Saturday, August 3
いっぱい寝て、しっかり食べて。
きっちりストレッチして、こっそりと運動を始めた。
オレが落ち着いたのが解ったのか、比較的、いつもの生活に、ダディとマミィは戻ったみたいだった。
それでも。
ダディは気になるのか、まだデンヴァの方の家に戻る気配は無く。
マミィも仕事は、この家から行ってるみたいだった。
ううん、心配させちゃったね。
こっそり出て行ったら、もっと心配されちゃうかな?
じゃあ、いつもみたいに、森に行ってくるってメッセージを残しておこう。
そうすれば、多分大丈夫だよねえ…?
オレの荷物、意識が正常になってから。ダディとママ・リディが持って上がってきてくれた。
ゾロが買ってくれた服は、血塗れになって。結局それは、マミィが捨てたみたいだったけど。
ラップトップ、いくつかの服。
あとは大学で借りた本とかが、オレの手元に戻ってきた。
携帯電話は無かった。
車の中に置きっ放しだったから、まだそっちにあるのかな、と思ってたら。
マミィが、弁護士さんが送ってきたレポートを見せてくれた。
車を処分しましたって報告。
写真付き、フロントがぶつけられてる。
…こういうの、なんていうんだっけ?
アリバイ工作?周到だね。
ご苦労様。じゃあスクラップに回されたのかなぁ。
電話も処分されたんだろうなぁ。
まぁ、番号は全部アタマに入ってるから、問題ないけど。
「折角アナタが自分で買った車だったのにねぇ」
マミィが横で溜め息を吐いてた。
「ん、まあ形あるものはいつかは壊れるし。好きだったけど、しょうがないよ」
血塗れのジャケットの中から取り出しておいてくれたらしい財布を手渡された。
中を確認。お金はともかく…ああ、ある。オレのライセンスと大学のID。
それだけあれば、なんとかなる。
ひとまず安心。
「今度マミィが新車、買ってあげるわ」
「中古でいいよ。勿体無い」
「……気にすることはないのよ?」
「違うよマミィ、お金が勿体無いんじゃなくて、車が勿体無いんだよ」
「…好きにしなさい」
ハグ&キス。
車。自分で買えるけどねえ?
「マダム、お電話です」
下からママ・リディの声。
「上でとるわ、電話を回してちょうだい」
マミィが声をかけて。
オレの部屋にある電話が鳴りだした。
「マァミィ、訊きたいことがあるから、まだ行かないで」
「いいわよ、ベイビィ」
さらん、と髪を撫でられた。
オレはベッドに寝転がって、目を閉じたフリ。
アタマの中、どっかでアラームが鳴ってた。
多分、コレ、ペルさんか、部下のヒトだ。
マミィが電話をとった。
「イェス、シャーロット・ラクロワです」
『ミセス・ラクロワ、私はクリストファ・エヴェレットと申します。先だっては当方のマクファーソンがそちらへ御伺いしたかと』
電話越し、柔らかくて甘い声。
…ペルさんだ。
マミィが、あら?って顔をしてた。
フゥン?いい声なんだ?
「弁護士のミスタ・マクファーソンですわね、ええ、いらしていただきました。どういったご用件でしょう、ミスタ・エヴェレット?」
あ、コレ。マミィの仕事用の声だ。
ふぅん…ヒトって面倒だねえ?
こてん、と聴こえてないフリをしながら、しっかりと耳を澄ます。
ペルさん、…なんだろう?
『いえ、不躾ながら―――その後、ご子息の御加減はいかばかりかと。かなりショックを受けていらしたようだと、マクファーソン
が申しておりましたもので…』
「ええ…そうですわね。最初の3日間は、ショックが激しくて…かかりつけの医者に、注射を処方していただいて、どうにか
休ませたのですけれども、」
ご子息が関わられた人物の代理人のようなものですから私も気になっておりました、ってペルさんが続けてた。
…オレの心を殺そうとしたヒトなのにね。
ショーガナイけど。
「ここ数日間、どうにか食べてくれるようになって。それでもまだ寝たままですわ」
マミィがそうっと声を落として言っていた。
『そうですか…。今は、無事に回復に向かっていらっしゃるのですね、』
「しばらくかかりそうですけれども、なんとか…」
やさしいやさしい声が電話の向こうから聴こえてきた。
吊られて涙声なマミィ。
こういうの、なんて言うんだっけ?
タラシー!!って、陽気なサンドラの声が聴こえてきそうだ。
『―――よかった、』
甘い声が、僅かに安堵したみたいに言っていた。
……悪いヒトじゃないんだろうな、ペルさんも。
でもだからといって、譲れないけどね。
「…お心遣い、ありがとうございます」
マミィが、ティッシュを握り締めて言ってた。
『ミセス・ラクロワ、』
「はい…?」
…まだなにかあるの?
