Wednesday, July 31 at Evening
ふ、と意識が戻った。
妙に意識がクリアだ。
ただ、身体がやたら重たい。
………泥沼に浸かっているみたいな。

ここ、オレの部屋…だ。
ヴェイル、の。
窓にはレースのカーテンが引かれてた。
暗闇が落ちているけど…まだ、夏…?

ツキツキと引き攣られるような痛みに、手を挙げた。
そこには新しい包帯。
見知らぬ十字架が、首から下げられていた。
鉛の匂い。
ずく、と胸が痛んだ。

「…サニー?」
……ダディ?
ドアが開いて、ダディが部屋に入ってきた。
…会うの、久し振り、だよねえ…?

「気付いたのか、サニー?」
……気付いた?
…あー…クスリ。
オレ、ずっと寝ていた…のか。
筋肉、だらけてる。

「シャーロットが泣いていたよ」
…そうか。ダディ。…マミィに呼ばれたのか。
沈黙。
身体を起こした。
ダディが手を貸してくれた。
触れる熱。

低い柔らかな声が、そうっと耳に入り込んできた。
「…ダディには、話してくれないか、何があったのか」
柔らかな金の髪を、後ろに撫で付けたダディの顔を見上げた。
…何があったか、って?
「オマエが握り締めてたもの、弾丸だ。使用された」
ずくり、と胸が痛んだ。

フラッシュ・バック。
銃声。
血の気を失った端整な顔。
…ゾロ。
…オレのオオカミが、いない。

……ダディ、オレは。
「シャーロットが、ミスタ・ローリングのところに持って行って、至急その形にしてもらったそうだ」
…ああ、鍛冶屋の。
「オマエがキリストにも教会にも心がないことは、マミィもダディもよくわかっているが。あのままでは置いておけない。解るだろう?」
……うん。

ゾロ。
…夢じゃないんだ。
何もかも、夢じゃないんだ。

「オマエを連れてきた弁護士が言っていたそうだ。政治的理由で亡命してきた人の手当てをしたそうだが」
目を閉じた。
「…シャーロットは、その人がオマエの恋人だろう、って言っていた」
亡命者なんか、知らない。
「そうじゃなきゃ、オマエがこんなに取り乱すわけがない、と」
「……っ」

声、出そうと思った。
だけど、声が、出ない。
俯いた。
「…愛してるのか、その人を」
また勝手に涙が溢れ出した。
頷く。
「…諦められないのか?」

「………ッ!!!」
不意に、
怒り。
エネルギーが溢れた。
哀しすぎて、自制が利かない。
「………ッ!!!!!!」
「…忘れてしまえないのか?」
首を振る。

たとえオレが死んでも。
ゾロとのこと、ゾロを愛したこと。
ナシになんか、できない。
できるわけがない。
「………ぅうううううっ」
怒りで狂いそうだ。
絞り出た声、唸り声。
言葉なんか、思いつかない。
「…サンジ」
ぎりぎり、とリネンを引き絞る。

怒りで目の前が赤く染まる。
目の前のヒトに、飛び掛ってしまいそうだ。
ニンゲン、ノドヲクイヤブッテヤロウカ。
湧き上がるのは、殺意。

「ウゥウウウウウ」
「……サニー、悪かった」
泣きながら睨み上げた先。
ニンゲン。
オトコ。
男性。
…ダディが顔を片手で覆って泣いていた。
…ダディ、だ。

「二度と言わない。私が無神経だった」
「…ウウウウウ」
歯を食い縛る。
「サンジ、サニー、ダディが悪かった」
大きな腕、回された。
逃げ出したい。
コレはオレが欲しいものじゃない。
暴れる。
抱きしめられる。
落とされる声。
「サンジ、落ち着いてくれ。頼むから」
泣き声、悲痛なダディの声。
…ダディ。
「……アゥウ」

「戻ってきてくれ、サンジ」
ぎゅう、と抱きしめられて、力を抜く。
「オマエを傷つけた私を許してくれ」
「……クゥウ」
…ゴメンナサイ、ダディ。
オレもアナタを傷つけてしまった。
「…そんなにも、その男を愛してるのか」

フラッシュバック。
ゾロの優しい声。
"バカネコ、愛してるよ。"
柔らかな抱擁。
口付け。
笑顔。
愛してる。
愛してるよ。
止め処もなく。

「……ッ」
シーツを握って強張っていた指。
どうにか引き剥がして、広い背中に腕を回した。
「……ッ!」
嗚咽と涙を、ダディの肩に埋めた。

解って。
愛してるんだ、ゾロを。
逢えない、会っちゃいけない、って解っていても。
ゾロが欲しい。
ゾロの温もりが欲しい。
声が聞きたい。
名前、呼んでほしい。
ゾロ、
ゾロ。
どうしてオレはアナタの側にいないんだろう?
どうしてアナタの腕の中に、オレはいないんだろう?

