Wednesday, July 31
ふ、と目が覚めた。
見慣れた天井、オレの部屋、ヴェイルの。
身体、重かったけれど。
薬は抜けたみたいだ。
頭はハッキリとしていた。
深く息を吐いた。
掌が痛かった。
胸、心臓のとこ、引き攣ってた。
包帯の上、滑る十字架。
鉛…ああ、これは、ゾロの銃弾だ。
ハロゥ・ポイントのカケラ、"魔女"に貰ったアイテム。
握り締めちゃったんだな、オレ。
それが左手の熱の根源。
心臓の上、いつのまに傷を作ったんだろう?
こっちは覚えがない。
だけど、薬、多分精神安定剤と鎮静剤、その上に睡眠誘導剤。
それらを処方されちゃってたってことは、……ああ、ヤッチャッタんだな、オレ。
苦しかったから、掻き毟った。
痛かったから、心臓を掴みだそうと爪を立てた。
ムダな足掻き。オレの爪はそんなに丈夫じゃない。
引き攣れる傷、…せいぜいこんなもんなのにね。
ああ、でも。うん。フツウに眠って、すっきりした頭。
考えなきゃ、これからのこと。
ペルさんの言葉。
ゾロ、血塗れのビジネス。
報復と復讐と暴力の世界。
オレはゾロの命取りになる?
グリズリーに襲われたレッドの仔のように?
森にいたら、仲間のオオカミたちが助けてくれるけれど。
それでも彼らと一緒にいたって危険がないわけじゃない。
ハントしようとした大鹿に蹴られて死んだり。
シーズンに突入したグリズリーとばったり鉢合わせてケンカになったり。
山にいれば雪崩れだって起きる。
山火事に取り残される事も。
ペルさんや、ゾロが考えているよりも、オレの周りには死が自然に横たわっている。
大学に入って、ヒトばかりの環境で生活するようになって。
あまりに死が遠くて、驚いたくらいだ。
実験動物が死ねば、アリガトウ、とお礼を言って焼却するけど。
それでも、数少ない。
死が少ない。
ヒトばかりが増えすぎた都会は、息苦しくて仕方が無い。
チガウ。
多分。死は隠されているだけ。
加工されている食料品だって、大方は元々生きていたもの。
自分で手を下す必要がないから、わからないだけで。
オレは知っている、ちゃんと。
温もりを奪う事。
血で、肉で、命を繋ぐこと。
ハント、食べるために殺す。
生きる為に殺す。
自分が生きる為に、他の命を貰う。
ウサギ、鹿、サカナたち。全部食べる。
残したところは、他のモノが食べて生きる。
木苺、茸、木の実。
みんな生きているもの。
食物の連鎖、生き物はみんな生きて死んでお互いを支える。
アタリマエの世界だ。
死は毎日訪れる、アタリマエの現象。
愛したモノたちの死だけが特別。
愛するモノがいなくなったら哀しいのもアタリマエ。
ゾロを失いたくないと嘆くのは、ゾロが、オレが最も愛する存在だから。
愛するモノは守るモノ。
失いたくないから守るモノ。
オオケイ、さぁ考えよう。
ゾロは、…群れを率いるリーダーだ。
テリトリィ争い、そう考えれば納得いく。
効率よく争いを治めるにはトップと直接遣り合うこと。
ティンバーだって、レッドだって。
他の狼の群れと戦ってきた。
だから、ゾロが争う理由、解るよ…?
そして。
トップがいなくなった群れが乱れるのはアタリマエのこと。
ペルさんがゾロを守ろうとするのは、群れを守る事と一緒。
ペルさんは、ゾロを守るヒトだから特別そのキモチが強いハズ。
ゾロのために、ゾロの群れを守る。ゾロの群れのために、ゾロを守る。
オレを遠ざけようとするキモチも解る。
納得できる。けど…。
…ゾロはリーダーだから、群れを守ろうとするのはアタリマエ。
命を張るのも、アタリマエ。
狙われると哀しい、だけど。
リーダーなんだから、それがカレの役割。
オレが口出してどうなることでもない。
ゾロは組み込まれた歯車。
オオケィ、それならソレでイイ。
次。
ゾロの群れがやっている仕事。
血塗れの、ソレ。
必要があるから成り立つんだったら、それも自然の一部ってコトでしょう?
もともとヒトの生活自体が、自然からかけ離れてるんだから。
ヒトを狩るのは、もはや同種族のヒトだけになってしまっても。
それも自然の理の内。
役割分担、世界を回す歯車のひとつ。
喚いたってショウガナイ。
生きてる限りは何かの役割を負うものだし。
生きてる限りは、いつかは死んでいく。
オレは、だから。
ゾロの仕事がなんであれ。
ゾロの立場がなんであれ。
ゾロを厭わない、嫌わない、否定しない、する必要がない。
ゾロの弱味としてオレが狙われるってコト。
それも仕方ないよね。
ゾロを愛するために負わなきゃいけないリスクだとしたら。
オレが狙われても、仕方ない。
できるだけ気を付けて生活して。
ガン以外のもので狙われた時、自衛できるようにすればイイ。
ゾロが、オレが傷付いて傷付くのは。
…どんなにイヤでも、ゾロはそれを受け入れなきゃいけない。
オレが、ゾロが傷付いたらイヤなのと一緒。
イヤならオレを守ってみせろってんだ。
努力しなきゃ、なにも始まらない。
10欲しいものがあったら、10全部手に入れる努力をすればいい。
それができないんだったら、諦められるものから諦めていくしかない。
オレが欲しいのはゾロ。
だから、オレの未来は、全部ゾロにあげたい。
あげる、ってもう決めてるし。
それも、ゾロに言ってあったよねえ?