『ご子息に。私共からも御礼申し上げる、とお伝えください。そしてどうか御大事になさってくださるように、と』
「…わかりましたわ。ええ、伝えておきます」
声が、少し鎧を帯びた。フツウの声になった。
訊きたいこと、オレの状態。
…気遣われてるけど、多分、ソレだけじゃないようなカンジ。
それでは、ごきげんよう。ミセス・ラクロワ、って。
甘い甘い声が囁くように言っていた。
「態々ありがとうございました」
そうマミィが応えて、それから通話が切れた音がした。
ツー・ツー・ツー。
ううん…偵察、だよね、アレ?
電話を元の位置に戻して。
目を瞑っていたオレのところにマミィが戻ってきた。
「ベイビィ、寝たの?」
「ん…?起きてるよう?」
目を開けると、さらさら、と髪を撫でられた。
「今ね、ミスタ・エヴェレットからお電話をいただいたの」
…ここで、誰それ、とか言ったらダメなんだよねえ。
とりあえず、頷いた。
「お大事に、って。ありがとうございました、って言ってたわ」
「…ふぅん」
マミィに笑ってみた。
ほんのりと、ピンクに頬が染まってた。
「…すっごいキレイな声の人でいらっしゃるのね?」
「…マミィ、キレイな声、の定理がわかんないよ」
オレにとってキレイな声は、レッドやリィやティンバーの声。
そして、ダイスキなゾロの声。
「そう?…なんだか甘くて、柔らかくて。マミィ、ぽうってなっちゃった」
くす、と笑ってた。
「ふぅん…?」
目を細めると、マミィが、そうだ、って手を叩いた。
「ベイビィ、訊きたいことってなぁに?」
「あ、うん。ずっとずっとね、訊きたかったんだけど」
セトのお父さんの話。
「どうしてアントワンと別れたの?」
マミィが小さく目を見張った。
「突然ね、ベイビィ?」
「うん。オレにとっては、突然じゃないんだけどね?」
くす、とマミィが笑った。
「そうね、理由は色々あるんだけど……アントワンとは一緒に、どうしても、暮らすことができなかったのよ」
「…ふぅん?」
それってどういう意味だろう?
「すれ違ってばかりの生活が苦しくてね…マミィもお仕事、始めたばかりだったし。アントワンもお仕事が忙しかったから、
お互いより仕事を選んだのね」
さらさら、と髪を撫でられる。
…ううん、やっぱり。
オレは定職を持たないほうがイイのかなぁ、そうすると?
「アントワンのこと、嫌いになったの?」
「あら、それは違うわ、サンジ。アントワンのことは、まだ大好きよ?」
くすくす、とマミィが笑う。
「だけど、ベイビィ、もうアナタなら解るでしょう?マミィ、エドワードに恋をしたの。だから、エドワードのことを一番愛してるのよ」
「…うん。解る」
こつん、って額が合わされた。
マミィの青い瞳が、きらきら、ってしてた。
「アントワンを、まだ愛してるけど。今はもう、親友なのよ。マミィがそういう意味で愛してるのは、エディだけ」
「…そっか。うん、応えてくれてアリガトウ」
「…その内、ベイビィが恋をした人のことを、教えてほしいわ」
さらん、って頬にキスを貰った。
「話せるようになってからでいいのよ?」
「…ウン」
そうだねぇ…いつか、話せるようになればいいなあ。
オレの愛するゾロのこと。
「あのね、マミィ」
掌を見る。
胸元のクロスを握って。
「オレ、こうなったけど。ちっとも後悔してないんだ」
「……ベイビィ」
きゅう、ってハグを貰った。
「今も、愛してるんだ」
「…そう」
ふわ、とマミィが微笑んだ。
「…幸せになりなさい、ベイビィ」
「ウン」
ウン、オレ、アナタタチにまた心配かけちゃうかもしれないけど。
愛してるから。
幸せになるために。
ゾロを追いかけていくけど…許してね?
「…マァミィ」
「なぁに、サンジ?」
「ダディにも伝えてね、愛してる、って。傷つけて、ゴメンナサイって」
「…わかったわ」
もう少し休むの、って訊かれたから、頷いた。
額にキス、何年かぶりに、マミィに布団をかけてもらった。
「おやすみなさい、ベイビィ」
「おやすみなさい、マミィ」
マミィが出て行って、扉が閉められる音を聴いた。
…うん。
よし。
ペルさん、もうかけてこないよね…?
あの調子、多分…なにか気掛かりなことがあったんだ。
……もしかしたら、ゾロ………抜け出したのかな?
…早くあの家に帰らなきゃ。
砂漠の家に、戻らなきゃ。
ゾロ。
早く会いたいよ。
でも今急いだらダメ。
暗くなるのを、待たなきゃね。
今のうちに、寝ておこう。
今夜のうちに、山を越えていかなきゃ。
…おおけい。
がんばるぞう!
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