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 Sunday, June 9
 朝、目覚めた。
 腕の中。まだひんやりとした空気の中、そこはとても暖かく。
 そして、安心できる、空間。
 ぎゅう、と抱かれていて、ちょっとやそっとでは動けないくらいだ。
 ぬいぐるみ。ライナスの毛布。
 大好きな、コンパニオン・アニマル。
 もしくは、恋人、の位置。
 なんていうのだろう、特別、で。スキ、で。
 安心をくれる存在の、位置。
 幸せをくれる存在の、位置。
 ああ、なんだか。
 今日もとても幸せに目覚めたよ?
 
 温かい腕の中。
 離れるのが、惜しくて。更にきゅうって抱きついた。
 嬉しいと、ほわほわした気持ちが湧いてくる。
 それを少しでも分けてあげたくて、ジョーンに抱きついた。
 今日は掃除くらいしか、予定していないから。もう少し、ゆっくりと寝ていようかなぁ。
 あ、そうだ。昨日寝る時、ジョーンが歌っていてくれた。寝ながら、とても気持ちがよかった。
 水のなか、たゆたっているような。ふんわり。ふんわり。
 今歌ったら、起きちゃうかなぁ。小さな声で、歌おう。
 聴こえるか、聴こえないか、そんな大きさ。囁くように。
 何を歌おうか、考えて。小さく歌いだした。
 小さい頃、セトに教えてもらった曲。
 確か、スコットランドの民謡だっけ?あれ?それともアイルランド?
 ダニー・ボーイ。
 
 ダニー・ボーイ、パイプの音が呼んでいるよ。
 草原を抜けて、山を滑り降りるように。
 夏はいってしまって、バラはすべて落ちてしまって。
 アナタは行かなくてはならなくて。
 ワタシはここに残される。
 だけど、夏がまたやって来る頃、帰ってきて。
 もしくは谷が雪に化粧される頃。
 日があってもなくても、ワタシはずっとここにいるから。
 ダニー・ボーイ、アナタを愛しているから。
 
 夢の中。
 エマの友達だった、オオカミのリィが。仲間を呼ぶ声で、鳴いていた。
 少し、警戒心の混ざった声。
 オレは、歌う猫、っていう名前を貰ったけれど。守護動物は、狼だって、ジャックおじさんが言っていた。
 リィ。とても仲が良かった。小さい頃からの友達。
 いつからか、実際には会えなくなったけれど。
 それからは度々、夢の中で会えるようになった。気をつけなさい、と言われたような気がする。
 何を、気をつければいいんだろう。どう気をつけていればいいんだろう。
 ジョーン、なんだか。記憶が戻り始めているみたいだった。
 時々言葉が、スウィッチしてた。
 丁寧な言葉から、少し突き放す印象を放つものに。
 
 ジョーンにしたら。
 きっと自分が死んでしまうような感じなのだろう。
 記憶を取り戻す、ということは。実際には、"死んでしまう"わけではなく。
 多分、意識の深いところに"潜ってしまう"のに近いだろう。
 もしかしたら、そのままひょっこり、ジョーンの気持ちが残っているかもしれない。
 もしかしたら、深い意識の中、沈んでしまうかもしれない。
 だけど、多分。ジョーンが覚えていてほしい、と強く願ったのなら。
 
 最初、気付かなくても。
 水の中に入った氷みたいに。いつかは溶け出して、融合して。
 "ジョーン"の一部になってくれるのだと思う。
 オレはずっとこの先、ジョーンを想うだろう。それだけは、絶対に、確かなこと。
 
 頬に指を滑らせたら。ぎゅうう、って抱きついてきた。
 きっとジョーンは、とても不安になっている。
 彼も気付いている、記憶が戻りかけていること。
 そして、オレが腕の中にいることで、アナタが少しでも安心できるのなら。
 アナタが目覚めるまで、ずっと腕の中にいるよ。
 
 ジョーンの目の端から、涙がぽろりと零れた。
 カーテンから漏れ入ってくる陽光に照らされて。一瞬だけ、煌いた。
 すぐに枕に、染み込んでいったけれど。
 静かに、繰り返し、同じ曲を歌った。
 記憶のどこかに、残ってくれればいいな、と願い。
 そうしたら、ジョーンの目が、ゆっくりと開いていった。
 そうっと言葉を飲み込んで。小さく、ハミング。
 何度か、翠の瞳が瞬いて。少しだけ涙が、零れていった。
 手を伸ばして、頬を撫でる。
 
 「……サンジ、」
 言葉の替わりに、笑みを浮かべた。ハミングを止めて、目でなぁに、と訊いた。
 「聞こえたよ、」
 「…うん」
 小さなジョーンの声。指先で、目元を拭った。
 「あなたの声だったよ」
 その手を捕らえて、指先を握った。
 「…うん」
 「あなたの声だって、わかって、」
 大きな手に、自分の手を組ませて。
 「うれしかった。そうしたら、涙が出たんだ」
 その手が熱をくれて。
 「そうなんだ」
 微笑みかけた。
 組んだ手、指に力が加えられた。
 
 「うん。……おはよう、」
 「おはよう、ジョーン」
 伸び上がって、口付けた。
 少し涙が残っていて。ちょっぴりしょっぱかった。
 笑うと、じぃっと目を覗きこまれた。柔らかな声で、名前を呼ばれた。
 答える代わりに、もう一度口付けて。枕に頭を預けた。
 「あさ、いちばん最初に。好きな人の声で起こしてもらえて、」
 目は合わさったまま、囁くように、言葉を交わす。
 「それがあなただってわかって。うれしかった、」
 
 「きょうも。」
 「…うん」
 微笑んだ。
 「今日も、アナタが大好きだよ、ジョーン」
 「あなたをすきになってよかったなあ、ぼく」
 スキっていう気持ちが。こんなにも温かくなるのって。
 初めて知ったような気がする。組んだ手を、引き寄せた。
 「おなじくらい、さみしいんだけど。でも、それでもぼく、ラッキーだろうな」
 大きな指先、口付けた。
 「オレ、不謹慎だけどね?」
 
 「アナタを轢いちゃって、よかったって思ってる」
 だって、アナタに出会えたから。
 アナタを好きになるチャンスをくれたから。
 「じゃあ、サンジもラッキーだ、」
 「うん。すっごい」
 そうだね、なんていうか。
 「砂漠に、プレゼント貰ったような気分だよ」
 ジョーンがにこお、って笑った。
 「ぼく?」
 「そう」
 アタナはオレの、宝物。
 
 
 
 
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