。耳には、声、意識には意味が。
無数の囁きが折り重なり取り囲む。
縋りつき折れ曲がる骨ばかりの指。
無数のソレ。
悪意、呪詛、諦め、妄執。
まだ、オマエらの所へは行けない。失せろ。
おれは―――

「サンジが泣いている。オマエには身体がある。大切ならば守れ。オマエの身体に戻れ」
泣いている……?
だれが、
――――サンジが。
「聴こえないか、オマエ?」
腕、地から引き摺り上げて噛み砕く音がする。オオカミから。
あぁ、バカが。泣くなって言っているのに。
ぱきり、と何かの折れる音がする。

足元、それとは別に。
酷く薄い硝子に静かに皹の入る音。微かな軋み。
音が揺れる。
「サンジの願い、オマエを守る事。だから、オマエを助ける」
金の双眸。
「早く帰れ。さっさと戻れ。サンジの心が死ぬ前に」
暗がりに光を弾く。一対の陽光。
あぁ、オマエ。
―――レッドだな…?

おれはオマエたちなどに似てはいない。
遠吠え、長く短く尾を引き。
途絶えた。
オマエたちは、もっと―――

揺れた。
鼓動。
聞こえる。
薄明かり、瞼を通して透ける。
血の流れる音。
鼓動、そして。
拡がる、疼痛。

痛み、は。
生きている証拠なのだ、と。
最初に言ったのは、―――あぁ、ペルだ。
痛ぇな、それにしても……魔女め、
クソ、あのバカ、―――泣いてる、って


容を取り始める意識、それでも輪郭は無い
遅れるわけに、いかねェんだって・・・
「死に損ない。今起きたらまた逆戻りだね。ふざけるんじゃないよ」
魔女がきやがっ―――
「リディア。鎮静剤をもっと入れちまいな。ちょっとくらい抽入量が多かろうが早かろうがこのオオカミは死にァしないさ」
起きられた方がメンドウだ、そう言いやがった。
てめ、くそ、
クソくれは―――覚えてやが…

ドアが開いた。
靴音。
サイアクダ、子守りだ。
呪詛のコトバ、言い切れなかったソレと。
「貴方は…!」
えらく静かな、怒り心頭の子守りの声。
都合が良いことに、遮断された。
強制的に。

オオカミに、ころされちまうじゃねぇかよ、
それが。
最後に掠めた思考。
どうにか、こっちに、まだ。
引っ掛かった。




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