「…サンジ」
口付け、降って来る。
ダディの優しい、涙に濡れたキス。
ニットの裾を握り締めた。
「…ダディに出来ることはないか?」
首を振る。
「…サンジ、オマエは、」
ゾロのことを、教えることはできない。

沈黙。
二人で嗚咽を飲み込んだ。
きゅう、と抱きしめられた後に。
柔らかな声、擦れた囁き。
「……なら、泣きなさい」
ぽんぽん、と背中を撫でられた。
「怒り狂ってもいい、さっきみたいに」
ダディが小さく笑った。
「喚いて、なんだったらシーツを引き裂いてもいい」

「……?」
ダディの顔を見上げた。
「…閉じ込めたら、オマエがダメになってしまうよ、サンジ」
する、と涙を指で拭われた。
「感情を、抑えなくていい」
きゅう、と抱きしめられた。
「思い切り、哀しんで、暴れて。感情を全部出してしまいなさい」

柔らかな声、不思議と心が落ち着く。
溜め息を吐いた。
「なにかして欲しいことがあったら。聴いてほしいことがあったら。ダディもシャーロットも側にいる」
さらり、と髪を撫でられる。
「ずっと起きているから」
こつん、と額を合わされた。
「いつも仕事ばかりで、オマエと向き合ってこなかったから。オマエがオマエの群れに引き摺られてしまうのは解っている」
「…ディ、」
「だが、私もシャーロットも、オマエの家族だ。オマエが助けが必要なら、いつだって差し出す覚悟はあるんだ」
「…ダディ」

「ダディも失恋したことがあるから、哀しみはわかる。ましてや、オマエ、恋人から引き離されたんだろう?」
頷く。
ぽたぽたと涙が落ちた。
「…沢山泣いて、哀しんで。それから、どうしたいか、考えなさい」
「…ダァディ」
「サンジ、サニー、愛してるよ」
頷く。
何度も。
「覚えておいて欲しい。いつでも、いつだって、オマエを愛してるってことを」

きゅう、と抱きしめられて、抱き返した。
「…Daddy, I love you too」
柔らかな口付けを貰った、頬に。
それからゆっくりと、ベッドに横にされる。

「側で手を握っていようか?」
首を横に振った。
一人で、考えなきゃ。
考えなきゃ。

「…サンジ、オマエの人生だ。どんな選択も、オマエの自由なんだぞ」
頷いた。
さらん、と髪を撫でられた。
ダディがゆっくりと部屋を出て行った。

手の中、十字架。
握り締める。
相変わらず涙は止まらない。
だけど。
悲しみに溢れかえっていた心に、少しスペースができた。

ゾロは、死んでいない。
オレも、死んでいない。
ペルさんの言葉。
ゾロがくれた言葉。
リフレイン。
愛してるから、愛してるから。
これからもずっと、ゾロしか愛さないから。
それだけは、確か。
側にいなくても、ゾロだけを愛するから。

まずは、思考を元に戻さないと。
ゾロ、生きてる。
ゾロの未来は、まだ続いてる。
だから、オレは…。

目を瞑った。
頭の中のイメージ。森の中、足音。
レッド。
ゥアウ、アウ。
狩りに成功した時の合図。
…ゾロは、生きてる。
ゾロが死ぬわけが、ないじゃないか。

ぼう、とした頭。
思考が上手く回らない、だけど。
まだ未来があるなら。
まだ、諦めるわけにはいかない。
まだ何か、しなきゃいけないことがあるはず。

休め、と頭の中、誰かが言った。
目を閉じると、くう、と引き摺られた。眠りに。
手の中、冷えた鉛の十字架。
ゆっくりと温まっていく。

休んで、落ち着いて。
総てはそれから、だ。
ゾロ、オレは…。




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