ドアの向こう側。
甘く優しい声で、ジョーンが歌ってた。
お湯に浸りながら、思い出す。母がよく聴いていたCD。
ふと自分の指が目に入って。
なんだか、仔オオカミの餌付けをしていたみたいだなぁ、って思った。
アイスクリーム、舐めとっていった舌。
熱かったなぁ。
クスクスと笑みが零れる。
楽しかった。
じいっと見詰められると、本当にオオカミに見詰められているみたいで。
キレイな瞳に、捕りこまれた。全部、委ねたくなってしまう。
フワフワの毛皮はないけれど。立派な身体をハグするのもスキだ。
なんだろう、オレはきっと草食動物、な気分。
圧倒的な力に、呑まれる。
それなのに、落ちてくるのは、柔らかな口付け。
柔らかな笑み。
やっぱり、仔オオカミみたいだ。
あ、でも。オトナのオオカミたちにも、舐められたっけ。頬とか。
ああ、そうか。
オレがジョーンを無条件でスキになれたのって。
カレがオレが好きなものたちに、とても近いからだ。
野生の、強い生き物。
今度、ジョーンを。コロラドの彼らのところに連れて行ってあげたいなぁ。
彼らは、どうするだろう。
低い歌声は、まだ耳に心地よい。
そしてそれは。
ダイスキなオオカミたちの歌声より、ステキで落ち着いた。
着替えて、ドアを開けて。
立ち上がったジョーンに、歯磨きをして、って言った。
ステキな歌を、ありがとう、って。キスでお礼もした。
はい、って答えたジョーンは。肩に頬をくっつけてきた。
可愛くって、またハグをしてから、早くしちゃって一緒に寝よう、って言った。
いい匂いするね、って、笑ったジョーン。
「じゃあすぐするから、待っててね、」
急いで御風呂場で、歯を磨きだした。
「うん。向こうで髪乾かしてるから」
応えて。
髪をタオルで拭きながら、キッチンの火の確認をした。水周りも確認して。
食器も、きれいに片付けてあって。なんだか嬉しくなった。
台所の電気を消して、ベッドルームの明かりを付けた。
その奥のスタディに置いてある、ドライヤーで髪を乾かし始めたら、トットットと足音が響いてきて。
ひょこん、ってジョーンが覗いた。
「先にベッド、潜ってて?」
にぃって、笑ってから、同じ様にひょこんと引っ込んだ。
なんだかパペットみたいな動きが、可愛かった。
髪を乾かし終わって、スタディのライトを消した。
ジョーンが、子守唄は3曲くらいしか知らないんだけどなぁ、って呟いた。
「んん、それくらいあったら、寝ちゃうから、ダイジョウブ」
「もっと起きててよ?」
「きっと、寝ちゃう。オレ、布団入ったら、すぐ寝れちゃうんだ」
横にもぐりこんだ。
ちぇーって言ったジョーンに、ぴったりとくっついた。
「だってさあ、もっとぎゅううってしたいのに」
「んん。ずっとしてて?」
ぎゅ、って抱きしめられて。
「キスももっとしたいのに、」
さらんと、髪に口付けられた。
「寝ちゃうんだー、サンジ?」
にゃあ。だって、オレ、眠い…。
「ジョーン、オヤスミの挨拶…」
頭を引き寄せて、口付けた。柔らかで、少し薄い唇。
もぞもぞ、とジョーンの腕の中、頭を落ち着かせて。
「……じゃあ、寝ていいよ」
でも、軽く口付けられた後、首のところを噛まれた。
「ジョーンも一緒に寝よう…?」
くすくす、って笑いが漏れていった。
「ねむくない、」
ああ、やっぱり。肉食獣みたいだ。
「んん、じゃあ、歌って…」
また唇で、首を食まれた。
とろん、と蕩け出す意識が、一瞬だけ跳ねた。
トロトロと、意識が飛び始めたところ。
低い声が、柔らかく滑り込んできた。
低い、低い歌声。
聴いた事、ある曲だ…。
きゅうう、って全部、抱き込まれた。
嬉しくって、安心できて。
ふう、って息が漏れていった。
"Smile thou' your hear is arching"
Smile even tho' it's breaking
When there are clouds in the sky you 'll get by
