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 Sunday, August 4 at Late Morning
 遅い夕食を取る為に一度ハイウェイを降りたほかは、夜通しクルマは走り。
 ティティがステアリングを握った時だけ、残りの2人も目を覚ましていたのにはわらった。
 「お客様を乗せているんだし、」
 ジーンが唇を吊り上げ。
 「この時点でまた怪我をさせたら、ハニィに私たち恨まれちゃうしね?」
 ヴィーダが喉奥で笑い声をたてた。
 「私!!オトコノコだったとき、バイクも運転できてたんだから!ハーレーよ?!」
 ティティがむう、とした声で返していたが、あっさり流されていた。
 そして、つい、とミネラルウォーターのボトルが差し出された、目の前に。
 「ダーリン、お薬の時間じゃないの?」
 
 なんでこうも魔女共はなにもかも御見通しなわけだ?
 つ、と額の辺りに手が差し伸ばされた。
 「―――あぁ、やっぱり。ちょっと微熱がでてるわよ?気を付けて」
 ヴィーダがすう、と目を細めていた。
 「アナタに眠ってもらわないと、私たちが心配だわ」
 ジーンがさらりと付けたし、ね?とティティに目配せをしていた。
 「ダイジョウブよ、ダーリン。キスで起こしたりしないから」
 からかうような低い女の声だ。
 「―――サイアクの事態だな、それ」
 くれはの用意した錠剤を口に放り込んだ。
 くすくすと笑いさざめく声を聞くうちに、ゆっくりと意識が沈んでいき。
 『おやすみなさい、ロミオ』
 笑いを含んだ声が最後に聞こえた。――――魔女共め。
 
 
 「ねえ、ダーリン」
 ヴィーダがドライヴァーズシートからちらりと目線を寄越した。
 思いのほか深く沈んだ眠りから目覚めれば朝になっていた。そして景色は、どこか見慣れたモノに変わっていた。
 乾いた色をした遠く続く平地。まばらな潅木の茂み。
 目線を風景から戻す。
 目が覚めてからまたしばらく進み。クルマはキングマンでハイウェイ40を下た。そして、ちょっとリフレッシュしましょうとの
 一言でホテルの部屋を取っていたらしい魔女共につきあった。
 「あぁ、益々ビジンになったな」
 部屋を出るとき軽口で、すっきりと化粧しなおしたビジン共に言えば。
 「「「ダーリンもね、」」」」
 
 そしていま、キングマンからティティのリクエストでルート66を上っている。
 傾ぎかけた標識が行く先を示していた。
 『ピーチスプリングス』
 ―――来ちまったな、と。
 ふと思った。
 
 「私、知り合いがピーチスプリングスのはずれのほうにいてね?そこまで行くのよ。アナタはどこで下りたいのかしら」
 『タウンの外れ』、その言葉に何かがクリックした。
 昨夜食事を取りに寄ったダイナーのテーブルで、サンジから渡されていた銀、それを目にしたヴィーダとの会話。
 『あら。私の知り合いもそういうの偶に作ってるわ。すごく無愛想な男だけど』
 『連中はどれも無愛想だろう?年寄り共は特に』
 『失礼ね、知り合いは私と同じ年よ、』
 そう言って笑っていた。
 『でも、弟はすごくスウィート。そのコに会いに寄るのよ』
 心当たりのあるキョウダイがすぐに浮かんだ。
 『それって――――』
 『なあに?』
 『―――いや、いい』
 いまさら確かめるのもバカらしい気がしてきた。
 
 「タウンの外れでいい、」
 そう答えた。
 どちらにしろ、そのもっと奥に用事がある、と。
 「オーケイ、」
 ヴィーダがバックミラー越しに微笑んだのが映った。
 州道を外れ、ピーチスプリングスへと入ってきた。
 タウンをそのまま抜け、微かに覚えがある外れに向かわせる。
 地理感のあるらしいヴィーダに理由を問えば、昔なんども訊ねたことがある、そう言っていた。
 「私、なんとなくこの場所がスキだったみたいね」と。
 穏かな声が付け足していた。
 
 
 「ダーリン!ハニィに会えるといいわね、」
 ティティが頬にキスを寄越し。手には水のボトルを渡された。
 「ここで置いていくのも気が進まないけど。あなたが良いっていうなら仕方ないわね」
 ジーンがさらりと頬に手を滑らせ、ちいさく笑みを浮かべた。
 「コイビト以外にはあまえない、っていうんじゃ仕様がないもの」
 付け足していた。―――言ってねェぞ、そんなセリフは。
 「懐かないわねェ、野生動物は」
 ヴィーダがけらけらと笑っていた。
 「―――ダレが動物だよ」
 「「「アナタじゃない」」」
 3音声。――――わかったよ、おれは多分あんたたちには敵わないっていいたいんだろう?
 