オレ、ゾロを諦められない。
ゾロを諦めたくない。
ゾロのいない日常は嫌だ。
毎日一緒に暮らして行けないとしても、オレはゾロが帰ってくる場所でありたい。
でも、オレはゾロのモノじゃないから。
相談して、お互いが歩み寄れるところで、合意しなきゃいけない。
ゾロがオレを、キケンからできるだけ遠ざけておきたい、って言うんだったら。
オレがヒトから離れて生活すればいいんだし。
ゾロ。
まずはゾロに会わないと、何も始まらないよね?
どうしよう?オレは何日薬漬けにされちゃってた?
筋肉…ああ、落ちてる。
お腹、空っぽだ。
…オレのバカ。
トチ狂ってる場合じゃなかったのに。
…ゾロに会わなきゃ。
ゾロがオレを諦める、って決意したならともかく。
…うんにゃ。オレのゾロだもん。
ゾロ、オレを愛してるって言ったもん。
諦める、なんて弱音は吐かないよねえ。
うん、弱音は吐かない。
オレ、ゾロを信じてるもん。
オレを愛してるって言ったゾロを、信じてるもん。
オレを愛してるから諦める、って言ったら。
それは間違ってる、って言わないと。
一緒に死んでも構わないから、愛してるなら側にいないと。
でも、オレは生きてることがスキだから、カンタンには死んでやらない。
足掻いたっていいじゃないか。
必死になったっていいじゃないか。
オレの人生、ダディも言ってた。
"どうするかを決めるのかはオレだ"って。
オレはゾロを愛して生きていきたい。
オレはゾロに愛されて生きていきたい。
ただそれだけ。
オレが望む事。
オレにとって重要なコト。
ただ、それだけ。
ゾロ、手術した。
銃弾、取り出して…ヒトだから、盲管射創、火薬輪…あの距離だから、あるかな?
銃弾、取り出して、骨、パテを塗るかな?筋肉で止まってたから、骨、削れただけかなぁ。
血管繋ぎ合わせて、筋肉縫い合わせて、皮膚、抱合。
手術…輸血して、…ヒトだからなぁ…、麻酔切れてどれくらいだろう?
2日もあれば、多分、意識は回復してくるよねえ。
体力が戻り始めるのは、あと…3日か、4日くらい…?
ゾロ、まだコロラドにいるのかな?
ペルさん、オレを遠ざけようとしてたから、もしかしたらどっかに連れていかれちゃったかな。
電話、ゾロの携帯。
…多分、ペルさん、取り上げてるよね?
…オレの携帯………あ、充電器、ホテルに置いてきた。
そういえば、オレの荷物。
ゾロの荷物と一緒に、どこに持っていかれたんだろう?
車、血塗れ。
…洗車しないと。
ああ、でも。
血痕反応が出ると、不味いのかなぁ?
ゾロと連絡…取れない。
くそう。
あの口調だと、いろいろと電話して尋ねるわけにもいかないよね?
リトル・ベア…知ってるかなぁ?
でも、ゾロ、巻き込みたくないだろうし。
ゾロにオレの実家の電話番号、教えておけばよかった。
フォート・コリンズの家の電話も、教えてない。
…アリゾナの家。
あそこ、なら。
ゾロ、来るよね…?
アリゾナ、行かなきゃ。
「…ベイビィ、起きたの?」
マミィの声。
「うん、マミィ」
ドアが開いた。
食器が乗ったトレイ。
チキン・ブロスの匂い。
「気分はどう?」
「少し落ち着いた。心配かけてごめんね、マミィ」
「…いいのよ、ベイビィ。元気になってくれてよかったわ」
サイド・テーブルに置かれたトレイ。
お米が入ってる。
ン、オオケイ。
元気にならなきゃ。
「食べれる…?」
「うん、オナカ空いた」
「…サンジ、イイ子ね、ベイビィ」
額と頬にキス。
「食べたらちゃんと寝ているのよ?」
「ウン」
ゆっくりと熱いスープを口に運んだ。
胃に染み渡る。
オイシイ。
うん、機能してるね、オレ。
「弁護士さんが、念のため、1週間はお家にいてください、って仰ってたわ」
「わかった」
わかった、それ。
オレの身にキケンはないって言ってたんだから。
オレを引き止めるためのものだ、きっと。
…見張られてるかな?
…国道、車。
だったら、裏庭から抜けて、山を越えて。
…ジャックおじさんに車を借りよう。
ペルさんの部下、オレのこと、そんなに知らないだろうし。
フツウのヒトは、真夜中に森を抜けて行かないらしいから。
体力、回復。
今日はムリ。
明日は…行き倒れたらハナシにならないから。
明後日…ペルさんの部下、オレん家に連絡入れてくるかなぁ?
だったら、3日目の夜だ。
森を抜けて、山を越えて。
アリゾナの家に帰ってみよう。
ゾロに会えるかどうか、わかんないけど。
やってみるまではわかんないし。
じっとこのまま家にいて、泣いて暮らすのなんて、ゴメンだし。
ゾロを忘れてフツウに生きるなんて。
フツウがどんなものか知らないけど、それは絶対に嫌。
ようし、ミテロヨ。
オレは頑張るんだから!
ゾロ、いなかったら探せばイイ。
イザとなったらニューヨーク中捜し歩いてヤル。
泣いてる場合じゃない。
悩んでる場合じゃない。
体調戻して。
元気になって。
ゾロに会いに行かなきゃ!
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