第8章
Saturday, August 3
このままいっそ続けてドライブしていくか、とアタマを掠める程度には快適なアシを乗り捨てた。
カーメルを抜け。
後続にいまのところそれらしいクルマが一台も見られないことに少しわらった。
まだ、ペルは戻っていないのだろう。そう見当をつける。
けれど、そうそう気を抜いてもいられないのも事実だ。
ヤツが戻るまであと2時間程度はかかるとしても。その後はすぐにトッ捕まるだろうな、コレに乗っていれば。
快適なだけに、悪目立ち。
ただ。このまま捨てていくのはさすがに「悪い」だろう、そう思い。場末のパーキングに突っ込んでおいた。
1時間につき75セント。最低以下のレヴェルの値段設定だ。
あぁ、多分。
あと30分もすれば跡形もねェな。上出来。
アラームの音が白々しかったが。クルマをロックしてやり、キイを排水溝に落とした。
パーキングを出れば、まだ陽が高かった。
ここからが、面倒だな。
形跡を残さずに移動するとすれば。―――少しばかりウンザリするが、しょうがねぇ。
手っ取り早いしな。……クソ。
一生自分とは縁が無いだろうと思っていた単語、『ヒッチハイク』。
悪い冗談以下の事実だな、
クソ子守りが。
おれのテリトリー外にあっさり移ってきやがった、見越してやがったな?どうせ。万が一の可能性ってヤツを。
その割には、おれの見張りはあっさりしていない、ってのは。信用されているのかそれともおれが「諦めた」と見切りを
つけたのか、どちらなんだろうな。
ケイタイ、カードその他所持品一切ナシ。
キャッシュ少々?フザケテルな、実際。
ハイウェイの入り口。あァ、見えてきた、―――真剣に嫌気がさしてきた。ヒッチハイクかよ、まったく。
せめて、可能であれば。
女のドライヴァでもおれは希望する。
何台か、横を抜けて行くクルマがある。フン、2時間でもみておけば『ココ』からは消えられそうだ。
1台目。LA。
2台目。サンディエゴ。
―――ン?
入り口間違えたか?知るかよ。
3台目。
メキシコ。―――アウト。
ビジンだったのがザンネンだな。
「バイ、」
にっこりと女が笑って言い残し赤のポルシェが走っていった。
ひら、とおざなりにテールランプに向かい手を振る。
でかいエンジン音がした。クラシックな音だ、ムカシのアメリカ。
……フウン?
音に向かって目線を投げる前に、色が飛び込んできた。レモン・イエロー。抜ける空に映える。
コンバーティブル、車体がやたらと長いプリモス・バラクーダ、71年型。
赤毛の女がハンドルを握り。
ナヴィシート、バックシートに一人づつ。
すう、とスピードが落とされ。
何メートルか先でコンバーティブルが止まった。
バックシートの女が振り向き。サングラスを額に押し上げ手を振って寄越した。
「ダーリン!何処まで行きたいの?」
チェリイ・ブロンドがヒカリを弾いていた。
「あぁ、砂漠」
「デス・ヴァレー?」
ドライヴァーズ・シートから女が笑っていた。つ、と大振りなサングラスを持ち上げていた。
「いや、アリゾナまで」
「ヴェガスまで行くわ、」
くい、と二本揃えた指が手前に曲げられる。
「ダーリン、私たちと一緒に来る?」
「あァ、勿論」
バックシートの女がドアを開けていた。
「乗って!」
「良いもの拾っちゃったわね、ヴィーダ?」
「私は運が良いもの」
ヴィーダ、と呼ばれた女がわらってアクセルを踏み込んだ。
く、とバックシートにいた女が見上げてきた。零れ落ちそうな笑みと一緒に。
「私はティティ、カノジョはヴィーダ、その隣りがジーンよ。あなたはだぁれ?ダーリン?」
「―――ジョーン。よろしく、ティティ」
フフ、とティティがわらった。
ジーン、と呼ばれた女がナヴィシートから身体ごと向き直った。
「ジョーン、ダーリン。とてもじゃないけどヒッチハイクをするようには見えないスタイルね?ステキなスーツ」
「家出中だからな、生憎と」
くすくす、と笑い声と一緒にブロンドが揺れた。降ろしきった窓からの風に巻き上げられている。
バックミラー越し、赤毛の女が唇を引き上げているのが映る。
「逃亡中なの?」
ヴィーダのセリフに、ロマンティストねぇとティティがわらっていた。
「情熱的なのかも知れないわよ?」
ジーン、が笑みを深くしていた。
「アナタたちは、」
「お仕事の前にホリディ、」
「ヴェガスでお仕事があるのよ、」
「"ショウ・ガール"なのよ、私たち」
3人からバラバラに答えが帰ってくる。
あぁ、どうりで手入れされているビジン共だと思った。
「じゃあ、ロング・ドライブだけど。よろしくね?ダーリン」
ヴィーダが振り向いて、にこりとわらった。
「退屈しないわね」
ジーンがウィンクを寄越し。
ティティはきゅう、と一瞬抱きついてきた。
「「こら。」」
フロントシートのビジン2人が同じように言って寄越したのに、少しばかりわらった。
「ヴェガスに行く前に、寄るところがあるから。そこまでは連れて行ってあげるわ」
ヴィーダが言い。
「砂漠の方、グランドキャニオン・ナショナルパークの側まで」
ジーンが歌うようにつけたし。
「上等だよ。そこで良い」
「ダーリン、アナタも運が良かったわね」
ティティが引き取っていた。
「あぁ、どうやらそうらしいな」
「「「アタリマエじゃない。」」」
賑やかなことこの上なし、だな。
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