 クルマから下りた。
 「アリガトウ、面白かったよ」
 「あら。お礼言われちゃった」
 ヴィーダがわらった。
 「礼ぐらい言うさ」
 わらい返した。
 「送られオオカミなのに?」
 ――――惨敗かもしれねェな。
 上等すぎるビジンの3人連れには今後用心することにしよう。
 「ああ、そうだよ。感謝してる」
 上出来な笑みが3通り戻ってきた。
 「気を付けてね。」
 「努力する、」
 頬にキスを3回。返礼は断った。
 
 遠ざかるエンジン音と一緒に、意識があの場所に向かうのがわかった。
 華やかな笑い声、それが蒼すぎる空に溶け込んでいく。
 夕方前には、あの場所まで戻れるだろう、そう見当をつける。
 ただ、前回は。
 おれは死にかけじゃなかったけどな。
 小さく笑う。
 似たようでいて、まったく逆転した状況に。
 
 あのときは、アレから逃げ出すつもりでいたんだな、と。
 それが、いまは。
 たとえ不在を確かめるためにでも。
 手の中に取り戻すために、戻ろうとしている。
 サイアクの事態を想定してみる。
 繋がる糸が切れていた場合。繋ぐもの、といわれた鎖の輪が外されていた場合。
 ―――おれは生に留まるだろう、それは確かだ。
 ただ、少しばかり。亡霊共がおれに追いつくのが早まるかも知れない、それも確かだ。
 
 陽射しが、肩に落ちてくる。
 歩き始めた。
 昼間に外を出歩くのはイカレタ野良犬だけだ、そんなことをリカルドが言ってわらっていたことを思い出した。
 それを二度もしようとしているおれは、イカレタ何なんだろうな?
 「愚か者か?」
 ペルの言葉を思い出す。
 眠った所為で、熱は抑えられたらしい。視界はクリアだ。
 
 いつも逆方向を指す標識、そして岩。
 あの家までのポイントを記憶の中で確認する。
 今回は。
 何件妨害が入るんだろうな?まだ半分向こうにアシを突っ込んでいるようなモンだから、前回以上に賑やかかもしれない。
 あの陰気臭い奴らはカンベンだ。
 えらく陽気な魔女共と一緒だったあとには特に。
 
 地熱が、吸い込む空気さえ揺らし始める。
 「アイツラ、馬つきで出て来ねェかな」
 馬鹿げたひとり言にうんざりした。
 それくらい、バカ言ってねェと行為のバカさに負けそうだ。
 あぁ――――あそこ。岩の陰。
 いやがる、陰気臭ェのが一人。
 「よぉ、タダイマ」
 御帰り、ぐらい言いやがれ。血ばっか流してンじゃねぇぞてめぇ。
 「わざわざ会いに戻ったおれに返事もナシかよ」
 かさり、と足元。
 乾き切った草が崩れた。
 どうせ、例の標識の辺りまで御仲間に会う羽目になりそうだ。
 羊の代わりにでも数えるか。あぁ、眠ったら死ぬか?―――まさかな、大笑いだ。
 
 きい、と何かが軋む音がした、耳もと。
 熱風が身体の横を通り抜けていく。
 平たい乾いた荒地の先、小さな点でしかないソレ、標識だ。
 あそこまでたどり着ければ、第一関門突破だな。
 中途半端なトコロで下りたおれもおれだが。
 降ろす方も降ろす方だ、そんなことがちらりと意識の底に掠める。
 ロマンティスト共め。
 なにが、「恋の試練」だ、クソ。
 おれは勝負に負けたことなんざ、一度もないんだよ。ざまァみろ。
 『試練』に見事勝った暁には。約束通り控え室を花で埋めてやる。
 せいぜいたのしみにしてろ、魔女共。
 
 
 
 
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