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 Sunday, August 4, at High Noon
 岩が、地熱の膜の向こう側に見えた。
 予想していたよりも、時間がかかった気がする。
 ここに来るまで、うろついていた影を数えるのはとうに止めていたけれども。前回よりも確かに多かった。
 フン、それだけおれが弱ってるってことか……?フザケロ。
 サンジがたとえあの家に戻っていないとしても。
 それでも、おれはとにかくあの場所まで行かないといけない。
 さもなければ。後ろにも、先にもおれは。―――進めなくなるだろう。
 
 あの岩を曲がれば、あとはたしか直進するだけだった、か。
 それにしても、
 「――――あち、」
 言うだけハラが立つ。
 「おれは自然と戯れる、ってヤツが。大キライなんだよ」
 右下、おれの足元。蹲っている何かに向かって言ってみる。ぼんやりとしたカタマリ、けれど視線はずっとおれを見上げてきているのが「わかる」。眼など、ついてもいねェくせにな。
 ―――陰気臭ェ連れだ、まったく。
 オマエたちがいくら待っていたって、くたばってなんざやらねェぞ、お生憎様。
 
 
 岩陰。
 到着する。
 遮られた陽射しに、小さく溜め息を吐いた。じり、と肌を布地を通してさえ焦がすほどの熱を伝える岩に凭れかかる。
 眼は、多分閉じない方が得策だろう。ここでぶっ倒れてたらシャレにならねぇしな。
 
 きっかり、60秒カウントしてから陽射しの中へ戻った。
 身体半分、特に肩から下の感覚が妙に遠いのはクスリの所為だろう、助かった。
 魔女が聞きやがったら、ここまで殺しにくるかもしれねェな。
 『ドクター。熱が出ました、半日ほど。あぁ、あと。酷く傷が痛いんですけど。』
 今度言ってやるか?ケイタイを持っていないのがザンネンだ。
 クスリが切れてきたのか、鈍い熱に似た鈍痛が鼓動のたびに血液の流れに乗って傷のあたりから身体に拡がる。
 どくん、ずきり。どくん、ずきり。
 地道なダメージだ、身体がおれに復讐してやがるのか……?
 
 さくさくとさっきから。砂を踏む音がする。おれの他の足音だ。
 音だけだったり、影だけだったり、いても血塗れだったり。―――懲りない連中だな、オマエら。
 砂漠に客がそれほど珍しいか。
 あるいは、いよいよ熱がアタマに来たか?幻聴。
 どうせ聞くなら、バカネコの声の方が余程良い。例えそれがイツワリでも。
 コイツラ、バカだな。
 
 いつだったかの亡霊、エースの形を取っておれの前に出てきた。
 アレはなんだったんだろう、何にしろアレは相当アタマが良いヤツだった。
 いま、例えば。サンジの容でもとって誑かしに来たなら、ケッコウおれは引っ掛かるかもしれねェのにな。
 「……いいか、聞け。想像力がオマエらには足りねェんだよ」
 バカバカしいひとり言に、陽射しだけが肩を焼いていく。
 
 そして。
 これだけのバカげた工程の果てに、何が待っていようと。
 受け止めるツモリではいるが。
 そのあとに、期待も悲観もしないでいるのは難しい。
 闘うことは簡単だ、術がある。
 ただ。
 オマエがいないと、おれには愛する術が無い。
 まったく、バカげてる。
 オワライだ、呆れ果ててモノも言えねェよ、自分でも。
 
 けれど。
 いないとなれば、探さない。
 それもおれのなかで、あまりに確かだ。
 記憶の底に仕舞いこむ代わりに、空いた穴だろうが開いた淵だろうが。代わりに何か詰め込むだろう、どうせ。
 ただ、その姿を認めたなら。
 二度と手放すことはないだろう。
 そして。そのことを告げるだけだ、あのバカに。
 もし、あの場所で会えたなら。
 
 
 ふ、と。
 空気が変わった。
 耳の底、乾いた鋼を合わせるような微かな振動が伝わった。
 足元、纏わり付いていた影が薄くなっていた。
 足音も、ひどく微かに遠ざかっていく。
 ―――なんだ……?
 視線の先、小さく。揺らぐ熱の膜の向こうに見える。
 あぁ、―――着いたのか。
 
 ちらりと、掠める。
 「目が覚めたらあの岩の下、なんてのはゴメンだぞおれは」
 足下で乾いた砂が崩れた。
 僅かずつ確かになっていく線。
 酷く遠くに思えた場所。
 
 
 目が良すぎるのも、時と場合による、ふと思う。
 影が無い、クルマの。
 ―――あぁ、ご苦労。おれ。
 中まで入って確かめるか?
 
 答え。
 止めておこう。
 記憶が、まだ。
 リアルすぎる、……だろう?
 
 あぁ、その通り。出て行ったままにしてある。なにもかもを。
 リカルドのバカがメモを残しているかも知れない、テーブルの上にでも。
 じじい連中、リトル・ベア、リカルド。
 あいつらには会わないで、このまま消えちまおう、そう思った。
 
 寝心地の悪いソファ。
 深い色の木の床。
 大半を読んじまった書架。
 視線の先、容を見つめる。
 
 幸か不幸か、おれは。
 中になにか生きているモノがいるかどうか、わかっちまう。
 あの中には、なにもいない。
 ブランク。
 空ろ。
 それでも、澄んだ空気。
 
 自分が、長い吐息をついたのだ、と。耳が拾ってから気付いた。
 熱とは違う影が揺らいだ。
 見つめる。
 朧な輪郭。
 それが、ゆらり、とまた近づいた。
 ―――お出迎えか。
 ゴクロウサマ。酋長。おれがいなくて寂しかったかよ。
 「悪いな。アンタにする挨拶は知らないんだよ、どこか行っちまえ」
 ひらひら、と手を振る。
 無口なじじいと遊んでる閑は無い。
 
 く、と。
 はっきりと見える距離に立つじじいが。
 口端を引き上げた。
 ―――笑ってやがる。
 
 『チーフが笑うのって珍しいんだよ?』
 いつだったかのサンジの声。記憶が再生する。
 
 ゆっくりとした所作で。腕が引き上げられ。
 また、音がした。
 手首に回された銀の輪が重なった音だった。
 眼差しは何処かを見据え。それでも視線が会わせられたのが感じ取れる。
 そして、音。
 同時に、意味が流れ込んでくる。
 『見ろ。地平だ。太陽が返ってくる』
 『祝福を。』
 そして、一切が消えた。
 
 
 届く、微かな。
 それでも確かな人工の音。低い地鳴りにも似た振動。
 ―――エンジン音か……?
 示された先、振り返る。
 あぁ、太陽だな。確かに。
 けどな、じじい。
 すげえ、砂埃だぞ。
 
 く、っと。
 喉奥、押し殺した笑いの発作が起きる。
 バカネコかよ。
 「―――サンジだな、アレ?」
 
 
 オマエ、遅ェよ。
 
 
 
 
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