If you smile through your fear and sorrow
Smile and maybe tomorrow
You'll see the sun come shining
Through for you"
優しい腕と。
優しい熱と。
優しい歌声に、抱かれて。
それはそれは幸せな気分のまま、眠りに意識がダイヴした。
遠くで、オヤスミって声がして。
けれど、応えることはできずに。
ストン、って意識が落ちていった。
オヤスミナサイ、ジョーン。
まだ、2番の途中で。ああ、サンジが寝ちゃったんだなってわかった。
不思議だ。ちょっと柔らかくなる気がする、寝ちゃうと。
でも、途中だったから。きゅううってもう一度腕に力をいれて。
ちいさなこえで。ゆっくりになった息にあわせて。
ぺたん、ってぼくにくっついてきちゃったサンジの。さらさらな髪にちょっとだけキスして。
続けた。
すぐちかくまで涙がやってきていても、
そんなときにもせめてわらっていてくれようとするなら、あなたが
泣いてもなんのためにもならないから
えがおをみせてくれればそれだけで
この世界はまだまだステキなんだって気が付くから
そんな歌だ。
ぱた、って自分の中から音が出なくなって。
もう一度キスしてみた。
どきどきした。
他にも、ぼくが知ってる子守唄はあったのに。いやなもの選んじゃったな。
眠りたくないって言ったのはほんとう。
だって、次に目が覚めて。
ぼくがいるってホショウはないんだ。
なあチビ、人生の勝負はままならない、って。エースが飛行場で言った。
けどさ。同じ勝負なら勝ちに行きたいよな、ってわらって。
約束したんだ。
オトナのぼくは、ぼくとおなじくらいに。エースのこと覚えているんだろうか。
ぼくは。だって、あの教会のお葬式のあとのことを、なにもしらない。
サンジのあったかい手が。背中にあって。
サンジのことも、エースのことも。ぼくのことも。きっとオトナの「ぼく」は忘れちゃうんじゃないか、って思った。
パジャマのかわりに着てるTシャツの感触が、手に伝わってくる。ゆっくり、背中が動いていて。
サンジがとても気持ち良さそうに眠ってる。目、閉じそうになった。
眠りたくなかった。だから、片方の腕だけのばして。ベッドの横のカーテンを開けた。
大きな窓がある、昼間は砂漠とキャニオンがみえる。いまは。暗いところがないくらい、星が散ってた。
雲なんかでていなくて。びっくりした。
音がしそうだ、星がぜんぶ光る。外は、とても冷たい空気なんだろうな、って思った。
横になったままで、目の届く所ぜんぶに。星があった。すごいや、こんな景色。
はじめてみた―――?
……耳に。砂利を踏む音が聞こえた。頭の中。
こんな星の下を。ぼく、歩いたことがあるよね・・・?
低い、乾いたとても深いところから聞こえる声。ぼくのでも、サンジのでもない。
誰だろう?楽しそうにわらってるんだけど。
ふざけるな、って言って。
エースが冗談半分でよく聞いていた、おおむかしの。ポップソングを歌ってた。
ざくざく、砂利だらけの砂の道あるいて。とても疲れたみたいに、でもなんとなく楽しそうに。歌ってた。
眼を瞑った。頭が痛くなったから。
窓に背中向けて。サンジの髪に顔埋めて。できるだけくっついて。
泣いたらいけない、って思った。
泣いたら、きっとサンジは起きちゃうから。そうしたら、シンパイするから。
我慢だ。ダイジョウブ、きっと。
手のひら、つたわってくる感覚に集中した。
コットンの感触と、あたたかさと。ふわふわした気持ち。ブランケットに包まってて、暖かなこと。
サンジの膝がこつん、ってあたってること。骨の感じとか。
おやすみなさい、って言った。
そして、誰かにお願いした。
明日も、どうかぼくでいられますように、って。
あなたに、おはようっていえますように。
それから、おやすみなさい、って。
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