Thursday, August 1
手術の後、意識が戻るまで2日かかっていた。どうせ魔女が多めにクスリでも調合しやがったに違いない。
ある程度身体の自由が効くようになるまで、さらに4日かかった。
ベッドからどうにか身体を起こす。左半身、押し固められたように感じる。
けれど。
魔女のセリフを借りれば、「死にはしないだろう」。
4日目までは、ペルがほぼ終日この『家』にいた。
現在は、出ている時間の方が長い。
そりゃあ、そうだ。
おれが『いない』となれば。ヤツが忙しくなるのは当然だった。
東が、黙っているはずも無く。南もざわめきだし。
コーザも最初の日にちらりと覗き、3日目に馬鹿げた花束を持ってヒトをからかいに来てからはカオをみていない。
西も、なにかしら動いているらしい。ああみえても、手を結んでいるアイツは頭の切れる男だ。
オマエが死んだ振りしやがるとおれが忙しくなっちまうんだよ、と。そう言って、大げさに溜め息をついて見せていた。
それに。
そろそろ、動きを嗅ぎ付けたハナの良い「小熊」がおれの無事を確かめに連絡を寄越す頃だろう。
『シニョール、ミ・ロードはご健在か』
歌うようなヤツの声の調子も予想できる。ヤツはなにもかもを、見抜く。
2日前、ベッドから降りたときはまるっきり冗談のように視界が回った。魔女がエライ剣幕で怒鳴った。
いまは。ベッドの足元に立ち、ただ、目線を外さない。
フロアに足を着ける。
ふい、と魔女が出て行った気配がした。
窓辺まで進み、広い窓を開けてみる。
右手。
バランスを巧く取る必要がありそうだ。
拡がる景色は、予想通りのものだった。湾に面した、断崖絶壁。岬の突端にある屋敷。
出て行くなら、ヤツのクルマを拝借していくしかないな。
身内のカオを思い浮かべる。
ふと扉の開けられる音が届き。窓に魔女の入ってきたのが映し込まれた。
声はかけられずに、手にしていたモノを投げて寄越された。
「もっておいき、」
タブレット、アンプル、バンデージ、そういったものの入れられたパッケージ。
「それくらいあれば、まぁ、6:4で死なないだろう」
「―――バレテタか」
苦笑した。
「カオに書いてあらァね、クソガキ」
言いながら、魔女がす、とベッドを指差していた。
「ホラ、さっさと戻るんだよ。今日までは絶対安静だ」
「了解、ドクタ、」
ベッドへ戻れば。くれはが目を見開いていた。
「―――ンだよ?」
わらう。
やれやれ、と魔女が肩を竦めていた。
「つくづくオマエはゲンキンなガキだねぇ」
「あぁ、特権だろう?ガキの。精々使っておくさ」
「フン。じゃあ私も明日には帰らせてもらうよ。アレがおまえを撃ったらまたコトだ。気の毒だから今度ばかりは殺されちまいな」
「おれが捕まる訳がない」
「死にかけて少しは謙虚さってモノをみつけてくるかと思ったら、」
暴君は健在かい、と魔女がわらいながら手をひらりと空へ上向けた。
Saturday, August 3
ふいと人の気配が無くなる瞬間がある。
ペルが何人か子飼いを連れて朝方に出て行き、そうでなくてもこの家には元来人が少なかった。
意識が戻ってから6日目の昼に、巧い具合にチャンス到来、だ。
おれがオトナシクしているからって、油断しやがったな……?
まぁ、特に逃げ出すいわれもないしな、確かに。
部屋のクロゼットには、ご丁寧にホテルにおきっぱなしだった荷物がアンパックされて仕舞われていた。
欠けていた物は、ガンと携帯電話。
正に用意周到、わらった。
この分なら、サンジのクルマ。あれもとっくに処分されている頃だろう。
着替え終え、地下のガレージに向かう。
途中だれとも擦れ違わなかった。上等。
勝手シッタル他人の家、ってやつだ。
セキュリティをある程度優先すれば、自ずと構造は似てきでもするのかしれないが。
進入が難しい家ほど、出て行くのは総じて簡単だ。
ガレージへと通じる扉を開ける。
あのコーザのすることだ、どうせクルマにキイは着けっ放しだろうと踏んでいた。
アタリ。
「少し借りるぞ、」
人の気配のしないガレージで呟いた。
並んでいたのは、シルヴァのアストンマーティン。スティールブルーのゲレンデヴァーレン。
フォレストグリーンのジャグア、コンバーティブル。
あぁ、ゲレンデ以外はイイ趣味だな、身内。
おれは爆発騒ぎ以来、益々あのクルマが嫌いになった。
「コレだな、」
クラシックのジャグア、精々目立つ場所に乗り捨ててやるからどうせすぐ連絡は入るだろう、運が良ければな?
「悪く思うなよ、"キョウダイ"」
イグニッションキイを回す。よく手入れされているらしく、すぐにエンジンがかかり。
開き始めたガレージのドアが開け切る前に外へ走り出させる。
真昼間の海風だ。
陽射し。
グラス越しでも、色が東とは違う。
気分が良かったが、難点が一つ。左腕が今ひとつ自由に動かなかった。
アタリマエだと魔女が聞いたなら怒鳴るだろうが。
片手でマニュアル運転するのはけっこう無茶があるな、そういえば。
なにしろここは海沿いだった。
カーメルの湾岸、好き放題に曲がりくねった州道。
「確かにおれはバカかもしれない、」
居ない子守りに向かって言った。
まぁ、いまさら死ぬ気はしないけどな。
アクセルを踏みつけた。
景色が流れる。
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